水素とアンモニアは「夢のエネルギー」か
日本経済新聞は、このところ毎日のように水素やアンモニアが「夢の燃料」だという記事を掲載している。宇宙にもっとも多く存在し、発熱効率は炭素より高く、燃えてもCO2を出さない。そんな夢のようなエネルギーが、なぜ今まで発見されなかったのだろうか?
水素はエネルギーの縮小再生産
それは日経新聞の錯覚である。水素はエネルギー源ではないのだ。水素は単体では大気中に存在しないので、水を電気分解するか、化石燃料(炭化水素)を熱分解してつくるしかない。その水素を燃やしてできるエネルギーは、水素をつくるエネルギーよりはるかに小さい。水素はエネルギーの縮小再生産なのだ。
水素は零下250℃以下でないと液体で保存できないので、扱いやすいアンモニアに変えて輸送する。だからアンモニアも水素キャリアであって、エネルギー源ではない。最近は発電にも使える技術が開発されているが、それも水素を運ぶ点では同じだ。
次の図のようにアンモニアをつくるには水素が必要で、それは化石燃料を熱分解してつくる(ブルーアンモニア)。再生可能エネルギーで電気分解するグリーンアンモニアは、コストが高く実用にならない。
アンモニアの製造では、大量のCO2が発生する。製造技術として確立しているハーバー=ボッシュ法では、アンモニア1トンをつくるとき2.35トンのCO2が発生する。世界のCO2の1%は、アンモニアの製造で発生しているのだ。アンモニア製造で発生する亜酸化窒素(N2O)の温室効果は、CO2の300倍である。
経産省の燃料アンモニア導入官民協議会は「国内の大手電力会社の保有する全石炭火力をアンモニア専焼にリプレースした場合には、約2億トンのCO2排出を抑制し、これは現在の電力部門からの排出量の半分を削減することになる」というが、それは本当だろうか?
アンモニア輸入は「炭素会計」の会計操作
図2はアンモニア協議会の試算だが、水素発電の単価が97.3円/kWhと絶望的に高いのに対して、アンモニアは(専焼の場合)23.5円とLNGの2倍程度だが、ここにはトリックがある。
図2
東電と中部電力でつくったJERAは昨年10月、2050年までに「石炭火力を100%アンモニアに変える」と宣言した。これが菅首相の「カーボンニュートラル宣言」の背中を押したといわれるが、図2をよく見てほしい。
海外でLNGでアンモニアをつくってタンカーで輸入しなくても、LNGそのものを輸入したほうが明らかに安い(201ドル/トン)。何のためにわざわざLNGをアンモニアに変えて輸入するのだろうか?
それはアンモニアをつくるとき発生するCO2が、輸出国で排出されるからだ(図2の「海外水素製造」)。これはアンモニア製造で発生するCO2を産油国に付け替える「炭素会計」の会計操作であり、地球全体のCO2排出量は変わらない。
商社が競ってこの「アンモニア貿易」に参入しているが、13円/kWhのLNGをわざわざコスト2倍のアンモニアに変える設備投資は、膨大な浪費である。企業がこのような収益率マイナスの設備投資をするのは、政府がそのコストを補助金してくれると期待しているからだ。
これは「グリーン成長」ではなく、納税者や電力利用者からアンモニア企業への所得移転である。安価なLNGから高価なアンモニアに切り替えると電気料金は上がり、製造業は日本を脱出するだろう。
要するにアンモニアは日本のCO2を産油国に付け替えるだけで、地球全体のCO2排出は減らず、温暖化も止まらないのだ。パリ協定で約束した削減目標が、国内で名目的に達成できるだけである。それならこんな設備投資は必要なく、産油国から排出枠を買えばいいのだ。
1970年代の石油ショックのとき、日本人は「省エネ」に一丸となって取り組み、日本の自動車・電機製品は世界を制覇した。それはエネルギーコストを下げて製造業の生産性を上げ、競争力を高めたからだ。しかし今回の「脱炭素」投資は、化石燃料を国内で燃やす代わりに海外で燃やすだけの非生産的な設備投資である。製造業の生産性は低下し、日本経済の衰退は早まるだろう。
【追記】細かい突っ込みが入ったので補足しておくが、図2の「CO2販売(EOR関連)」というのは、産油国でCO2を地中に埋め、その圧力で原油の生産を増やすEOR(原油増進回収法)向けにCO2を売るという机上の計算。そんな技術が採算に乗る見込みはなく、膨大な浪費に輪をかけるだけだ。
関連記事
-
既にお知らせした「非政府エネルギー基本計画」の11項目の提言について、3回にわたって掲載する。今回は第2回目。 (前回:非政府エネ基本計画①:電気代は14円、原子力は5割に) なお報告書の正式名称は「エネルギードミナンス
-
野田佳彦首相は5月30日に開催された「原子力発電所に関する四大臣会合」 に出席し、関西電力大飯原子力発電所3、4号機の再稼働について「総理大臣である私の責任で判断する」 と語りました。事実上、同原発の再稼動を容認するものです。
-
本原稿は2012年5月の日本原子力産業協会の年次総会でバーバラ・ジャッジ氏が行った基調講演要旨の日本語訳である。ジャッジ氏、ならびに同協会の御厚意でGEPRに掲載する。
-
日本の自治体も参加するスマートシティ 元ゲリラ活動家の左派大統領、ダボス会議で資本主義否定のスピーチに引き続き、ハートランド研究所の動画“In the Tank”第382回ならびにダボス会議のセッション「Bold New
-
11月9日、米国の環境団体「憂慮する科学者連盟」(UCS:Union of Concerned Scientists)が非常に興味深い報告書を発表した。「原子力発電のジレンマ-利潤低下、プラント閉鎖によるCO2排出増の懸
-
金融庁、ESG投信普及の協議会 新NISAの柱に育成 金融庁はESG(環境・社会・企業統治)投資信託やグリーンボンド(環境債)の普及に向けて、運用会社や販売会社、企業、投資家が課題や改善策を話し合う協議会を立ち上げた。
-
東京電力福島第一原発の事故処理で、汚染水問題が騒がれている。このコラムで私は問題を考えるための図を2つ示し、以下の結論を示したい。
-
浜野喜史参議院議員(民主党)は、原子力規制委員会による規制行政、また日本原電敦賀2号機の破砕帯をめぐる問題を国会で10回以上、質問で取り上げている。規制行政への意見を聞いた。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間