【書評】エネルギー問題に万能薬はない — 『探求』

探求――エネルギーの世紀(上)
著者:ダニエル・ヤーギン
販売元:日本経済新聞出版社(2012-04-03)
★★★★★
著者は、エネルギー問題の世界的権威である。20年以上前に書かれた『石油の世紀』は、いまだにエネルギー産業の教科書だが、本書はそれを全面的に書き直し、福島事故後の変化も取り入れた最新の入門書である。
エネルギー問題は、世界の経済問題の中でもっとも困難な挑戦である。新興国の急速な成長で、今後20年間に世界のエネルギー消費は40%増え、電力消費は2倍になると予想される。旧来のエネルギー政策を続けていると、エネルギー価格の上昇と供給の不安定化が経済を直撃するだろう。
したがって第一の課題は、エネルギー効率の改善である。「ピークオイル」は幻想だが、石油は地政学的な不安定性をはらんでいるので、その依存度を下げることが重要だ。価格だけを考えると、石炭がもっとも安いが、環境負荷が非常に大きい。それを削減する技術もあるが、こうした外部性を勘案すると、石炭の価格優位性は失われる。総合的に有望なのは、天然ガスである。シェールガスには環境問題もあるが、石炭に比べれば解決ははるかに容易だ。
第二の課題は、維持可能性である。最大の争点は、地球温暖化だ。IPCCの予測には疑問も多いが、最悪のケースを考えると、化石燃料を減らすことが安全だろう。この点では天然ガスも望ましくない。再生可能エネルギーには可能性があるが、経済性は化石燃料に遠く及ばない。優等生は原子力だが、政治的にはもっとも厄介だ。安全性や核廃棄物の問題は技術的には解決可能だが、規制が厳重になって経済性は低下している。実は最大の「エネルギー源」は、節約である。
エネルギー問題はきわめて複雑であり、技術や市場と同じぐらい政治に左右されるので、予測不可能でリスクが大きく、すべての問題を解決する万能薬は存在しない。だから特定のエネルギーにコミットしないで多様性を保つことが重要だというのが、本書の結論である。これは平凡だが、重要なのはアジェンダ設定である。「原子力か否か」などというのは枝葉の問題であり、「原発ゼロ」は愚かな選択だ。
エネルギーは生活を支える根源的なインフラであり、そのコストはすべての経済活動に「課税」される。今後の爆発的なエネルギー需要の増加は、世界経済に大きな影響をもたらすだろう。資源価格の高騰は、新たなスタグフレーションをまねくかもしれない。しかし人類は、こうした危機に対してつねに新たなエネルギー源を発見してきた。最大のエネルギー源はイノベーションであり、それを促進する国が競争に勝ち残るだろう。
本書は一般向けの入門書として書かれているので、専門家には物足りないと思うが、予備知識のない読者が読んでもエネルギー問題の全体像がわかる。日本でもそろそろ「脱原発」がどうとかいう下らない論議は終わりにして、本書が論じているようなエネルギー戦略の全体最適を考えるときだろう。

関連記事
-
新型コロナ騒動は客観的には大勢が決したと思うが、世論は意外に動かない。NHK世論調査では「緊急事態宣言を出すべきだ」と答えた人が57%にのぼった。きょう出るとみられる指定感染症の見直しについても、マスコミでは否定的な意見
-
気候変動対策のひとつとして、世界各地で大規模な太陽光発電や風力発電プロジェクトが計画されている。しかし、経済的要因や政策の変更、環境への影響などから、こうしたプロジェクトが撤退や中止に至っているケースも多い。 有名な事例
-
資産運用会社の経営者でありながら、原子力行政の「非科学的」「不公正」な状況を批判してきた森本紀行HCアセットマネジメント社長に寄稿をいただきました。原子力規制委員会は、危険性の許容範囲の議論をするのではなく、不可能な「絶対安全」を事業者に求める行政を行っています。そして政治がこの暴走を放置しています。この現状を考える材料として、この論考は公平かつ適切な論点を提供しています。
-
国連総会の一般討論演説において、中国の習近平国家主席は「2060 年迄にCO2 排出量をゼロ」ように努める、と述べた。これは孤立気味であった国際社会へのアピールであるのみならず、日米欧を分断し、弱体化させるという地政学的
-
高速増殖炉もんじゅ(福井県敦賀市) 政府は、高速増殖炉(FBR)「もんじゅ」を廃炉にする方針を明らかにした。これはGEPR(記事「「もんじゅ」は研究開発施設として出直せ」)でもかねてから提言した通りで、これ以外の道はなか
-
きのうのシンポジウムでは、やはり動かない原発をどうするかが最大の話題になった。 安倍晋三氏の首相としての業績は不滅である。特に外交・防衛に関して日米安保をタブーとした風潮に挑戦して安保法制をつくったことは他の首相にはでき
-
小泉進次郎環境相の発言が話題になっている。あちこちのテレビ局のインタビューに応じてプラスチック新法をPRしている。彼によると、そのねらいは「すべての使い捨てプラスチックをなくす」ことだという。 (フジテレビ)今回の国会で
-
近年における科学・技術の急速な進歩は、人類の発展に大きな寄与をもたらした一方、その危険性をも露わにした。典型的な例は、原子核物理学の進歩から生じた核兵器であり、人間の頭脳の代わりと期待されたコンピュータの発展は、AI兵器
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間