世界で進む石炭の復活
世界的なエネルギー危機を受けて、これまでCO2排出が多いとして攻撃されてきた石炭の復活が起きている。
ここ数日だけでも、続々とニュースが入ってくる。
インドは、2030年末までに石炭火力発電設備を約4分の1拡大する計画だ。設備容量にすると56ギガワット(1ギガワット=100万キロワット)になる。これは現在の日本(48ギガワット)を上回る規模になる。ラージ・クマール・シン電力相がニューデリーでのインタビューで語った。「経済成長とは妥協しない」とシンは言った。
中国の国有送電会社である国家電網の研究者らは、2025年以降に中国は石炭消費量をピークアウトさせると宣言しているが、それまでに150ギガワット相当の石炭火力発電所建設が承認される可能性があるとみている。この設備容量は現在の日本の3倍に相当する。中国は今後50年分の石炭を埋蔵している。中国の石炭消費量は日本の約10倍だから、これは日本の500年分の消費量に相当する。
イギリスは、稼働を停止する予定だったいくつかの石炭火力発電の稼働を延長している。
韓国電力は、石炭火力発電量の削減についての自主的取り組みの緩和を、政府に要請している。
ロシアからのエネルギー輸入の代替として、欧州などのバイヤーはアフリカの石炭を高値で買い付けている。タンザニア、ボツワナ、マダガスカル、南アフリカなどからだ。
欧州では、エネルギー危機を受けて、エネルギー多消費産業は米国へ生産拠点を移している。
これは米国における化石燃料消費の増大を意味する。アムステルダムに本社を置く化学会社OCI NVは、9月、テキサス州のアンモニア工場の拡張を発表した。欧州のアンモニア生産量を削減したOCIは、代わりにオランダのロッテルダム港にある施設への輸入を増やした。ドイツの自動車メーカーVolkswagen AGは今年初め、米国での事業拡大を発表した。
ウォールストリート・ジャーナル紙は、テスラ社がドイツでのバッテリー製造計画を一時停止し、米国での生産の可能性を検討していると報じた。欧州の鉄鋼会社アルセロールミッタルSAは、今月ドイツの2工場で減産すると発表したが、テキサスの工場への今年度の投資により、予想を上回る業績を上げたと報告した。
欧州最大の天然ガス消費者であるドイツの化学大手BASFはベルギーとドイツの工場で減産を行った。経営者たちは、これが構造的な変化か一時的なものかはまだ分からないが、長い間エネルギー危機が続けば恒久的な産業移転になるだろう、と述べている。
何が起きているのか。
欧州の脱炭素(ネット・ゼロ)政策の失敗で、ロシア依存が高まったところで、ウクライナでの戦争が勃発して、欧州発のエネルギー危機が起き、世界中に伝播した。
欧州が買い付けに走ったために、世界市場での石炭価格も暴騰した。国産できる中国、インドなどは増産した。エネルギー多消費の企業は、欧州を脱出して安価なエネルギーのある米国などに「足で投票」する構えである。
欧州諸国の政府は「石炭の使用は一時的なものであり、ネット・ゼロの方針に変わりはない」と言ってはいるが、さあ、どうだろうか。ウクライナでの戦争が長引きエネルギー危機が継続すれば、そんなことは言っていられないのではないか。
すくなくとも、インド、中国をはじめ、世界中の新興国・途上国は、欧州のそんな話を信じることなく、エネルギー安定供給のために石炭をはじめとした化石燃料の増産に励むだろう。なにしろ、いざというときに、欧州は助けてくれるどころか、世界中の化石燃料を買い漁って問題を造り出す側に回ることが証明されたからだ。
■
『キヤノングローバル戦略研究所_杉山 大志』のチャンネル登録をお願いします。
関連記事
-
電気が足りません。 電力緊急事態 理由その1 寒波による電力需要増大 理由は二つ。 まず寒波で電力需要が伸びていること。この寒さですし、日本海側は雪が積もり、太陽光の多くが何日間も(何週間も)“戦力外”です。 こうしたk
-
名古屋大学環境学研究科・教授 中塚 武 現在放送中のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも詳しく描かれた「石橋山から壇ノ浦までの5年間に及ぶ源平合戦の顛末」は、幕末と戦国に偏りがちなNHKの大河ドラマの中でも何度も取り上
-
東洋経済オンラインに掲載された細野豪志氏の「電力危機に陥る日本「原発再稼働」の議論が必要だ」という記事は正論だが、肝心のところで間違っている。彼はこう書く。 原発の再稼働の是非を判断する権限は原子力規制委員会にある。原子
-
スウェーデンの高校生グレタ・トウーンベリが気候変動に対する行動を求め国会で座り込みを行っている。これが欧州各国の注目を浴び、各地で若者たちが行動を起こしているという。ロンドンでは先週末、絶滅への反逆(Extinction
-
北海道はこれから冬を迎えるが、地震で壊れた苫東厚真発電所の全面復旧は10月末になる見通しだ。この冬は老朽火力も総動員しなければならないが、大きな火力が落ちると、また大停電するおそれがある。根本的な問題は泊原発(207万k
-
(前回:再生可能エネルギーの出力制御はなぜ必要か②) 送電線を増強すれば再生可能エネルギーを拡大できるのか 「同時同量」という言葉は一般にも定着していると思うが、これはコンマ何秒から年単位までのあらゆる時間軸で発電量と需
-
小泉環境相が悩んでいる。COP25で「日本が石炭火力を増やすのはおかしい」と批判され、政府内でも「石炭を減らせないか」と根回ししたが、相手にされなかったようだ。 彼の目標は正しい。石炭は大気汚染でもCO2排出でも最悪の燃
-
スティーブン・クーニン著の「Unsettled」がアマゾンの総合ランキングで23位とベストセラーになっている。 Unsettledとは、(温暖化の科学は)決着していない、という意味だ。 本の見解は 気候は自然変動が大きい
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間