欧州と米国から学ぶエネルギー安全保障【アゴラ・シンポ関連】
【GEPR編集部より】9月27日に静岡で開催するアゴラシンポジウム「災害のリスク―東日本大震災から何を学ぶか」のポジショニングペーパーを、出席者の山本隆三様から寄稿いただきました。
【本文】
先進国で連続する供給危機
エネルギー問題では、常に多面的な考え方が要求される。例えば、話題になった原子力発電所の廃棄物の問題は重要だが、エネルギー問題を考える際には、他にもいくつかの点を考える必要がある。その重要な点の一つが、安全保障問題だ。最近欧米で起こった出来事を元に、エネルギー安全保障の具体的な考え方の例を示してみたい。
まず、米国だ。シェール革命と呼ばれる非在来型の石油と天然ガスの生産増により、米国はロシアを抜き世界最大の天然ガス生産国になった。数年以内には自給率は100%を超え純輸出国になると考えられている。石炭も豊富にあり、全発電量の40%を自国産の石炭で行うことができるほどだ。
その米国で最大の電力供給市場PJM(ペンシルバニア州-P、ニュージャージ州-J、メリーランド州-Mを中心に米国北東部を供給エリアにする市場)で、今年の1月に停電寸前の事態が発生した。
寒波が来襲し、米国北東部の気温が零下20度に下がったところ、PJM市場の1億9000万kWの発電設備のうち4000万kW以上、全設備量の22%が運転できなくなったのだ。そのうち半分近くはガス火力の停止によるものだった。寒波のため暖房用のガス、電力需要が増加し、天然ガスの奪い合いが起こった。しかし、パイプラインの能力には限りがあり、天然ガスの供給を得ることができない発電所がでてしまったのだ。また、石炭火力発電所でも貯炭が凍り付くなどの現象が発生したために、多くが停止した。
停電の危機を救ったのは3000万kWの供給力を持つ原子力だった。化石燃料がいくらあっても、燃料の供給ができなければ、あるいは設備が使えなければ電力供給はできない。化石燃料に恵まれている米国で、いま原子力発電所が5基建設されているが、その理由はエネルギー安全保障と電気料金を長期に安定させることだ。
「脱原発」再考するドイツ
エネルギー安全保障の大切さを教える出来事は欧州でもある。ロシアとウクライナ間の紛争だ。OECD欧州諸国は、天然ガス需要量の3分の1をロシアに依存しているが、そのうち約半分がウクライナ経由のパイプラインで供給されている。ロシア・プーチン大統領は過去2回、2006年と9年にウクライナとの天然ガスの価格交渉決裂を理由に、ウクライナ向けの供給を中断したことがある。欧州諸国もこの影響を受けた。06年も09年も供給の中断が行われたのは欧州が最も寒く、中断の影響が大きい1月だったため欧州諸国は本当に震え上がることになった。最も影響がある時期を選択するのは、さすが戦略家プーチンと言うべきか。
ウクライナ問題により米国は対ロシア制裁を強く打ち出しているが、ドイツが対ロシア制裁に強く踏み出せない理由はエネルギー供給だ。ドイツは天然ガスの3分の1、石油の3分の1の供給をロシアに依存している。これが途絶すれば、米中日に次ぐ世界4位のドイツの製造業はたちまち立ちいかなくなる。
ドイツは、脱ロシア依存の目的もあり再生可能エネルギーの導入を進めていたが、導入量の増加に伴い、電気料金がデンマークと並び世界で最も高いレベルに達したために、再エネ導入のスピードも落とさざるを得なくなった。もはや、脱ロシア政策の選択肢は原子力しか残されていないので、安全保障の問題から予定されている2022年の脱原発は無理ではないかとの意見もドイツの政界からは出始めた。
米国のように国産エネルギーを持たず、欧州のようにパイプラインも送電線も連携していない日本は、真剣にエネルギー安全保障政策を検討する時期にきている。石油の85%、天然ガスの30%を依存している中東で事件が起こってからでは遅すぎる。
(2014年9月16日掲載)
関連記事
-
前回お知らせした「非政府エネルギー基本計画」の11項目の提言について、3回にわたって掲載する。まずは第1回目。 (前回:強く豊かな日本のためのエネルギー基本計画案を提言する) なお報告書の正式名称は「エネルギードミナンス
-
去る10月22日に経済産業省は、電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(FIT法)に関して、同法に基づく価格決定ルールの運用変更案を定めた省令、告示のパブリックコメントを開始した。この改正内容のう
-
今年のCOP18は、国内外ではあまり注目されていない。その理由は、第一に、日本国内はまだ震災復興が道半ばで、福島原発事故も収束したわけではなく、エネルギー政策は迷走している状態であること。第二に、世界的には、大国での首脳レベルの交代が予想されており、温暖化交渉での大きな進展は望めないこと。最後に、京都議定書第二約束期間にこだわった途上国に対して、EUを除く各国政府の関心が、ポスト京都議定書の枠組みを巡る息の長い交渉をどう進めるかに向いてきたことがある。要は、今年のCOP18はあくまでこれから始まる外交的消耗戦の第一歩であり、2015年の交渉期限目標はまだまだ先だから、燃料消費はセーブしておこうということなのだろう。本稿では、これから始まる交渉において、日本がどのようなスタンスを取っていけばよいかを考えたい。
-
大気汚染とエネルギー開発をめぐる特別リポート。大気汚染の死亡は年650万人いて、対策がなければ増え続けるという。近日要旨をGEPRに掲載する。
-
わが国の原子力事業はバックエンドも含めて主に民間事業者が担ってきた。しかし、原子力事業は立地の困難さもさることながら、核物質管理やエネルギー安全保障など、国家レベルでの政策全体の中で考えなければならない複雑さを有しているため、事業の推進には政府の指導・支援、規制が必要と考えられてきた。
-
世界は激変している。だが日本のエネルギー政策は変わることが出来ていない。本当にこれで大丈夫なのか? 脱炭素の前に脱ロシア? ウクライナでの戦争を受け、日本も「脱ロシア」をすることになったが、「脱炭素の前に脱ロシア」という
-
1. はじめに 2015年12月のCOP21で採択され、2016年11月4日に発効したパリ協定から約8年が経過した。我が国でも、2020年10月菅首相(当時)が、唐突に、2050年の脱炭素、カーボンニュートラルを発表し、
-
「もしトランプ」が大統領になったら、エネルギー環境政策がどうなるか、これははっきりしている。トランプ大統領のホームページに動画が公開されている。 全47本のうち3本がエネルギー環境に関することだから、トランプ政権はこの問
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間