自然エネルギー財団への疑問(下)--過度な楽観論の問題とは?
3)費用対効果の分析が甘すぎる
また自然エネルギー財団の「自然エネルギーの持続的な普及に向けた政策提案2014」と題する提言書では、その普及による便益のうち定量可能な項目として、燃料費の節減効果、CO2排出量の削減効果を挙げる(提案書P7)。2013年日本の消費者が負担した賦課金総額は5792億円、それに対して節減されたと試算される燃料コストは最大値(全て石油で代替したと換算して)で3257億円、CO2削減量が1234万トンとしている。
EU-ETSにおける取引価格を参照し、仮に1トン5ユーロでとすると、1234万トンのCO2削減は、約81億円の価値に換算される(1,234万トン☓5ユーロ。1ユーロ131円で計算)。ということは、我々は5792億円払って、3257+81=3338億円以下の買い物をしたのだろうか。その「差額」を埋めるものとして提案書は、再エネの「安全・安心」や社会的受容性の高さ、雇用創出効果など、様々な「効能」を主張する。
私自身も再エネのそうした効能については認識しているが、人によって感じ方が違う「安全・安心」を評価軸に加えてしまえば、政策評価としての議論は先に進まない。また、再エネだから全て安全・安心である訳でもない。使用済み設備の処理システムが確立されておらず検討段階にあること、事業者に撤去・廃棄コストの積立などが義務付けられていないため、今後深刻な環境・景観問題を引き起こす可能性もはらんでいることは、「自然エネルギー財団」であればご存知のはずであろうが、もちろん一言も言及がない。(参考・設備処理の現状について「環境省HP使用済再生可能エネルギー設備関連」)
4)再エネの「雇用効果」について
再エネの多様な効能のうち、数値で試算可能であり、また、多くの人が期待する雇用創出効果について述べる。
この提言書の前(2014年8月)に公表されたディスカッション・ペーパーで同財団は、2013年に28.1万人の雇用創出効果があったと試算していた(自然エネルギー財団「ディスカッション・ペーパー 固定価格買取制度2年の成果と自然エネルギー政策の課題」P5)
しかし28.1万人の雇用創出に5792億円と3338億円の差額2454億円の価値を見いだすことは無論できない。一人あたり87万円以上の費用を投下したことになる。
ディスカッション・ペーパーで示した雇用創出効果に、電気代の上昇を原因として既存産業から失われる雇用は加味されていないことへの批判を回避するためであろうか、提案書では環境省の試算として、「2030年までに、太陽光発電を6750万kW、風力発電を2880万kW導入していったときに、 年々国内に投資が起こることによって、2030年時点で太陽光発電の設備・工事費・維持管理で合計約16.6万人の雇用が、風力発電では合計約6.0万人の雇用が生まれると推計している。なお、この効果は、自然エネルギーの発電が増え、化石燃料の発電量が 減ることによって、関連業種が受ける影響も加味したうえでの数字であり、正味の雇用増の効果を表している」。こうした事実を紹介するにとどまっている(提案書P9)。しかしこの環境省の試算も楽観的に過ぎるであろう。
アメリカの事例であるが、2014年12月23日のScientific American記事(「Electricity suppliers are shedding jobs, despite renewables growth」)によれば、再エネ事業の成長の一方で水力、火力、原子力など既存の発電事業からの雇用が喪失されるため、雇用全体では5800人のマイナスであるという。
ドイツ連邦環境省は再エネ導入による雇用創出効果として、2010年末には約37万人に達したとPRするが、再エネへの補助のためにほかの産業にかかる負担を加えて考えると2020年までに5.6万人しか増えないとしている。さらに同じドイツであるが、2005年に行われた研究では、再生可能エネルギーへの投資により当初3.3 万人の新規雇用が創出されるものの、その後、他セクターで雇用喪失が発生し、2010年までに合計では6000人の雇用減となると試算されている。(ドイツ連邦環境省「The expansion of renewable energies and employment effects in Germany」 リンクから英語訳ダウンロード可能)
「再エネの効果」については、負の効果について加味されることなく世に喧伝されがちであるが、税金にも近い形で徴収される賦課金という国民負担によって再エネの普及を進めるのであるなら、プラスもマイナスも含めてその効果を定量的に評価し議論する姿勢が必要だろう。電力中央研究所社会経済研究所朝野主任研究員の著書「再生可能エネルギー政策論」(エネルギーフォーラム社)に詳しい。
5)再エネ事業者のコスト構造開示の不十分さを指摘していない
また、第2章「自然エネルギー政策および FIT 制度の課題と解決の方向性」では、自然エネルギー政策の見通しの不透明性を払拭すべきと主張する(提案書P10)。再エネ事業者へのアンケートをもとに、買取価格の見通しが無いこと、政府の導入目標が不透明なことから、事業者が事業リスクを感じているとして、「政府が市場に対して明確なシグナルを送ること」を求めている。
