リアルなCO2シナリオでは対策しても気温減は0.1℃

2022年11月10日 07:00
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

hanibaram/iStock

「2050年のカーボンニュートラル実現には程遠い」

現実感のあるシナリオが発表された。日本エネルギー経済研究所による「IEEJ アウトルック 2023」だ。(プレスリリース本文

何しろここ数年、2050年のカーボンニュートラルは「為せば成る」「コストはかからない」といった出鱈目シナリオが内外で横溢していた。

思うに、温暖化のシナリオ研究者の学界というのは最も節操のない集団だ。5年前だったら2050年のカーボンニュートラルなどと言えば「実施不可能」と相場が決まっており、バカにされ論文にもならず、学界の非常識だった。

ところが政治や行政の一部がそれを求め出した途端に、「できます!できます!」というシナリオばかりが発表され、次々に論文になってきた。もともとシナリオ分析というのは実施可能性を調べるものの筈なのに、お追従を言う御用学者の道具に堕落した訳だ。

さてそんな流れに抗して、今回のアウトルックで発表されたシナリオは以下の2つだ。

  • 過去の趨勢的な変化が継続する「レファレンスシナリオ」
  • エネルギー・環境技術の導入が強化される「技術進展シナリオ」

CO2排出量は図のようになっている。レファレンスシナリオではCO2排出は減少しないし、技術進展シナリオでも 「2050 年の世界カーボンニュートラル実現には程遠い」とはっきり書いてある。

図 IEEJアウトルックより許可を得て転載

なおこの技術進展シナリオも決して容易ではない。水素利用やCCSが大幅に進むと想定しているから、実現はかなり難しいと思われる。

なお同アウトルックでは先進国では技術進展シナリオの経済影響は小さくて済むとしているが、これはコスト想定が楽観的過ぎるだろう。このあたりは今後の改善を期待したい。

気温の減少は僅か0.1℃

さてこのアウトルックではCO2濃度や気温上昇については計算していないので、以下に計算してみよう。

IPCCのモデルを信じるならば、1兆トンのCO2の排出に対して気温上昇は約0.5℃である。そこでIPCCの2013年報告の推計値である0.44℃を使って図のデータから計算すると、

2020年から2050年までの気温上昇:

  • レファレンスケース:0.47℃
  • 技術進展ケース:0.35℃
  • 差分: 0.12℃

大した計算ではなく、目の子でも出来る。ざっくり言えば、レファレンスケースでは、2020年のCO2排出量が30ギガトンで、それが2050年までの30年間の累積で1兆トンになる。1兆トンあたり0.5℃の気温上昇が起きると仮定しているので、そのまま0.5℃の気温上昇となる。

技術進展ケースでは、2050年にレファレンスケースの半分までCO2が減るから、累積のCO2排出は4分の1だけ減少する。すると気温上昇も0.5℃の4分の1だけ減って0.12℃程度になる。.

図のように、これだけ大胆にCO2を減らしても、僅か0.12℃しか差は無い訳だ。これなら、環境影響もほとんど違いは無いだろう。技術進展シナリオを実現するためのCCSや水素利用のための途方もない規模を考えると、空しく感じる向きも多いのではないか。

技術進展ケースが実現すれば温暖化問題は解決

もう1点付け加えたいのは、CO2濃度についてだ。じつはこの技術進展ケースが実現すれば、地球温暖化問題はほぼ解決する。

その理由だが、現時点において、人為的に排出されるCO2の半分以上(より正確に言えば56%)は、陸上の植物や海洋によって吸収されている。ということは、人為的な排出を半減させれば、大気中のCO2濃度増加はほぼ止まる、ということだ。

大気中のCO2濃度増加が止まれば、気温上昇も基本的には止まる。ごくゆっくりとは上昇を続けるが、それは僅かなものだ。

だからこそ、もともと1992年に合意された気候変動枠組み条約には目標として「大気中の温室効果ガス濃度の安定化」が謳われていたのだ。

それがいつの間にかゴールポストが動かされていまや2050年カーボンニュートラルになってしまっているが、こんな極端な目標を正当化する科学的根拠などどこにも無い。

シナリオは、その前提や結論を巡って議論し、よりよい意思決定をするためにある。今回の日本エネルギー経済研究所のアウトルックは、そういった議論をする甲斐のある、リアリティのあるシナリオになっている。

キヤノングローバル戦略研究所_杉山 大志』のチャンネル登録をお願いします。

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • IPCCの報告が昨年8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 以前、ハリケーン等(ハリケーン、台風、サイクロンの合計)
  • 「海面が上昇する」と聞くと、地球温暖化を思い浮かべるかもしれない。しかし、地下水の過剰な汲み上げなどにより地盤が下がる「地盤沈下」によっても、海面上昇と類似の現象が生じることは、あまり知られていない。 2014年に公開さ
  • エネルギー危機が世界を襲い、諸国の庶民が生活の危機に瀕している。無謀な脱炭素政策に邁進し、エネルギー安定供給をないがしろにした報いだ。 この年初に、英国の国会議員20名が連名で、大衆紙「サンデー・テレグラフ」に提出した意
  • 「福島の原発事故で放射能以上に恐ろしかったのは避難そのもので、精神的ストレスが健康被害をもたらしている」。カナダ経済紙のフィナンシャルポスト(FP)が、このような主張のコラムを9月22日に掲載した。この記事では、放射能の影響による死者は考えられないが、今後深刻なストレスで数千人の避難住民が健康被害で死亡することへの懸念を示している。
  • はじめに 「地球温暖化は人間の出すCO2によって引き起こされている。このことについて科学者の97%が同意している」──このフレーズは、20年近くにわたり、メディア、環境団体、国際機関を通じて広く流布されてきた。 この数字
  • 先進国ペースで交渉が進んできたことへの新興国の強い反発――。最大の焦点だった石炭火力の利用を巡り、「段階的廃止」から「段階的削減」に書き換えられたCOP26の合意文書。交渉の舞台裏を追いました。https://t.co/
  • 日本の温室効果ガス排出量が増加している。環境省が4月14日に発表した確報値では、2013 年度の我が国の温室効果ガスの総排出量は、14 億 800 万トン(CO2換算)となり、前年度比+1.2%、2005年度比+0.8%、1990年度比では+10.8%となる。1990年度以降で最多だった2007年度(14億1200万トン)に次ぐ、過去2番目の排出量とあって報道機関の多くがこのニュースを報じた。しかし問題の本質に正面から向き合う記事は殆ど見られない。
  • 「40年問題」という深刻な論点が存在する。原子力発電所の運転期間を原則として40年に制限するという新たな炉規制法の規定のことだ。その条文は以下のとおりだが、原子力発電所の運転は、使用前検査に合格した日から原則として40年とし、原子力規制委員会の認可を得たときに限って、20年を越えない期間で運転延長できるとするものである。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