一見、科学的に見える誤った情報に騙されないために — 放射能をめぐる社会混乱に向き合う

2012年03月12日 15:00

昨年の福島第一原子力発電所における放射性物質の流出を機に、さまざまなメディアで放射性物質に関する情報が飛び交っている。また、いわゆる専門家と呼ばれる人々が、テレビや新聞、あるいは自らのブログなどを通じて、科学的な情報や、それに基づいた意見を発信している。

これらの中には、正しい科学的知見に基づいたものもあるが、中には科学的論拠が希薄なものや、論理が破たんしているものも見受けられる。しかし、これらは一見すると科学的であるように見えるので、注意しないと騙されてしまう。本稿では、こうした間違った情報に騙されないようにするためのポイントを指摘したい。

第一に、その科学的知見の出典を確認することである。科学の世界では、実験結果や解析結果を公表しただけでは、科学的に正しいと認定されたことにはならない。通常は学術論文と呼ばれる論文を執筆して、学術誌に投稿する。投稿された論文は専門家の査読審査を受ける。ここで不明瞭な記述や科学的な間違いがあれば、受理されない。

一方、査読者が科学論文として妥当であると判断すれば、受理されて学術誌に掲載される。ここで初めて科学的なお墨付きが与えられる。もちろん学術誌に掲載されたからと言って、科学的な間違いがまったくないとは言えない。しかし、その道の専門家が科学的な見地から査読するので、間違いが少なくなることは明白である。

ちなみに著名な学術誌であるScienceやNatureの受理率は、わずか10%に過ぎない。それほど厳しく査読されるのである。したがって科学的情報に接したら、まずはその出典を調べるのがよい。出典が不明確なものは、間違いとまでは言わないが、信憑性を疑うことも必要である。

第二に、自分でもデータを検証してみることである。特に、今回の放射性物質関連のデータは、複雑そうに見えても実はそれほど難しくなく、中学レベルの数学の知識があれば計算可能なものが多い。むしろここで重要なのは、どのような仮定を置いて計算しているかを確認することである。

例えば食品中の放射性物質の規制値は、4月からの新基準では100 Bq/kgとなるが、これはその濃度の食品を1年間食べ続けた場合を想定している。しかし実際には、汚染されたものだけを食べ続けるということはあり得ず、現実にはほとんどの食品は基準値を大幅に下回っている。ということは、基準値を少しぐらい超えたものをたまたま食べたとしても、本当は何ら問題ない。このように、データを検証することは、冷静な判断を促すためにも大切である。

第三に、結論や意見がデータからどのように導かれたのかについて検証することである。論理的な飛躍は言うに及ばず、巧妙な論理のすり替えがないかを確認する必要がある。

例えば、今回の放射性物質関連でよく見られるのは、動物実験のデータをそのまま人間に適用する論理だ。ところが実際には、動物実験で悪影響が認められても人間では認められないケースがあり、逆もまた然りである。したがって、動物実験の結果はあくまで参考データであり、これをもって人間でも同様の影響があるとの証明にはならない。

これに対して疫学データは、当然のことながら人間を対象にしたものであり、十分な規模の母集団、的確な統計手法が採用されていれば、非常に信頼性が高いものである。すなわち、動物実験のデータと疫学のデータが矛盾した場合は、基本的には後者を信頼するべきである。このように論理をひも解くことで、誤った判断を防げる可能性が高くなる。

他にも注意すべきポイントは多々あるが、まずは上記の3点に気をつけるだけでも、冷静な判断ができるようになるはずである。

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