一見、科学的に見える誤った情報に騙されないために — 放射能をめぐる社会混乱に向き合う
昨年の福島第一原子力発電所における放射性物質の流出を機に、さまざまなメディアで放射性物質に関する情報が飛び交っている。また、いわゆる専門家と呼ばれる人々が、テレビや新聞、あるいは自らのブログなどを通じて、科学的な情報や、それに基づいた意見を発信している。
これらの中には、正しい科学的知見に基づいたものもあるが、中には科学的論拠が希薄なものや、論理が破たんしているものも見受けられる。しかし、これらは一見すると科学的であるように見えるので、注意しないと騙されてしまう。本稿では、こうした間違った情報に騙されないようにするためのポイントを指摘したい。
第一に、その科学的知見の出典を確認することである。科学の世界では、実験結果や解析結果を公表しただけでは、科学的に正しいと認定されたことにはならない。通常は学術論文と呼ばれる論文を執筆して、学術誌に投稿する。投稿された論文は専門家の査読審査を受ける。ここで不明瞭な記述や科学的な間違いがあれば、受理されない。
一方、査読者が科学論文として妥当であると判断すれば、受理されて学術誌に掲載される。ここで初めて科学的なお墨付きが与えられる。もちろん学術誌に掲載されたからと言って、科学的な間違いがまったくないとは言えない。しかし、その道の専門家が科学的な見地から査読するので、間違いが少なくなることは明白である。
ちなみに著名な学術誌であるScienceやNatureの受理率は、わずか10%に過ぎない。それほど厳しく査読されるのである。したがって科学的情報に接したら、まずはその出典を調べるのがよい。出典が不明確なものは、間違いとまでは言わないが、信憑性を疑うことも必要である。
第二に、自分でもデータを検証してみることである。特に、今回の放射性物質関連のデータは、複雑そうに見えても実はそれほど難しくなく、中学レベルの数学の知識があれば計算可能なものが多い。むしろここで重要なのは、どのような仮定を置いて計算しているかを確認することである。
例えば食品中の放射性物質の規制値は、4月からの新基準では100 Bq/kgとなるが、これはその濃度の食品を1年間食べ続けた場合を想定している。しかし実際には、汚染されたものだけを食べ続けるということはあり得ず、現実にはほとんどの食品は基準値を大幅に下回っている。ということは、基準値を少しぐらい超えたものをたまたま食べたとしても、本当は何ら問題ない。このように、データを検証することは、冷静な判断を促すためにも大切である。
第三に、結論や意見がデータからどのように導かれたのかについて検証することである。論理的な飛躍は言うに及ばず、巧妙な論理のすり替えがないかを確認する必要がある。
例えば、今回の放射性物質関連でよく見られるのは、動物実験のデータをそのまま人間に適用する論理だ。ところが実際には、動物実験で悪影響が認められても人間では認められないケースがあり、逆もまた然りである。したがって、動物実験の結果はあくまで参考データであり、これをもって人間でも同様の影響があるとの証明にはならない。
これに対して疫学データは、当然のことながら人間を対象にしたものであり、十分な規模の母集団、的確な統計手法が採用されていれば、非常に信頼性が高いものである。すなわち、動物実験のデータと疫学のデータが矛盾した場合は、基本的には後者を信頼するべきである。このように論理をひも解くことで、誤った判断を防げる可能性が高くなる。
他にも注意すべきポイントは多々あるが、まずは上記の3点に気をつけるだけでも、冷静な判断ができるようになるはずである。

関連記事
-
気候変動開示規則「アメリカ企業・市場に利益」 ゲンスラーSEC委員長 米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長は26日、米国商工会議所が主催するイベントで講演し、企業の気候変動リスク開示案について、最終規則を制定でき
-
以前、CO2による海洋酸性化研究の捏造疑惑について書いた。 これを告発したクラークらは、この分野で何が起きてきたかを調べて、環境危機が煽られて消滅する構図があったことを明らかにした。 下図は、「CO2が原因の海洋酸性化に
-
ウクライナ戦争の帰趨は未だ予断を許さないが、世界がウクライナ戦争前の状態には戻らないという点は確実と思われる。中国、ロシア等の権威主義国家と欧米、日本等の自由民主主義国家の間の新冷戦ともいうべき状態が現出しつつあり、国際
-
テレビ朝日が8月6日に「ビキニ事件63年目の真実~フクシマの未来予想図~」という番組を放送すると予告している。そのキャプションでは、こう書いている。 ネバダ核実験公文書館で衝撃的な機密文書を多数発掘。ロンゲラップ島民たち
-
パリ協定を受けて、炭素税をめぐる議論が活発になってきた。3月に日本政府に招かれたスティグリッツは「消費税より炭素税が望ましい」と提言した。他方、ベイカー元国務長官などの創立した共和党系のシンクタンクも、アメリカ政府が炭素
-
11月の12日と13日、チェコの首都プラハで、国際気候情報グループ(CLINTEL)主催の気候に関する国際会議が、”Climate change, facts and myths in the light of scie
-
以前、世界全体で死亡数が劇的に減少した、という話を書いた。今回は、1つ具体的な例を見てみよう。 2022年で世界でよく報道された災害の一つに、バングラデシュでの洪水があった。 Sky Newは「専門家によると、気候変動が
-
CO2濃度が増加すると海洋が「酸性化」してサンゴ礁が被害を受けるという意見があり、しばしば報道されている。 サンゴは生き物で、貝のように殻を作って成長するが、海水中のCO2濃度が高まって酸性化してpHが低くなると、その殻
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間