ならば消費者として言おう。今後どれだけ膨らむかわからない賦課金により家計へのリスクを感じているし、再エネ事業者のコスト構造についての強い不透明性を払拭して欲しい。
買取価格の設定においては「調達価格等算定委員会」の意見書を尊重するとされているため、同委員会の査定能力向上が求められるが、事業者側のコスト構造が開示されればより透明性のある議論ができる。
現在、再エネ事業者は「発電設備設置・運転費用年報(年報)」により必要コストのデータを提示することが義務付けられているが、これにエビデンスをつけることは求められていない。(エネ庁資料)定められた様式に記入して提出するだけだ。こうした再エネ事業者の情報開示義務の不十分さについて何ら改善せず、消費者の理解が得られると思うのだろうか。
NPO法人社会保障経済研究所・理事長の石川和男氏が既にブログで取り上げているが(霞ヶ関総研ブログ「朝日新聞が当たり前のことを書き始めた」)、「反原発、再エネ支援の朝日新聞ですらその社説(2014年12月24日)で、『(FITが)当初想定していた利益率を上回る計画が半数近くある』と指摘している。」、すなわち再エネ事業者の「儲け過ぎ」を指摘しているのだ。
調達価格等算定委員会に消費者団体の代表も参加されているのであるから、こうした消費者の声を代弁してもらわなければ困る。
本当に再エネの「持続可能な発展」を望むなら
資源貧国の日本において、再エネの導入を加速すべきであることに異論はない。また、地域で再エネ事業に取り組んでいる事例など、本当に応援されるべき事業が多々あることも知っている。だからこそ、再エネを大事に育てる普及策への改善をはかり、世論が再エネ導入を支持・支援し続けるようにすることが必要だろう。
自然エネルギーの適切な育成に必要な負担であれば国民の理解も得られるであろうが、自然エネルギー育成という名の下で過度な事業利益を得ることに理解は得られない。自然エネルギー事業の騎手であるソフトバンクグループ関係者や自然エネルギー財団には、ぜひ真摯な情報公開と政策提案をお願いしたい。
(2015年2月16日掲載)
関連記事
-
エネルギー問題では、常に多面的な考え方が要求される。例えば、話題になった原子力発電所の廃棄物の問題は重要だが、エネルギー問題を考える際には、他にもいくつかの点を考える必要がある。その重要な点の一つが、安全保障問題だ。最近欧米で起こった出来事を元に、エネルギー安全保障の具体的な考え方の例を示してみたい。
-
ドイツ・シュトゥットガルト在住の作家である川口マーン恵美氏が現代ビジネスに寄稿された「ドイツ・再生可能エネルギー法の失敗と、日本が模索すべき最良の道」は、客観的に事実を積み上げた内容で、これまでドイツのエネルギー政策に注目してきた筆者にとっては、至極まっとうなものであると感じた。
-
改正された原子炉等規制法では、既存の原発に新基準を適用する「バックフィット」が導入されたが、これは憲法の禁じる法の遡及適用になる可能性があり、運用には慎重な配慮が必要である。ところが原子力規制委員会は「田中私案」と称するメモで、すべての原発に一律にバックフィットを強制したため、全国の原発が長期にわたって停止されている。法的には、安全基準への適合は運転再開の条件ではないので、これは違法な行政指導である。混乱を避けるためには田中私案を撤回し、新たに法令にもとづいて規制手順を決める必要がある。
-
はじめに 日立の英国原発凍結問題を機に原子力発電所の輸出問題が話題になることが多いので原発輸出問題を論考した。 原発輸出の歴史 原子力発電所の輸出国は図1の通りである。最初は英国のガス炉(GCR)が日本、イタリアに導入さ
-
国際エネルギー機関(IEA)の最新レポート「World Energy Outlook2016」は将来のエネルギー問題について多くのことを示唆している。紙背に徹してレポートを読むと、次のような結論が得られるであろう。 1・
-
固定価格買取制度(FIT)等の再エネ普及制度では、賦課金を上回る費用が、国民の負担となっていることから、賦課金総額とともに、追加費用を推計した。追加費用とは、再エネ電力の買取総額から、買取によって不要となる発電部門の燃料費等の可変費を引いた費用である。
-
スタンフォード大学の研究者が米学術誌「エネルギーと環境科学」に福島の影響について論文を掲載しています。ただし、その内容については、疑問があります。アゴラ研究所の池田信夫所長が、コラム「福島事故の3Dシミュレーションについて」で解説しています。
-
EUのEV化戦略に変化 欧州連合(EU)は、エンジン車の新車販売を2035年以降禁止する方針を見直し、合成燃料(e-fuel)を利用するエンジン車に限って、その販売を容認することを表明した。EUは、EVの基本路線は堅持す
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














