福島デマ拡散者は何をしたか-反省しない人たち
東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から5年が経過した。震災と事故の復旧は着々と進み、日本の底力、そして日本の人々の健全さ、優秀さを示した。同時にたくさんの問題も見えた。その一つがデマの拡散だ。
「福島が放射能で汚染され人は住めない」という誤った情報は、不必要な混乱を生み、人々を苦しめ、復興を遅らせた。今はそうしたデマも少なくなり、当時の発信者は無責任にも口をつぐんでいるために、問題は解消に向かっているように見える。しかし悪影響は残る。健康被害は起きないにもかかわらず、1mSv除染など過剰な放射線防護対策が行われ、復興や帰還を遅らせている。さらにはストレスによる住民の健康被害も生んだ。
写真は福島県富岡町で筆者が撮影した荒廃した避難区域と、除染で出た廃棄物の山の光景だ。こうなる必要はなかった。この不必要な現状は、デマによる過剰な心配が理由の一つだ。


デマ拡散者の行状を観察すると、彼らは反省をしない。またデマが拡散した背景は、原子力の専門家・政策当局者がだらしなくて、国が何も信用されなくなったためだ。異様な行動を続ける自称ジャーナリストの岩上安身氏、上杉隆氏、そして事故当時の原子力安全委員長の班目春樹氏の行動を紹介して、考える材料にしたい。
筆者は福島デマを防止しようと次の文章を書いた。しかしデマ拡散を止められず、自分の無力さに悲しくなる。
「デマ拡散者は何をしたか−福島への呪いを解く」(15年3月)
「メディアが醸成した「放射能ストレス」」(12年6月)
「朝日新聞は原発事故報道の誤りを認めよ」(14年8月)
「「福島に人は住めない」放射能デマの悲しい結末」(13年3月)
新しいトンデモに飛びつく岩上安身氏
ネット放送IWJを運営する岩上安身氏の行動を取り上げたい。岩上氏とIWJは福島原発事故の際に、次々おかしな情報を拡散した。クリス・バズビー氏(1000円のサプリを6000円で売った詐欺行為)、おしどりマコ(甲状腺がんのデマ)、泉田裕彦新潟県知事(「がれき処理は殺人」発言)、広瀬隆氏(科学者の刑事告発騒動)など問題人物がIWJに次々と登場し、デマの震源地になった。
岩上氏は、一連の行為を反省することなく、また怪しげな情報の拡散をしている。2月にIWJはジェフリー・スミスという自然活動家で、遺伝子組み換え作物(GMO)で健康被害が広がっていると主張する米国の活動家の来日大きく取り上げた。
このスミス氏は、米国で「お笑い」に分類される人だ。スピリチュアル活動に熱心で「空中浮揚」をPRしている。(写真3)(記事) GMOで健康被害が発生した科学的証明は、これまでない。

こんな事実は調べれば、すぐ分かることだ。岩上氏らは福島の次に、新しいおかしな情報を見つけ、騒ぎを起こそうとしている。自らの福島のデマ拡散行為に反省はない。IWJは経営危機だそうだ。(記事)私は独立系メディアには頑張ってほしいが、誤った情報を拡散するならメディアの運営を続ける倫理上の資格はない。
上杉隆氏の騒ぐ「謎のメルトダウン騒動(笑)」
自称ジャーナリストの上杉隆氏は原発事故で、膨大なおかしな情報を流した。それがネット上でまとめられている。(上杉隆wiki)上杉氏を追い続ける匿名の管理人の執念にも、また膨大なデマを拡散し続けた上杉氏の双方に気味悪さを感じる。
主要メディアから消えた彼の名前を再び目にした。東京電力が、炉心溶融の定義をしていたにもかかわらず、それを事故当時に気づかなかったと2 月24 日発表した。東電しっかりしろという話だ。上杉隆氏は、「自分がメディアの中でメルトダウンと唯一指摘したが、正しかったことが証明された」という趣旨のツイッターをした。上杉氏が何を言っているのか分からない。メディアも政府も当初から「燃料損傷」、次に「炉心溶融」という言葉を使っていた。上杉氏が初めて報道したという事実はない。
