「温室効果ガス排出ゼロ」の国民負担は重い

ニュージーランドの風力発電施設(Seralyn Keen/flickr)
ニュージーランド議会は11月7日、2050年までに温室効果ガス排出を「実質ゼロ」にする気候変動対応法を、議員120人中119人の賛成多数で可決した。その経済的影響をNZ政府は昨年、民間研究機関に委託して試算した。 その報告書では、いくつかのシナリオで2050年のNZ経済を予想している。2050年までのベースラインの平均成長率を2.2%とすると、2050年にCO2排出を(農業を除いて)実質ゼロにするEnergy ZNEシナリオでは1.5%となり、成長率が年平均0.7%ポイント下がる。
温室効果ガス削減による成長率の低下
これによって2050年の家計の可処分所得は、ベースラインに比べて20%以上低下する。現在のNZの政策(50%削減)に比べても、Energy ZNEシナリオでは17%下がる。
2050年の可処分所得の低下
エネルギー価格の上昇は所得とは無関係に一定率ですべての家庭が負担する「課税」なので、逆進性が強い。家計消費を所得階層(quintile)ごとに見ると、最低の所得階層では3.1%下がるが、最高の所得階層では0.5%しか影響がない。
「排出ゼロ」による所得階層別の家計消費の低下
Energy ZNEシナリオでは95%の自動車を電気自動車にし、98%の電源を再生可能エネルギーにするなどの過激な政策が想定されている。そのコスト増を炭素税に換算すると、2050年までの平均でトン当たり845NZドル(5万9000円)。世界的に検討されている水準の10倍以上だ。 10月の国連温暖化サミットでは、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにすると約束した国が77ヶ国あった。NZはそれを法制化した最初の国だが、世界の温室効果ガス排出量に占める比率は0.8%。彼らが排出量をゼロにしたとしても、地球の平均気温に与える影響は誤差の範囲内である。 NZでは家畜由来のメタンが温室効果ガスの35%を占める特殊性があるが、それを除くと日本とは大きく違わない。「排出ゼロ」は政治的スローガンとして人気があるが、国民負担は重く、実現できるとは思われない。「偽善者は素晴らしい約束をする。約束を守る気がないからである」(エドマンド・バーク)。

関連記事
-
>>>『中国の「2060年CO2ゼロ」地政学的な意味①日米欧の分断』はこちら 3. 日米欧の弱体化 今回のゼロエミッション目標についての論評をネットで調べてみると、「中国の目標は、地球温暖化を2℃以下に
-
1.太陽光発電業界が震撼したパブリックコメント 7月6日、太陽光発電業界に動揺が走った。 経済産業省が固定価格買取制度(FIT)に関する規則改正案のパブリックコメントを始めたのだが、この内容が非常に過激なものだった。今回
-
2022年の年初、毎年世界のトレンドを予想することで有名なシンクタンク、ユーラシアグループが発表した「Top Risks 2022」で、2022年の世界のトップ10リスクの7番目に気候変動対策を挙げ、「三歩進んで二歩下が
-
スマートグリッドという言葉を、新聞紙上で見かけない日が珍しくなった。新しい電力網のことらしいと言った程度の理解ではあるかもしれないが、少なくとも言葉だけは、定着したようである。スマートグリッドという発想自体は、決して新しいものではないが、オバマ政権の打ち出した「グリーンニューディール政策」の目玉の一つに取り上げられてから、全世界的に注目されたという意味で、やはり新しいと言っても間違いではない。
-
原発事故から3年半以上がたった今、福島には現在、不思議な「定常状態」が生じています。「もう全く気にしない、っていう方と、今さら『怖い』『わからない』と言い出せない、という方に2分されている印象ですね」。福島市の除染情報プラザで住民への情報発信に尽力されるスタッフからお聞きした話です。
-
英国のEU離脱後の原子力の建設で、厳しすぎるEUの基準から外れる可能性、ビジネスの不透明性の両面の問題が出ているという指摘。
-
「ポストSDGs」策定にらみ有識者会 外務省で初会合 日経新聞 外務省は22日、上川陽子外相直轄の「国際社会の持続可能性に関する有識者懇談会」の初会合を開いた。2030年に期限を迎える枠組み「SDGs(持続可能な開発目標
-
厄介な気候変動の問題 かつてアーリは「気候変動」について次の4点を総括したことがある(アーリ、2016=2019:201-202)。 気候変動は、複数の未来を予測し、それによって悲惨な結末を回避するための介入を可能にする
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間