ロシアのウクライナ侵攻とドイツの失敗
24日、ロシアがついにウクライナに侵攻した。深刻化する欧州エネルギー危機が更に悪化することは確実であろう。とりわけ欧州経済の屋台骨であるドイツは極めて苦しい立場になると思われる。しかしドイツの苦境は自ら蒔いた種であるともいえる。

Sakramir/iStock
昨年12月22日のウオールストリートジャーナルに「ドイツのエネルギー降伏 ― 国が自分を脆弱にするため、かくも一生懸命働くことは稀であるー(Germany’s Energy Surrender – Rarely a country worked so hard to make it vulnerable)」という社説が掲載された注1)。その概要は以下のとおりである。
- 人は、ある国がエネルギー危機に遭遇すれば供給拡大のために手を尽くすと考えるだろう。しかしドイツは3基(ドイツの残存原発設備容量の半分)を年内に閉鎖しようとしている。
- 10年前は17基の原発がドイツの電力供給の4分の1を担っていたが、福島事故の結果、メルケル前首相は原子力フェーズアウトを決めた。6基残った原発のうち3基は月内に閉鎖され、残りの3基は2022年に閉鎖される。経済面、気候面、地政学面でこれほど自滅的なエネルギー政策はない。
- 原発閉鎖は予想されたことではあるが、原発を耐用年数まで残しておけばドイツの現在の苦痛を和らげることになっただろう。グローバルなエネルギー需要の増大により、電力先物価格は300ユーロ/MWhを超えている(2010-2020年平均は50ユーロ/MWh)
- 反原発運動は気候変動に取りつかれた人々の多くに支持されているが、炭素を排出しない原発を放棄することは予想された結果を生んだ。2021年前半、総発電量に占める原発のシェアが12%になる一方、石炭はドイツの発電量の4分の1を占める最大のエネルギー源となった風力と太陽光はそれぞれ22%、9%である。
- 原発依存度の高いフランスの一人当たりCO2排出量はドイツの半分である。フランスは原発の稼働停止とガス価格の上昇によるエネルギー価格の高騰に直面しているが、パリは原発を増やすことで対応しようとしている。
- これに対して太陽、風力を推進するベルリンは電力供給を維持するためロシアのガスへの依存を高めている。ロシアのウクライナ攻勢に対してドイツが弱腰なのはそれが理由だ。同盟国からの反対にもかかわらずドイツがノルドストリーム2を頑固に支持していることはおプーチン大統領に対する西側の対応を弱体化されている。
- そればかりかドイツはEUタクソノミーから原発を除外することを求めている。ドイツが自らのエネルギー安全保障を損なっていることは悪いことだが、欧州の他国に自滅的な政策を押し付けるべきではない。
この社説にドイツの問題点が全て要約されていると言ってよい。2021年12月に発足した社民党・緑の党・自由民主党連立政権下で新設された連邦経済・気候省の大臣に緑の党のロベルト・ハーベック氏が、外務省の気候変動特使に元グリーンピースのジェニファー・モーガン女史が任命されたことでドイツのエネルギー政策の自滅度合いはますます高まっている。
連立合意では2022年の原発フェーズアウトに加え、メルケル政権下で合意された2038年石炭フェーズアウトを2030年に前倒しすることも盛り込まれた。他方、再エネの総発電量に占めるシェアを2030年までに80%にすることを目指す。
その結果、電力需給安定のためにロシアの天然ガスへの依存がますます拡大する。ノルドストリーム2はドイツへのガス供給の7割を賄うはずであった。ウオールストリートジャーナルが指摘するとおり、ドイツの対ロシア依存の高まりがウクライナ問題への西欧の結束を弱める効果を持ったことは間違いない。ドイツは自らロシアに足元を見られる政策を推進してきたのである。
ロシアのウクライナ攻勢が強まり、米国等からの圧力もあり、さすがにドイツもノルドストリーム2の承認を停止せざるを得なくなった。そこへ今回のロシアのウクライナ侵攻である。今後の見通しは予断を許さないが、ロシアへの一層の経済制裁は確実であるが、それに対する報復としてロシアが欧州への石油、天然ガス供給に締め付けを図る可能性も高い。
ロシアは欧州向けの石油天然ガスを中国に回すことを考えるだろう。脱炭素政策の中でロシアからのガスを当てにしてたドイツにとっては影響が大きい。ハベック連邦経済・気候大臣は「ロシアからの天然ガス供給が途絶すればエネルギー価格は上昇するだろうが、それに対しては環境税の引き下げ等の支援措置を講ずる。
