東京都の新築戸建て住宅への太陽光パネル設置義務化で配慮すべきこと

2022年05月26日 07:00
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国際環境経済研究所主席研究員

東京都は5月24日、都環境審議会で、2030年のカーボンハーフ実現に向けた政策の中間とりまとめをまとめた。

そこには新築住宅など中小規模の建築物に太陽光パネルを設置することを条例で義務化することが盛り込まれており、具体的には戸建て住宅を含む床面積2000㎡未満の中小建物を都内で年間2万㎡以上供給する大手住宅メーカー・ビルダー(約50社が該当)に対して、日照条件や建築主から設置拒否される場合などを配慮して、販売戸数の85%以上に太陽光パネルを設置することを義務付けるということである。

Lari Bat/iStock

異論の数々

こうした動きについては5月半ばから報道されたため、様々な異論が噴出している。アゴラでも「小池都知事が新築住宅に太陽光パネル義務化で都民はますます住宅難に」で、建設費の高騰や廃棄物問題への懸念などが指摘されている。

またキヤノングローバル研究所の杉山大志氏は、そうした義務化により住宅購入者が負担する設置コストについて、都は国のFIT制度で10年間にわたり高額で余剰電力を売れる保証があるため、10年間でもとがとれるとするものの、結局は電気代に賦課されるFIT賦課金を通じて国民負担となる(150万円の設置コストのうち100万円は電気代上昇を通じて一般国民が負担することになる)ことを指摘している注1)

さらに太陽光パネルは世界の生産シェアの約8割を中国が占めているが、そこで使われている多結晶シリコンの過半が新疆ウイグル自治区で生産されており、石炭火力による安価でCO2排出の大きな電力によって生産されている上に、強制労働による安価な労働力による人権上の問題も指摘されていいて、米国などでは人道配慮から輸入が規制されている。

国際金融都市としての地位を築きたい東京都であれば、都内の住宅の屋根に人権侵害が懸念されるパネルが大量設置される事態を避けるためにも、設置に際して人権侵害が懸念されるパネルの設置を禁止するなどのESG配慮も義務付けるべきだろう。

設置義務化で想定される大きな懸念とは

ここで今一つ、大きな問題として指摘しておきたいのは、行政による設置の義務化が現場で様々なトラブルを引き起こす懸念である。東京都の案では、日照や立地制約を考慮して、ハウスメーカーの設置義務を85%としており、日陰など日照の悪い(発電できない)立地に建設される15%の住宅は免除されることになっているが、現実の都内の住宅建築の様子を見たとき、太陽光に適した理想的な立地は限られると見られ、グレーな立地が多くあり、これが現実的でないことは容易に想像される。

東京都は、パネル設置の義務化に伴う住宅コストアップ分を負担する住宅購入者について、発電された電気の自家消費とFIT制度の下で売電する収入によって10年で回収できるという試算をしめしている注2)

しかし住宅が密集する都内、特に市街地に立つ戸建て住宅をよく見ると、外壁面が南側に切り立ち、屋根が北側に傾斜した流れ屋根の建物が多いことに気が付く。市街地では北側の住人の日照権を確保しつつ、限られた敷地に建てる住宅の容積を最大現確保するため、そうした形状にならざるをえないのである。

こうした北側に一方的に傾斜した片流れ屋根は、太陽光パネルの設置には全く適さないことは明らかであり、仮に設置しても発電量が南向き設置の場合のおよそ65%程度しか期待できないとされている。都は限られた都内の土地の容積率を余らせるような設計(南側傾斜屋根)を求めて、設置を義務付けるのだろうか?

また南側に高層の建物や高い樹木があり、部分的にでも日照がさえぎられるような立地に建てられた住宅の屋根に太陽光パネルを設置した場合も、パネルの発電稼働率は下がり、発電量が落ち込むことになる(設置したパネル全体のごく一部に小さな日陰部分ができるだけでも、その部分のパネルの通電が阻害され熱ロスとなり、発電された電力が無駄に使われて、日陰の面積比以上に発電量が落ち込むことになる)。

太陽光パネルは構造上、パネル全面に垂直に近い角度で日照を受けた場合に、既定容量の発電ができるのだが、光の入射角度が低かったりパネルの一部でも受光が遮られると、発電量が大きく落ち込むのである。極端な話、家の南側に電柱が立っていて部分的に日照が遮られる場合でも、発電量はパネル容量から期待される量に届かない。

つまり、一応日射が確保される準適地に、額面上10年で元がとれるはずの容量のパネルを設置しても、屋根の角度制約や部分的な障害物の存在によって、実際に所期の発電量が確保されない場合が出てくる。

そうなると10年での投資回収はできなくなるのだが、現在の住宅設置型太陽光のFIT余剰電力買取り制度は、買い取り保証期間が10年なので、11年目以降の余剰電力買取価格は現状の17円/kWh(住宅用10kW未満) から大幅に低下して、現状の市場取引では買取価格が10円/kWh以下と4割以上下がってしまうことになる。

つまり買い取り保証期間10年を過ぎると投資回収率は大幅に悪化するのだが、北側設置、部分的な日照障害物の存在など、理想的な条件からはずれた設置条件による発電量低下が数十%もあるとすると、都の示す10年で回収というのははじめから期待できず、しかも回収期間の遅延も1年や2年ではなく大幅に遅れることが予見されるのである。

そうした中で、販売戸数の85%に設置が義務付けられる住宅メーカーが、設置実績を稼ぐために理想的な日照条件から外れた立地の住宅にも設置し、その費用を建築主が負担することになると、その投資採算性についてどう施主に説明するかによっては将来のトラブルを招くことになる。

さらに義務的に費用負担をさせられてパネルを設置した住宅の南側に高層マンションなどの建築計画が持ち上がった場合、それによって発生する売電収入減の損害賠償係争に、都も巻き込まれる懸念もある。

都が条例として義務的に進める制度であれば、少なくとも周辺環境の変化について一定の予見性を都が行政として担保し、また設置条件によるきめ細かな投資回収のシミュレーションを施主に示すことを事業者に義務付け、投資回収期間について実情を無視した甘い見積もりを示すことを規制すると共に、前述のように人権侵害が懸念されるパネルの使用禁止や、パネルの生産地における人権侵害の懸念の有無について建築主に明示することを義務化するなど、建築主保護のためのきめ細かな施策を組み合わせる必要があろう。

注1)太陽光義務付けで負担が増えるのは一般国民(2022年4月20日Will Online)

注2)東京都の示す試算では2021年度の住宅用FIT買取価格19円/kWhを使って計算しているが、22年度の買取価格は17円/kWhに引き下げられている一方、現状ではパネル設置コストは中国産パネル輸入価格の上昇により大きく高騰しており、経済性は資産時点より悪化している。

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国際環境経済研究所主席研究員

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