気候変動枠組条約の「枠組」を見直すとき
アメリカのトランプ大統領が、COP(気候変動枠組条約締約国会議)のパリ協定から離脱すると発表した。これ自体は彼が選挙戦で言っていたことで、驚きはない。パリ協定には罰則もないので、わざわざ脱退する必要もなかったが、政治的スタンドプレーだろう。だがこの際、COPの枠組に意味があるのかどうか考え直してもいいのではないか。
地球全体で排出可能な温室効果ガスの総量を決めて各国に割り当てるという考え方は自由経済にはなじまないもので、実効性もあやしい。京都議定書は、気候変動対策としては役に立たなかった。世界の温室効果ガス排出量は次の図のように、1997年の京都議定書以降も増え続けている。

特に議定書から除外された途上国の排出量が大きいが、これはパリ協定で見直され、彼らも入れた包括的な枠組になった。その代わり「プレッジ&レビュー」という自主規制で、排出量の削減枠を守ることになった。この考え方は、もともとはアメリカの一部で成功した排出権取引でできたものだ。
普通の公害対策では有害物質の排出量を濃度で決めるが、これだと排気や水を薄めればクリアできる。総量規制すると、古い(排出量の多い)工場が操業できなくなる一方、環境基準をクリアした新しい工場はフル操業しても枠が余る。こういうとき、地域全体の排出量を考えると、新しい工場の余っている枠を古い工場が買うことが効率的だ。
これは排出権の枠に所有権を設定して取引するもので、もとはロナルド・コースの発想である。普通の商品に財産権を設定するのと同じように、マイナスの環境汚染にも所有権を設定して取引すれば、古い工場も操業でき、新しい工場は排出権を売ってもうかり、パレート最適な配分が実現できる。
しかしこの枠組の前提には、所有権が一義的に決定できるという条件がある。たとえば工場が汚染物質の量をごまかしたり、契約を守らなかったりしたらどうするのか。アメリカの一つの州の中なら、州政府が監視して違反を摘発し、紛争は裁判所で解決できるが、国際間の取引には監視機関がなく、司法機関も機能しない。
国際的な約束を強制執行する機関がないことはどんな条約も同じだが、パリ協定のような途上国まで入れた多国間の条約では、正直に削減するOECD諸国に経済的な負担が集中し、中国やロシアが排出権を売ると称して金をもらう「ただ乗り」が起こりやすい。その最大の被害者が日本である。
世界全体の削減枠を(紳士協定で)決めるのはいいが、その実施方法として、統制経済的な排出権取引は効率が悪い。他方、炭素税は国際競争力が下がるので、マンキューやフェルドシュタインの提案している炭素税の国境調整が合理的だ。COP以降の気候変動の枠組を考えるべきだと思う。
関連記事
-
4月3日は、台風並みの暴風雨が全国的に吹き荒れた。交通機関などの混乱にとどまらず、全国で死者3人、けが人は300人を超える被害を引き起こしている。東京電力のウェブサイトによれば、23時現在、同社サービスエリア内で約2100軒が停電中という。電気が止まってしまったご家庭はさぞ心細い思いをされているだろうと心配しつつ、同時に、嵐の中で必死に復旧作業にあたっているであろう、かつての同僚の顔が目に浮かぶ。私は昨年末まで同社に勤めていた。
-
地球温暖化による海面上昇ということが言われている。 だが伊豆半島についての産業総合研究所らの調査では、地盤が隆起してきたので、相対的に言って海面は下降してきたことが示された。 プレスリリースに詳しい説明がある。 大正関東
-
NHKニュースを見るとCOP28では化石燃料からの脱却、と書いてあった。 COP28 化石燃料から「脱却を進める」で合意 だが、これはほぼフェイクニュースだ。こう書いてあると、さもCOP28において、全ての国が化石燃料か
-
今年7月から実施される「再生可能エネルギー全量買取制度」で、経済産業省の「調達価格等算定委員会」は太陽光発電の買取価格を「1キロワット(kw)時あたり42円」という案を出し、6月1日までパブコメが募集される。これは、最近悪名高くなった電力会社の「総括原価方式」と同様、太陽光の電力事業会社の利ザヤを保証する制度である。この買取価格が適正であれば問題ないが、そうとは言えない状況が世界の太陽電池市場で起きている。
-
「40年問題」という深刻な論点が存在する。原子力発電所の運転期間を原則として40年に制限するという新たな炉規制法の規定のことだ。その条文は以下のとおりだが、原子力発電所の運転は、使用前検査に合格した日から原則として40年とし、原子力規制委員会の認可を得たときに限って、20年を越えない期間で運転延長できるとするものである。
-
きのうの言論アリーナでは、東芝と東電の問題について竹内純子さんと宇佐見典也さんに話を聞いたが、議論がわかれたのは東電の処理だった。これから30年かけて21.5兆円の「賠償・廃炉・除染」費用を東電(と他の電力)が負担する枠
-
6月9日(正確には6〜9日)、EUの5年に一度の欧州議会選挙が実施される。加盟国27ヵ国から、人口に応じて総勢720人の議員が選出される。ドイツは99議席と一番多く、一番少ないのがキプロス、ルクセンブルク、マルタでそれぞ
-
昨年夏からこの春にかけて、IPCCの第6次報告が出そろった(第1部会:気候の科学、第2部会:環境影響、第3部会:排出削減)。 何度かに分けて、気になった論点をまとめていこう。 気候モデルが過去を再現できないという話は何度
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間