「メルトダウン」というのはバズワード(定義があいまいな混乱を起こしやすい言葉)だ。1978年公開の米映画「チャイナシンドローム」では、格納容器を含む原子炉全体が崩壊するという意味で「メルトダウン」という言葉が使われていた。福島原発事故では核燃料は1、2、3号機では溶けて崩れ、格納容器は部分損傷したが完全に壊れてはいない。
研究者に聞いたところ、欧米専門家は溶融(メルトスルー)(melted through)という英単語を、福島事故で使うべきという話になっているという。筆者は、原子力問題を学ぶため、質の高い報道をするニューヨークタイムズの科学欄、BBC、ScientificAmericanをネットで読むが、メルトスルーという言葉を使っている。
つまり「メルトダウン」という言葉にこだわる必要はない。そんな無意味なことより、上杉氏は上述の膨大なデマの問題、また池田信夫氏などへの嫌がらせ訴訟(記事)など、自らの引き起こした無意味な社会混乱をどう総括するのだろうか。上杉氏の存在が福島の迷惑に思える。
頼りない専門家の作った不信
福島デマ拡散者で、特にひどい、そして滑稽な2人の反省しない、そして無責任な姿を示した。しかし、こうした人たちの発した危険情報は一時期、信じられないことに影響を持ってしまった。
しかし嘘という闇は、真実という光が輝けば、一瞬にして消え去るものであるはずだった。デマが広がったのは専門家・政府のだらしなさが影響した。そしてその人たちの無責任さ、反省のなさは、デマ発信者ともよく似ている。
ネットで元原子力安全委員長の班目春樹氏の書いたマンガ、そして3月9日にフジテレビで放送されたインタビューが話題になっている。


班目氏はマンガで、当時の首相の菅直人氏と首相補佐官だった細野豪志氏らを罵倒、嘲笑している。そして自己弁護を繰り返し、彼に責任をなすりつけた政治家官僚や原子力の研究者を批判している。テレビでは「あんな人を総理にしたから天罰が当たったのではないかと、運命論を考えるようになっている」と、にやけながら発言した。
自らの事故責任を顧みない態度、そして頼りなさに唖然とした。福島の被災者、復旧、除染作業に携わる多くの人にも不謹慎な態度だろう。
今は批判を受け消滅した原子力安全委員会は、規制を担う原子力・安全保安院の行動をチェックし、規制政策の立案と放射線防護の助言を政府に行う役割を持った。福島事故の対応は、保安院がするべきで、班目氏の仕事ではない。しかし当時、保安院を菅首相が信頼せず、政治家らは班目氏に助言を求めた。事故対応の政治家全員が素人の中で、彼は首相に情報を助言できる立場にいた。彼が適切に動けば、官邸の混乱と現場への過剰介入という状況を変えられたかもしれない。
しかし適切に対応できなかった。民間事故調や、ルポ『メルトダウン』(講談社)などによれば、班目氏は狂乱し怒鳴り散らす菅直人氏を、助言によって適切に導けなかった。11年3月12日に福島1号機が水素爆発を起こしたとき、彼は「あー」と頭を抱えてへたり込み、政治家らはその姿に恐怖感を抱いたとされる。当然だ。そして事前に水素爆発について、その危険を政治家に強調していなかったとされる。班目氏は広報の役割も担ったが、当時のテレビ映像を振り返ると答弁は稚拙だった。そして彼は意思決定から外されてしまう。
班目氏は、自分のダメさを棚に上げ、反省もせず、批判を始めた。彼の醜い姿を含め、日本の組織トップ、エリートの責任感のなさ、無能さにがっかりする。彼は東大名誉教授からこの高官に転じ、腰掛けのつもりだったのだろう。しかし地位を得た以上、責任を能力面でも倫理面でも負うはずなのに、まったく適切に対応できなかった。
デマの蔓延は、その発信者の異常さ、愚かさが第一義的に悪い。しかし、原子力をめぐってそれが広がったのは、班目氏のような専門家のダメさゆえだ。
