GXが求める日本の原子力政策の大転換

2022年08月28日 07:00
澤田 哲生
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

marrio31/iStock

原子力政策の大転換

8月24日に、第2回GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議が開催された。

そこでは、西村康稔経産大臣兼GX実行推進担当大臣が、原子力政策に対する大きな転換を示した。ポイントは4つある。

  • 再稼働への関係者の総力の結集
  • 安全確保を大前提とした運転期間の延長など既設原発の最大限活用
  • 新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設
  • 再処理・廃炉・最終処分のプロセス加速化

第6次エネルギー基本計画に〝可能な限り原発依存度を低減する〟という文言が滓のように残っていた(26ページ)。

②原子力における対応
東京電力福島第一原子力発電所事故を経験した我が国としては、安全を最優先し、経済的に自立し脱炭素化した再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減する

この〝可能な限り原発依存度低減する〟が、〝既存原発の最大限活用〟と〝次世代革新炉の開発・建設〟という文言で上書きされ改訂された形である。これは3.11以降、政治―政策―事業が原子力推進に三すくみ状態であった原子力政策の大転換を意味する。とりわけ、『建設』が明示されたことの意義は大きい。

新しい規格の原発の建設には、当然ながら新規制基準の適合審査を受ける必要がある。適合審査を通過していざ建設となっても最低5年程度は完成までにかかる。ちなみに93.6%完成している島根3号機(改良型沸騰水型軽水炉: ABWR)は、事前調査、安全審査、地元合意、建設などの全行程に16年を要している(平成7年7月〜平成23年4月末)。

今問われるのは、日本のどこの地で次世代革新炉のための事前調査がいつ始められるかである。かつてよりも格段に厳しい新規制基準を考えれば、事前調査開始からして20年以内に建設完了するのもかなり厳しい。2050年までには、後27年ほどしかない。

新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉とは

原子力の発展の歴史を段階的にまとめると、次のような図になる。

私たちの日本にある原子炉はほとんどが第二世代の原子炉である。第3世代の原子炉は存在せず、第3世代+の原子炉であるABWRが存在する。ABWRで過去に稼働実績があるのは、柏崎刈羽の6、7号機、浜岡5号機、志賀2号機の4基。建設中のものは、島根3号機、大間、そして東電の東通1号機である。

ABWRの他に第3世代+の原子炉としては、改良型加圧水型軽水炉(APWR)、AP1000、EPRなどがある。APWRはまだ建造実績がないが、かつてトルコへの輸出が決まりかけていたATMEAという呼称の原子炉はAPWRとEPRの発展型と考えられる。ATMEAのトルコへの輸出は高コストが主要な原因で頓挫した。

今トルコではロシア製の加圧水型軽水炉4基の建設が順調に進んでいる。小型モジュール炉(SMR)も安全性が貴和待て高いことが喧伝されているので、第3世代+に含まれる。しかし、原子炉の建設・運転の実績がないことや、コストや運転管理においてはいくつかの疑問・難点があるように見える(本論シリーズ「世界各国で進むSMRのアキレス腱」、「SMRの真贋を問う」)。

©️GIF(Generation IV International Forum)

新たな安全メカニズムのキモ

新たな安全メカニズムには、2つのポイントがある。いずれもシビアアクシデント対策である。

一つは原子炉の炉心や、原子炉を覆う格納容器をいざシビアな状況になればこれでもかと徹底的に冷やす方式の導入である。要するに大きなプールにたっぷりの水を蓄えておき、いざという時に重力や自然循環の仕組みを利用して電気駆動の機械がなくても冷やして冷やして冷やし尽くす。電気駆動による能動的な仕組みに頼らないので継続的にいつまでも冷やし続けられる。この方式は、重力などのいつでもどこでも厳然と存在する自然のメカニズムを受身的(受動的)に利用する安全性なので、passive safetyと言われる。

もう一つは、万万が一炉心の燃料が溶融したときにそれを受け止めて無闇矢鱈に飛び散らないようにする方式の採用である。溶けた燃料を原子炉圧力容器内部に留める〝In-Vessel Retention(容器内保持)〟と外で受け止める〝Ex-Vessel Retention(容器外保持)〟がある。

これらのシビアアクシデント対策を最大限活用したのが第3世代+の原子炉である。原子炉の安全性を考えるときの物差しに炉心損傷確率がある。事故時に炉心が破損・溶融する確率である。頻度の単位は1/炉・年である。

第2世代の原子炉の炉心損傷確率は、だいたい100万分の1/炉・年とされている。最新の第3世代+の炉心損傷頻度は2桁以上小さくなっているとされている。つまり1億分の1/炉・年以下である。

Safety by designとは何か

〝Safety by design〟という考え方が1980年以降原子炉の設計の世界に入ってきた。1979年に起こったTMI事故の影響である。〝by design〟の意味は、〝設計による〟という意味ではなく、〝意図的に〟という意味である。つまり、Safety by designは意図して安全性の向上策を設計の段階から組み込むことを言う。

TMI以前、すなわち第二世代の原子炉の設計においては、safety by designと言う考え方は無きに等しかった。私がこの世界に入った1980年はじめの頃、私はある型式の原子炉にシビアアクシデントが起こったとき何が起こるかということをコンピュータシミュレーションによって研究をしていた。

そうしたところ、当時、その原子炉を設計したチームから「これは自分たちが丹精込めて設計した原子炉だ。なぜ敢えてシビア事故を想定して原子炉を壊してどうなるのかを評価するのか——いったいなんの意味があるのか」という強い批判が興こった。これは、当時の原子炉の設計者には、設計の段階から〝意図的に安全策を図り組み込む〟という思想が全くなかったことを物語っている。

下図は米国のウエスティングハウス社が作成した原子力炉型の発展を安全の面から見た系統樹でである。

©️Westinghouse Electric Corporation.

この樹が示すのは、現在主流の第二世代原子炉(Current Plants)からsafety by designの考え方のもとに受動的安全(passive safety) をフルに活かしたのが右方向に枝分かれしたAP1000やESBWR である。その一方、左の枝分かれ上にあるATMEA、EPR、APWR、ABWRなどは受動的安全を必ずしもフル活用していない趣があり、受動安全の最大活用の観点からはやや遅れがあるということであろう。この図はあくまでAP1000を開発したウエスティングハウス社が作成したものなので、判官贔屓の感は否めないところもある。

原子力政策大転換の日本が選ぶ炉型とは

これまでの実績を踏まえて、日本が今すぐにでも建設に取りかかれる原子炉のタイプは、ABWR、APWR、そしてATMEAに絞られる。

ABWR、APWRの場合、溶融した炉心燃料を保持するシステムは、設計の段階から意図して組み込まれてはいないので、後付けでも備え付けることが必須になるであろう。ちなみに、ABWRの柏崎刈羽6、7号機には炉外コアキャッチャーに準じるとも考えられるようなサブシステムが3・11後に後付けでパッチワーク的に追加されている。

大間や東通は、この路線つまり既存のABWRに炉心溶融対策や水素爆発防止対策を強化した〝ABWR+〟が適切な選択肢になるのではないかと思う。

今度まったく新たな建設を窺う美浜4号、敦賀3、4号に関しては、この地域がPWRを導入し受容してきたという歴史的事実がある。そのことを考えればAPWRの導入が現実的かもしれない。ただし、APWRにコアキャッチャーなどをパッチワーク的に後付けにするよりは、よりsafety by designに沿う形で、設計の段階からコアキャッチャーを組み込んでいるATMEAの導入が望ましいのではないかと思う。

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澤田 哲生
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

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