原子力・エネルギーと報道を考える【シンポジウム報告4の1】
「田原総一朗の見た原子力・エネルギー報道の40年【シンポジウム報告3】」から続く。映像「原子力報道 メディアの責任を問う【アゴラ・シンポジウム】」。

12月8日に行われたアゴラ・シンポジウム「原子力報道 メディアの責任を問う」で、行われた討論「原子力・エネルギーと報道を考える」の要旨は以下の通り。
出席者は田原総一朗(ジャーナリスト)、モーリー・ロバートソン(ジャーナリスト ミュージシャン)、松本真由美(東京大学客員准教授、テレビキャスター)、司会は池田信夫(アゴラ研究所所長)の各氏。
海外で落ちた日本の評判
池田・出席者はメディアや報道に関わってきた方です。まずモーリーさんに聞きたいのは、福島と原発事故をめぐる情報が、日本以外では、かなり異常な形で現れていると聞いています。
ロバートソン・大変な状況になっていると言えるでしょう。まず大きな枠の話をします。日本からの英語の情報発信がたいへん少ない状況です。これは政府で特にそうです。そしてその結果、海外で情報がゆがめられて伝わっています。さらに海外からの情報の流入も少なく、間違った情報が流れていることにも気づかないのです。
福島原発事故では、その情報流通の構造の弱さが、あらわになってしまいました。もし自民党が政権にあった場合に、うまくできたかは分かりません。しかし、事故当時、民主党政権は適切に行えませんでした。発表があいまいで、混乱し、情報の公表が遅れました。悪気はなかったのでしょうが、「日本政府が嘘をついている」「隠蔽している」という印象を、日本国内にも、海外にも定着させてしまったのです。ちょうど、2011年はフェイスブックやツイッターが日本ではやり始めたころ。確認されない情報が水平に広がりました。それが風評被害を生んだのです。
例えば、事故のとき、枝野幸男官房長官が登場して健康の影響について「ただち影響はない」と繰り返しました。これは、もしかしたら影響があるという意味で、日本語でも怖い表現です。日本でも不安をあおりました。日本人の大半は、「あうん」の呼吸でみんな一緒に同調し、実際に耐える行動をする人が多かったようです。しかし不安は抑えられず、パニックといえる状況の一因になったと思います。そしてこの言葉は英語に翻訳され、当然「いずれ、被害が起こるかもしれない」という印象を広げてしまいました。実際に健康被害は起こらなかったので、そういう強い否定をまずだし、状況が代わったら修正をすべきでした。
アメリカ式にやると、次のような趣旨の演説をオバマ大統領が執務室からするでしょう。な「原発事故が日本の技術は世界最高で、私たちは困難に立ち向かい、乗り越えられます。政府が分かっている情報は次のようなもの、一時的に非難をする人がいますが、他の人は指示を待ちなさい。最新情報はいつまでにアップします」。つまりリーダーが引っ張り、動揺を落ち着かせようというものです。こういうアメリカ式のメッセージを出せば英語にも翻訳しやすく、日本の評判を上げたでしょう。
私はアメリカ人ですが、事故直後は数時間ごとに大使館からメールが来て、「横田米軍基地に飛行機が発着するので、必要ならそれに乗ってください」という案内がありました。こまめに情報を発信することが動揺を抑えたでしょう。
株式市場では売りが噂を呼び、さらに売り込まれるという風評被害による暴落が起こります。そんな風に風評で、日本の価値が原発事故の後で下がっていったのです。
科学顧問制度が機能した英国
松本・私も福島事故の時に情報を追い、英語情報も見ました。当時でも、後から振り返っても、英国大使館の発信した情報に救われたと思いました。
英国では1990年代に起きた狂牛病の際に、科学的な分析を伴う政府の発信する情報が混乱し、パニックを引き起こした経験があります。その反省で、首相府、そして各官庁が科学顧問を雇って専門的な判断をし、広報もします。福島原発事故においても、1週間後に英国の首相科学顧問が「チェルノブイリ事故より規模は小さい」「外部に出た放射性物質によって健康被害の起こる可能性は少ない」という趣旨の発表をし、在日の英国民に冷静になるよう呼びかけました。専門家を集めた精度の高い分析で、それはのちになっても大きく修正する必要がありませんでした。
日本では、情報公開が遅れました。正確なことを言うためと思われますが、あの状況ではスピードが必要であったと思います。間違っていれば訂正する。その時点でより適切な情報を発表する。そうしたことを考えるべきと、思いました。報道の問題も、政府の発表の仕方が適切ではありませんでした。
田原・アメリカは原発をどうしたいんですかね。
