企業のカーボンニュートラル宣言はESGのGに反する
2020年10月の菅義偉首相(当時)の所信表明演説による「2050年カーボンニュートラル」宣言、ならびに2021年4月の気候サミットにおける「2030年に2013年比46%削減」目標の表明以降、「2030年半減→2050年カーボンニュートラル」を宣言する日本企業が相次いでいます。

NicoElNino/iStock
パリ協定発効後の2016年や2017年のほか、菅首相所信表明演説後の2021年初頭に表明していたにもかかわらず、改めて2021年5月以降に目標値の積み上げや達成年度の前倒しを宣言した企業もあります。
企業が自社のCO2削減に関する中長期目標(本稿ではスコープ1、2とします)を策定するプロセスとしては、まず現時点のCO2排出量実績から2030年や2050年のビジネスを展望した上で目標年のCO2排出量見込みを算出します。そこから自助努力による削減方策を積み上げて検討しますが、同時に発電側で対応されるであろう日本政府の目標を加味してCO2排出量の削減見込みを試算します。
カーボンニュートラル宣言のリリースや自社ウェブサイト上での詳細説明で国の46%削減に伴う購入電力の低炭素化を前提条件としている企業が複数ありますし、仮に明言していない企業であっても多かれ少なかれ前提としているはずです。
ここで、ひとつの疑問が浮かびます。2030年にCO2半減(46%や50%の削減)を宣言した企業の経営者の皆さんは、わずか8年後に日本国内の46%削減が実現可能だとお考えなのでしょうか。残念ながら、空前絶後のイノベーションでも起きない限り、冷静に考えれば実現はほぼ不可能です。
また、日本のCO2削減目標は、米国民主党政権に合わせて上方修正し、共和党政権に梯子を外され国内での議論が沈静化するというサイクルを繰り返してきました。表1に、過去の日本と米国のCO2削減目標を整理します。基準年は違えどほぼ同じ削減率の数字が並んでいます。

もちろん今後については分かりませんが、2022年に行われる米国中間選挙について現時点では共和党優勢が伝えられており、今回も日本政府は梯子を外され数年後には国内でも沈静化する可能性が否定できません。
企業のCO2削減目標も国の目標が変わるたびに上方修正して一時的には盛り上がるのですが、数年後には産業界でも社会全体でも忘れ去られる、といった歴史を繰り返してきました。何度も経営会議に諮って公表時点では社内の関心が高いのですが、数年後社会の関心が薄れるとともに経営層や事業部でも話題にならなくなり、環境・CSR部門だけが取り組んでいるという苦い経験をした担当者も多いはずです。上
場企業であれば数年で経営者が変わるため、公表時の経営者と後任の経営者で関心や方針が異なるのは仕方がない面もあります。しかしながら、過去の日本政府の目標やエネルギー基本計画(後述)について最終年の結果まで関心を持って把握してきた経営者が何人いたでしょうか。
続いて、2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画、および第5次エネルギー基本計画における電源構成を抜粋します(表2)。比較のため、表3に2019年度の電源構成、および電気事業連合会が公表しているCO2排出係数の推移(図1)より過去最も排出係数が低かった2010年の日本の電源構成を示します。

資源エネルギー庁ウェブサイトより作成

環境省ウェブサイトより作成

図1.電事連における販売電力量、CO2排出量と排出係数の推移
出典:電気事業連合会ウェブサイト
第6次エネルギー基本計画では、あと8年で2019年度実績の再エネを2倍に、原子力を3.5倍にする計画となっています。2010年度は再エネがほぼ水力のみで9.5%しかなかったにもかかわらず原子力が25%あったことでCO2排出係数が過去最少でした。
しかしながら、原子力発電所の再稼働が進展しない現状を鑑みると、たった8年では第5次エネルギー基本計画の電源構成すら実現する可能性が低い中で、さらに再エネの拡大をめざす第6次エネルギー基本計画が達成できるとは到底考えられません。従って、2030年46%削減も極めて困難なことが予想されます。
自社内で完結する施策で達成可能な目標であればよいのですが、実現が絶望的な国の2030年46%削減という外部要因に頼っている場合、その目標は2030年時点で未達となる可能性が極めて高いため、ESGのG(ガバナンス)として適切な意思決定および経営計画の開示とは思えません。
あるいは、2030年CO2半減目標を公表した経営者の皆さんは国の2030年46%削減が達成できるとお考えなのでしょうか。
本来は投資家やメディアにこうした議論を深掘りしてほしいのですが、我先にとカーボンニュートラル宣言を出しさえすれば称賛される昨今の風潮には大きな違和感を覚えます。
■
関連記事
-
政府は2030年までに温室効果ガスを2013年比で26%削減するという目標を決め、安倍首相は6月のG7サミットでこれを発表する予定だが、およそ実現可能とは思われない。結果的には、排出権の購入で莫大な国民負担をもたらした京都議定書の失敗を繰り返すおそれが強い。
-
日本経済新聞12月9日のリーク記事によると、政府が第7次エネルギー基本計画における2040年の発電量構成について「再生可能エネルギーを4~5割程度とする調整に入った」とある。 再エネ比率、40年度に「4~5割程度」で調整
-
JBPress11 月25日。池田信夫氏寄稿。東電問題をめぐる解決策。
-
東日本大震災で事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所を5月24日に取材した。危機的な状況との印象が社会に広がったままだ。ところが今では現地は片付けられ放射線量も低下して、平日は6000人が粛々と安全に働く巨大な工事現場となっていた。「危機対応」という修羅場から、計画を立ててそれを実行する「平常作業」の場に移りつつある。そして放射性物質がさらに拡散する可能性は減っている。大きな危機は去ったのだ。
-
「40年問題」という深刻な論点が存在する。原子力発電所の運転期間を原則として40年に制限するという新たな炉規制法の規定のことだ。その条文は以下のとおりだが、原子力発電所の運転は、使用前検査に合格した日から原則として40年とし、原子力規制委員会の認可を得たときに限って、20年を越えない期間で運転延長できるとするものである。
-
太陽光発電業界は新たな曲がり角を迎えています。 そこで一つの節目として、2012年7月に固定価格買取制度が導入されて以降の4年半を簡単に振り返ってみたいと思います。
-
さて、繰り返しになるが、このような大型炭素税を導入する際、国民経済への悪影響を回避するため、税制中立措置を講じることになる。
-
はじめに 経済産業省は2030年までに洋上風力発電を5.7GW導入し、さらに事業形成段階で10GWに達することを目標に掲げ、再生可能エネルギーの主力電源化を目指していた。その先陣を切ったのが2021年の第1回洋上風力入札
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