他のエネルギー源、供給ソースにより、エネルギー需要を満たすことは可能だ」と述べている。しかしウクライナ侵攻による混とん状態が長期化すれば、財政ひっ迫を招くことになるだろう。ドイツのロシア頼みの脱炭素政策の影響はドイツにとどまらない。米国からの要請により欧州へのLNG融通を行った日本も「被害者」の一つである。
たまたま本日(24日)エネルギー転換に関する日独有識者のオンライン会議があった。ドイツ側からは新政権の野心的な温暖化政策についてプレゼンがあったが、その中でウクライナ危機に関する言及はなかった。「ロシアのウクライナ侵攻により、欧州エネルギー危機は更に深刻度を増し、ドイツの天然ガス調達にも大きな影響を与えるとおもうがどう考えるか」との問いに対し、「今回の事態はエネルギーの対外依存の脆弱性、エネルギー安全保障の重要性を再認識させることとなった。
だからこそ国内の再エネ資源を開発しなければならない」という「予想された答」であった。同時に「短期的には石炭ルネサンスが生ずるかもしれない」とも言っていた。緑の党にとっては天然ガスの穴を石炭で埋める方が原発の閉鎖を延期するよりも望ましいらしい。前回投稿と同様、「つける薬がない」。
今回の一連のことから日本が学ぶべき教訓は「エネルギー政策の基本中の基本は低廉で安定的なエネルギー供給である」ということである。温暖化防止は重要な課題であるが、そのために低廉で安定的なエネルギー供給を犠牲にするのは明らかにバランスを欠いている。
ドイツの脱原発、再エネ促進策を「刮目に値する」と手放しで礼賛する日本の5人の元首相がいるが、日本がとるべきはドイツを反面教師とすることである。ドイツに倣って沈没することは先の大戦を最後にしてもらいたい。

関連記事
-
マサチューセッツ工科大学(MIT)の科学者たちによる新しい研究では、米国政府が原子力事故の際に人々が避難すること決める指標について、あまりにも保守的ではないかという考えを示している。
-
1997年に開催された国連気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書は、我が国の誇る古都の名前を冠していることもあり、強い思い入れを持っている方もいるだろう。先進国に拘束力ある排出削減義務を負わせた仕組みは、温暖化対策の第一歩としては非常に大きな意義があったと言える。しかし、採択から15年が経って世界経済の牽引役は先進国から新興国に代わり、国際政治の構造も様変わりした。今後世界全体での温室効果ガス排出削減はどのような枠組を志向していくべきなのか。京都議定書第1約束期間を振り返りつつ、今後の展望を考える。
-
GEPRの運営母体であるアゴラが運営するインターネット放送の「言論アリーナ」。6月25日の放送は「原発はいつ再稼動するのか--精神論抜きの現実的エネルギー論」をまとめました。
-
去る4月16日に日本経済団体連合会、いわゆる経団連から「日本を支える電力システムを再構築する」と題する提言が発表された。 本稿では同提言の内容を簡単に紹介しつつ、「再エネ業界としてこの提言をどう受け止めるべきか」というこ
-
気候・エネルギー問題はG7広島サミット共同声明の5分の1のスペースを占めており、サミットの重点課題の一つであったことが明らかである。ウクライナ戦争によってエネルギー安全保障が各国のトッププライオリティとなり、温暖化問題へ
-
2/27から3/1にかけて東京ビッグサイトにおいて太陽光発電の展示会であるPV expoが開催された。 ここ2年のPVexpoはFIT価格の下落や、太陽光発電市場の縮小を受けてやや停滞気味だったが、今年は一転「ポストFI
-
菅首相が昨年末にCO2を2050年までにゼロにすると宣言して以来、日本政府は「脱炭素祭り」を続けている。中心にあるのは「グリーン成長戦略」で、「経済と環境の好循環」によってグリーン成長を実現する、としている(図1)。 そ
-
東京電力福島第一原子力発電所の1号機から4号機においては東日本大震災により、①外部電源および非常用電源が全て失われたこと、②炉心の燃料の冷却および除熱ができなくなったことが大きな要因となり、燃料が損傷し、その結果として放射性物質が外部に放出され、周辺に甚大な影響を与える事態に至った。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間