デマ騒動の検証から、教訓を学び、次の危機に備えよう
残念ながら、デマの拡散を観察すると日本社会、そこにある組織、そして私たち一人一人の問題が浮き彫りになる。筆者も事故当時、かなり焦ったことを覚えている。取り上げた3人の例はひどいが、大なり小なり、私たちの中にも彼らに似た醜さ、無責任さ、愚かさは存在している。
おそらく日本は今後も天災や社会的危機に直面する。デマをめぐる人々の滑稽な、愚かしい行動から学び、次の危機に備えなければならない。ここで取り上げた3人のように自省がない恥ずかしい行為を続ければ、また同じ醜い混乱を私たちは繰り返すだろう。
(2016年3月14日掲載)

関連記事
-
2018年4月8日正午ごろ、九州電力管内での太陽光発電の出力が電力需要の8割にまで達した。九州は全国でも大規模太陽光発電所、いわゆるメガソーラーの開発が最も盛んな地域の一つであり、必然的に送配電網に自然変動電源が与える影
-
80万トンともいわれる廃棄ソーラーパネルの2040年問題 「有害物質によって土壌や地下水汚染が起きるのではないか?」についての懸念について、実際のところ、太陽光パネルのほとんどは中国製であるため、パネル性状の特定、必要な
-
東京電力に寄せられたスマートメーターの仕様に関する意見がウェブ上でオープンにされている。また、この話題については、ネット上でもITに明るい有識者を中心に様々な指摘・批判がやり取りされている。そのような中の一つに、現在予定されている、電気料金決済に必要な30分ごとの電力消費量の計測だけでは、機能として不十分であり、もっと粒度の高い(例えば5分ごと)計測が必要だという批判があった。電力関係者とIT関係者の視点や動機の違いが、最も端的に現れているのが、この点だ。今回はこれについて少し考察してみたい。
-
1. 寒冷化から温暖化への変節 地球の気候現象について、ざっとお浚いすると、1970~1980年代には、根本順吉氏らが地球寒冷化を予測、温室効果ガスを原因とするのではなく、予測を超えた変化であるといった立場をとっていた。
-
はじめに 気候変動への対策として「脱炭素化」が世界的な課題となる中、化石燃料に依存しない新たなエネルギー源として注目されているのがe-fuel(合成燃料)である。自動車産業における脱炭素化の切り札として各国が政策的な後押
-
日本経済新聞は、このところ毎日のように水素やアンモニアが「夢の燃料」だという記事を掲載している。宇宙にもっとも多く存在し、発熱効率は炭素より高く、燃えてもCO2を出さない。そんな夢のようなエネルギーが、なぜ今まで発見され
-
1997年に開催された国連気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書は、我が国の誇る古都の名前を冠していることもあり、強い思い入れを持っている方もいるだろう。先進国に拘束力ある排出削減義務を負わせた仕組みは、温暖化対策の第一歩としては非常に大きな意義があったと言える。しかし、採択から15年が経って世界経済の牽引役は先進国から新興国に代わり、国際政治の構造も様変わりした。今後世界全体での温室効果ガス排出削減はどのような枠組を志向していくべきなのか。京都議定書第1約束期間を振り返りつつ、今後の展望を考える。
-
原子力基本法が6月20日、国会で改正された。そこに「我が国の安全保障に資する」と目的が追加された。21日の記者会見で、藤村修官房長官は「原子力の軍事目的の利用意図はない」と明言した。これについて2つの新聞の異なる立場の論説がある。 産経新聞は「原子力基本法 「安全保障」明記は当然だ」、毎日新聞は「原子力基本法 「安全保障目的」は不要」。両論を参照して判断いただきたい。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間