福島の不安に向き合う(下)--対話深めた地域シンポ
「(上)甲状腺検査の波紋」より続く。

4・地域シンポジウムの取り組み
ⅰ)地域メディエーターより、シンポジウムの位置付けを説明し、原発事故の3年半の経緯とその間の福島県民の気持ちの揺れ動きを振り返った。
メインテーマである甲状腺検査に関して検査を受けることを否定しない(むしろ検査を受けることを推奨する)、検査に疑問を抱くことを否定しない(むしろ素朴な疑問を大切にする)の2点を強調した。福島県民の意見が聞こえてこない理由として、事故後せめて子供だけでも避難させて欲しいという子を持つ多くの福島県民の訴えの回答が「学校再開」だったという事故直後の2011年3月末の事実を示し、声が届かない悔しさと諦めが始まったのではないかと会場に問いかけた。
次に、浦島氏より、甲状腺がんは慌てて摘出手術をする必要が無い一般のがんとは異なる点など、詳しく甲状腺検査や甲状腺がんの解説をしていただけた。加えて福島県立医大のデータではがん摘出手術の割合が3年間経過する中で大幅に減少していることをグラフで提示された。このようなデータをどう解釈すべきであるのかも県民に提示されるべきではないだろうか。
トーマス氏からは、チェルノブイリ原発事故と福島第一原発事故との相違点と現在まで見つかっている甲状腺がんは放射線を原因とするものではなく、元来あったものであると考えられることの根拠を解説して頂いた。また、霊山町のご夫妻からは、理系の大学で学んだ経験があるのに土壌などからの外部被ばくや食品などの内部被ばくとは違って、甲状腺がんに関する情報を理解することの難しさがあったこと、事故後、放射線と向き合って頑張って来た近隣の友人夫妻が甲状腺検査でA2と判定されたことを受けて子どもへの被ばくを避けるため、他県へ避難してしまった事例の紹介があり、判断できる情報の乏しさの訴えがあった。
越智氏からは、得ている情報の量と質の違いで検査や検査結果に対する認識に違いが生じうることを、医師でさえも間違えてしまった事例を交え説明があった。
ⅱ)パネリストの意見が一巡したことで、会場の傍聴席に集まられた約30名のみなさんに、お隣同士での5分間の意見交換の提案が地域メディエーターによりあった。このことで会場は、一気に賑やかになり、それぞれがご意見を持っていることが確認された。各人には、赤青カードが配られて、パネリストからの質問に対して簡単に意思表示し、その結果を参加者で確認できるようにした。

質問1・甲状腺検査は、先行調査と本格調査に分かれています。先行調査は、本格調査で甲状腺がんが増えたかどうかを調べるために、ベースラインを知るためのものとされています。この説明に納得できますか?
→会場の傍聴席のみなさんの反応は、質問の意味が分からない人が半数となり、先行調査はベースラインを調べるものであると県立医大が説明していること自体を初めて知ったと言う質問にはほぼ全員が青(Yes)であった。
質問2・この検査では、甲状腺がんの死亡を避けることのみが重要だと思いますか?それとも原発事故の影響で甲状腺がんが増えたかどうかも科学的に判定できるようにすべきだと思いますか?
→ベースラインが分からない。だから、福島県民以外でも甲状腺検査を実施すべきと言う傍聴席からの意見への賛同が大半を占めた。これまでの甲状腺検査で見つかった甲状腺がんが原発事故と関係があるかどうかは、対照群との工夫した比較がわかりやすい判断材料を提供することになる。参加された方々の率直な気持ちは、県外の方々にも調査を行い、福島の健康調査に貢献していただき判断材料を得たいというものであった。
では、これをこのシンポジウムの結論とすべきかと参加者に問うと、参加した女性から、同じ苦しみを他県の方々にさせてはいけないという訴えがあり、これには参加者全員から拍手が沸いたものの、やはりベースラインの検査を福島県外でも行うべきという意見が強かった。ベースライン調査であれば、全数検査にこだわらなくてもよいのではないかとの意見も会場から出された。
質問3・甲状腺超音波検査を受ける前に、検査を受けることでもたらされるかもしれない不利益についても説明が必要だと思いますか?
→初めて満場一致で傍聴席が青一色となった。過剰診療も含めてもっと勉強すべきという強い意見もあった。
ⅲ)結論
「先行調査がベースライン調査だったということが後から分かった。調査の目的自体がきちんと告知されておらず、理解されていない」
「検査を受けることによる利益、不利益を事前に伝えるべきだ」
以上の2つを今回の地域シンポジウムの結論とした。すると、傍聴席から専門用語による極めて分かりにくい説明に対して専門家へ改善を求める苦言を含めてシンポジウムの成果のまとめとも思える発言も飛び出し、会場内は拍手でこれを歓迎した。
この発言を受けて、トーマス氏より、健康と言う身近な問題を簡単な言葉で伝えることが出来ない専門家を代表して自ら反省の弁が示され、このシンポジウムの結論を、翌日に福島県立医科大学を訪問し県立医大関係者に伝えることを約束した。
もっとも、甲状腺検査や甲状腺がんの勉強会のツールとして、県立医大放射線医学県民健康管理センターの「甲状腺検査」出張説明会を紹介したところ、会場の参加者もパネリストの誰も、その説明会の存在を知らない事実もあった。
5・地域シンポジウムを終えて
交通の便の悪いところで開催したために、甲状腺がんの問題を真剣に考え意見を言いたい方と地域の声を伝えたい方が集まったようだ。同時に、大手新聞社2社(朝日、毎日)、地元新聞社2社(福島民友、福島民報)、テレビ局1社(NHK福島)、その他のジャーナリスト1名とメディア関係者にも参加いただいた。翌日の昼のローカルニュースでも、シンポジウムの様子は放送され、多くの福島県民への情報提供が実現できた。
また、これまでの多くのシンポジウムに見られるようなパネリストが一方的に情報発信をする形や会場から罵声が飛ぶような雰囲気とはならずに、会場に集まった全員が議論に参加し活気あるシンポジウムが出来た。
特質すべきは、傍聴席とパネリストの議論以外に傍聴席の参加者同士が議論し合う時間が機能したことだ。そこで有意義な対話があった。このことは、シンポジウム中に参加者が専門家の解説を理解できた証拠であり、さらにそれを元に、自分たちが何をどうすべきかを議論したことになる。このことが今回のシンポジウムの最大の成果と言えるだろう。このようなコンパクトで地道で、さらにローカルな場所でのシンポジウムの積み重ねが福島県民を力づけていくことに繋がるのだろうと思える。
このシンポジウムの開催に当たり、霊山太鼓の子どもたち、里山合唱団のみなさん、そして、りょうぜん里山がっこうの高野ご夫妻には多大なご協力をいただき感謝いたします。ありがとうございました。
半谷輝己(はんがい てるみ)BENTON SCHOOL校長、地域メディエーター。福島県双葉町生まれ、現在は田村市に在住。塾経営をしながら、2012年からは伊達市の放射能健康相談員として、市の学校を中心に180回の講話、100回を超える窓口相談(避難勧奨区域の家庭訪問)を実施。13年度より、福島県内の保育所からの求めに応じて講演を実施。日本大学生産工学部工業化学科卒、同大学院工学修士。半井紅太郎の筆名で『ベントン先生のチョコボール』(朝日新聞出版)を発表している。
(2014年8月25日掲載)

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