ロバートソン・今はガスの時代と言われています。シェールガスの生産が伸びているからです。しかし、ずっと伸び続けるかどうかは分からないし、その開発は環境破壊の懸念が出ています。エネルギーめぐる状況はいつでも変わります。原発も状況が許せば、積極的な開発に政策が変わるでしょう。
エネルギー、安全保障、外交は密接に結びつき、普通の国の政治では当たり前です。米国は、中東からの石油に依存するために、地域にコミットし、その結果、テロの脅威にも直面しているわけです。ただし、日本はそれが切り離されている。メディアも強調しませんね。
池田・日本の政治の意思は、エネルギー・原子力でどのようなものでしょうか。
田原・はっきり決まっていない。2013年の9月に、野田政権は、「2030年代に原発ゼロを目指す」と表明したが、閣議決定できなかった。第1の理由は、アメリカが日本の原発ゼロを懸念したこと。第2の理由は青森県や原発立地県との関係。青森県で核燃料サイクル、中間貯蔵などの施設があるが、原発ゼロの場合に、それをどうするか答えを持っていなかった。お粗末だったが、政権を取り戻した自民党も、原発ははっきり決めたくない状況になっている。
池田・政治家は世論をおそれているのでしょう。そして政治家はメディアにどのように報道されるかを、常に気にします。松本さんはリスク・コミュニケーションも研究しているそうですが、適切な情報だけが流れる形にメディアの報道姿勢を直せるものでしょうか。
松本・直すことは難しいでしょう。物事の表現は、人々の立場、思想、世界観で変わるし、受け止め方も変わります。そして、新聞は社論があります。それが新聞の付加価値になっているわけですから、それに記事が迎合して、時には事実をゆがめることも、ありえることです。ですから私たちは、情報を一つだけにするのではなく、複数のメディアの情報を見ること、そしてそれを冷静に解釈することが必要になります。
以下「4−2」に続く
(2015年12月14日掲載)
関連記事
-
日本ばかりか全世界をも震撼させた東日本大地震。大津波による東電福島第一原子力発電所のメルトダウンから2年以上が経つ。それでも、事故収束にとり組む現場ではタイベックスと呼ばれる防護服と見るからに息苦しいフルフェイスのマスクに身を包んだ東電社員や協力企業の人々が、汗だらけになりながらまるで野戦病院の様相を呈しつつ日夜必死で頑張っている。
-
世界の農業では新技術として遺伝子組み換え作物が注目されている。生産の拡大やコスト削減、農薬使用の抑制に重要な役割を果たすためだ。ところが日本は輸入大国でありながら、なぜかその作物を自由に栽培し、活用することができない。健康に影響するのではないか、栽培すると生態系を変えてしまうのではないかなど、懸念や誤った情報が消費者の間に広がっている。この問題を議論するために、アゴラ研究所は「第6回シンポジウム 遺伝子組み換え作物は危険なのか?」を今年2月29日に東京・内幸町のイイノホールで開催した。
-
9月11日記事。毎日新聞のルポで、福島復興に取り組む東電社員を伝えるシリーズ。報道では東電について批判ばかりが目立つものの、中立の立場で読み応えのある良い記事だ。
-
鈴木達治郎 猿田佐世 [編] 岩波ブックレット 岩波書店/520円(本体) 「なぜ日本は使いもしないプルトニウムをため続けるのか」。 米国のエネルギー政策、原子力関係者に話を聞くと、この質問を筆者らは頻繁に受けるという。
-
英国のEU離脱後の原子力の建設で、厳しすぎるEUの基準から外れる可能性、ビジネスの不透明性の両面の問題が出ているという指摘。
-
原子力発電所の安全目標は長年店晒しだった 福一事故の前、2003年に旧原子力安全委員会が安全目標案を示している。この時の安全目標は以下の3項目から構成されている。 ①定性的目標:原子力利用活動に伴って放射線の放射や放射性
-
「エネルギー資源小国の日本では、国策で開発したナトリウム冷却高速炉の技術を次代に継承して実用化させなければならない。それには高速増殖原型炉『もんじゅ』を運転して、技術力を維持しなければならない。軽水炉の運転で生ずるプルトニウムと劣化ウランを減らすためにも、ナトリウム冷却高速炉の実用化が必要だ」
-
WNN(世界原子力通信)9月12日記事。英語。原題は「Iran and Russia celebrate start of Bushehr II」イランのブシェール原発の工事が始まった。ロシアのロスアトムの支援で、工事費は2期で約100億ドルの見込み。完成時期は24年と26年。イラン核合意で、原発建設が再始動した。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間













