福島第一原発が安倍首相に迫る「決断のとき」
先週、3年半ぶりに福島第一原発を視察した。以前、視察したときは、まだ膨大な地下水を処理するのに精一杯で、作業員もピリピリした感じだったが、今回はほとんどの作業員が防護服をつけないで作業しており、雰囲気も明るくなっていた。福島第一にも日常が戻ってきたのだ。

大型休憩所の食堂(東電HPより)
廃炉作業のうち、4号機は3・11のとき定期検査中で運転しておらず、燃料棒が損傷しなかったため、原子炉建屋の中の使用済核燃料プールから2014年に燃料棒をすべて取り出した。
問題は炉心が溶融して格納容器の底に落ち、「デブリ」と呼ばれるかたまりになっている1~3号機である。このうち3号機では、使用済核燃料プールの燃料棒を取り出すための巨大なドームが建設され、今年4月から取り出しの作業が始まったが、格納容器の底に残っているデブリは手つかずのままだ。

3号機で始まった使用済核燃料の取り出し(東電撮影)
1号機と2号機も同じ状況だが、2号機では今年2月に格納容器の中でロボットがデブリに初めて接触した。その取り出しは2021年から2号機で開始する予定だというが、炉内に飛び散ったデブリを完全に除去できるのだろうか。終わるのは2041年から2051年。先の長い作業である。
廃炉作業の大きな障害になっているのが、サイトを埋め尽くす970基の貯水タンクだ。2018年度平均の汚染水発生量は170トン/日、これは最終的にALPS(多核種除去設備)で処理した「処理水」となる。タンクは増設する計画だが、2022年には満杯になる。これ以上タンクを建設するには、隣接する中間貯蔵施設の土地を使うなどの措置が考えられるが、これは現在の廃炉作業の前提を大きく踏み超える。

貯水タンク(東電撮影)
残された時間は少ない
もし2023年に現在の計画を超えるタンクの建設が必要だとすると、その3年前、つまり来年春には原子力規制委員会への申請が必要で、その前に処理方針を決定しなければならない。時間はほとんど残されていないのだ。
問題は誰が方針を決定するかである。いま経産省の小委員会では処理方針を議論しているが、この小委員会は処理方法を決定するのではなく、助言するだけだ。決定するのは第一義的には東電の経営陣だが、彼らだけでは決められない。海洋放出には福島県漁連が反対しているからだ。
それだけではない。近県の漁協も反対しており、最終的には全漁連の決定が必要になる可能性もある。こうなると東電と漁協が交渉して決まる問題ではなく、政治が間に入って仲介するしかないだろう。それも経産相や環境相のレベルではない。

5年半ぶりに福島第一原発を訪れた安倍首相(19年4月、政府インターネットTVより)
安倍首相はこれまで、福島第一原発にほとんど関心を示さなかった。2013年9月にオリンピックを誘致するとき、福島に行って「国が前面に出る。国の最高責任者として、この目でしっかりと現場を見て、国民の健康や外洋を守るよう、万全を期します」と宣言し、ALPSや凍土壁の建設を国費で進めたが、その後は何も具体策を出していない。今年4月に視察に訪れただけだ。
しかしここまでこじれた問題を解決するには、安倍首相が本当に「前面に出てくる」しかないだろう。ただ来年1月にも予想される解散・総選挙の前はありえないので、その後だとすると、来年3月ごろには決断のときが来るのかもしれない。

関連記事
-
(GEPR編集部より)この論文は、国際環境経済研究所のサイト掲載の記事から転載をさせていただいた。許可をいただいた有馬純氏、同研究所に感謝を申し上げる。(全5回)移り行く中心軸ロンドンに駐在して3年が過ぎたが、この間、欧州のエネルギー環境政策は大きく揺れ動き、現在もそれが続いている。これから数回にわたって最近数年間の欧州エネルギー環境政策の風景感を綴ってみたい。最近の動向を一言で要約すれば「地球温暖化問題偏重からエネルギー安全保障、競争力重視へのリバランシング」である。
-
アゴラ運営のインターネット放送「言論アリーナ」。4月29日に原発をめぐる判断の混乱−政治も司法も合理的なリスク評価を」を放送した。出演は原子力工学者の奈良林直さん(北海道大学大学院教授・日本保全学会会長)、経済学者の池田信夫さん(アゴラ研究所所長)。
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクであるGEPRはサイトを更新しました。
-
国のエネルギーと原子力政策をめぐり、日本で対立が続いている。いずれも国民の幸せを願ってはいるのだが、その選択は国の浮沈に関わる重大問題である。東京電力の福島第1原発事故の影響を見て曇るようなことがあってはならない。しかし、その事故の混乱の影響はいまだに消えない。
-
8月11日に九州電力の川内原子力発電所が再稼働した。東日本大震災後に原子力発電所が順次停止してから4年ぶりの原子力発電所の再稼働である。時間がかかったとはいえ、我が国の原子力発電がようやく再生の道を歩き始めた。
-
太陽光発電のCO2排出量は実はかなり多い、という論文が2023年7月4日付で無料公開された。(論文、解説記事)。イタリアの研究者、エンリコ・マリウッティ(Enrico Mariutti)によるもので、タイトルは「太陽光発
-
アゴラ研究所の運営するネット放送「言論アリーナ」。11月29日放送分は「政治の失敗のツケを新電力に回す経産省」というテーマで、今行われている東電福島事故の処理、電力・原子力再編問題を取り上げた。
-
中国企業が移動式の海上原子力発電所20基を建設する計画を進めている。中国が領有権を争い、基地を建設して実効支配をたくらむ南シナ海に配備される可能性がある。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間