気候変動は「脱炭素化」から「開発援助」の問題になった
エジプトで開かれていたCOP27が終わった。今回は昨年のCOP26の合意事項を具体化する「行動」がテーマで新しい話題はなく、マスコミの扱いも小さかったが、意外な展開をみせた。発展途上国に対して損失と被害(loss and damage)を補償する基金の設立が決まったのだ。
「緩和」から「適応」へ
これは今まで温室効果ガスを排出して地球温暖化の原因をつくった先進国が、その被害者である熱帯の途上国の損害を賠償する形になっているが、目的は洪水や干魃などの災害を防ぐインフラ整備による適応(adaptation)のコストを先進国が負担する、開発援助の一種である。
1997年の京都議定書以来、気候変動対策は、温室効果ガスの排出を削減する緩和(mitigation)が中心だったが、これには膨大なコストがかかる割に効果が少ない。それよりいま被害の出ている熱帯の途上国の被害を救済すべきだという要求は、2015年のパリ協定のころから途上国が出していた。
COP26でも中国やインドが、洪水や干魃にそなえるインフラ整備のための「1兆ドル規模の基金」の設立を呼びかけたが、先進国は無視した。その代わり化石燃料の廃止が焦点になったが、途上国がこれに抵抗し、結論はCOP27に持ち越された。
最終合意から「化石燃料の段階的廃止」が消えた
COP27では、EUは1.5℃目標の実現と基金設立を抱き合わせにする合意案を出し、途上国が「化石燃料の段階的な廃止」に協力しないと金を出さないという条件をつけたが、議長国のエジプトが反対した。
中国やサウジアラビアが「途上国にも豊かになる権利がある」と主張したのに対して、EU代表は「1.5℃目標が合意に入らないならEUは退席する」と脅す異例の展開になり、会期は2日延長された。
最終合意には「特に脆弱な国が被る気候関連の損害を補償するための新たな基金創設」が明記されたが、1.5℃目標についての文言は削除され、化石燃料の段階的廃止も消えた。EUにとっては涙と失望で幕を閉じたとFTは報じている。
これは自業自得である。先進国が気候変動の脅威を強調するために熱帯の洪水の被害の原因は温暖化だと主張したため、被害者の途上国がその損害を賠償しろと要求したのに対して反論できなくなったのだ。
開発援助を気候変動だけに使うわけには行かない
この基金の金額は未定で、その具体策は来年のCOP28に持ち越されるが、途上国の洪水や干魃を防ぐためには、毎年1兆ドルの基金が必要だというのが、経済学者の見立てである。
それに対してBBCによると、先進国がおこなっている気候変動に関する開発援助は、世界全体で833億ドル(2020年)。これを1000億ドルまで増やすのが国連の目標だが、それでも1桁足りないのだ。
それでもIEAが脱炭素化による温暖化のコストとして想定する毎年4兆ドルよりはるかに安い。昨年までのCOPでは、温室効果ガスを削減する緩和ばかり議論されてきたが、そのコストが現実に出てくると先進国も圧倒され、流れが変わった。
世界の開発援助の総額は1800億ドル。その5倍以上を気候変動だけに使うわけには行かない。途上国の抱える問題は、食糧、水、感染症など多岐にわたり、気候変動の優先順位は高くない。
エネルギーの確保が最優先だ
今年はウクライナ戦争で化石燃料の不足が経済に及ぼす絶大なインパクトが明らかになった。先進国にとっても生活を維持するエネルギーの確保が最優先の課題になり、化石燃料の段階的廃止などという目標は出せなくなった。
COP27は、意外に大きな転換点になるかもしれない。来年のCOP28はUAEのドバイで開かれるので、今年、産油国が1.5℃目標を葬った実績からみると、来年はもっと適応(開発援助)に重点を置く会議になるだろう。
しかし開発援助は地味な問題であり、「人類の未来」や「消費文明のあり方」などの文明論とも無関係だ。「グリーン成長」などというスローガンも無意味である。化石燃料は途上国が豊かになるためには必要であり、豊かになれば環境に配慮した生活ができるようになる。それが産業革命以後の歴史で、人類が証明したことだ。
関連記事
-
ようやく舵が切られたトリチウム処理水問題 福島第一原子力発電所(1F)のトリチウム処理水の海洋放出に政府がようやく踏み出す。 その背景には国際原子力機関(IAEA)の後押しがある。しかし、ここにきて隣国から物申す声が喧し
-
著者は、エネルギー問題の世界的権威である。20年以上前に書かれた『石油の世紀』は、いまだにエネルギー産業の教科書だが、本書はそれを全面的に書き直し、福島事故後の変化も取り入れた最新の入門書である。
-
米国のマイケル・シェレンバーガーが、「国連こそは気候に関する “偽情報発信の脅威がある行為者”である――国連や米国政府が偽情報の検閲に熱心なら、なぜ彼ら自身が偽情報を拡散しているのだろうか?」と題
-
原田前環境相が議論のきっかけをつくった福島第一原発の「処理水」の問題は、小泉環境相が就任早々に福島県漁連に謝罪して混乱してきた。ここで問題を整理しておこう。放射性物質の処理の原則は、次の二つだ: ・環境に放出しないように
-
今度の改造で最大のサプライズは河野太郎外相だろう。世の中では「河野談話」が騒がれているが、あれは外交的には終わった話。きのうの記者会見では、河野氏は「日韓合意に尽きる」と明言している。それより問題は、日米原子力協定だ。彼
-
福島第一原発事故によって、放射性物質が東日本に拡散しました。これに多くの人が懸念を抱いています。放射性物質には発がんリスクがあり、警戒が必要です。
-
7月25日付けのGPERに池田信夫所長の「地球温暖化を止めることができるのか」という論考が掲載されたが、筆者も多くの点で同感である。 今年の夏は実に暑い。「この猛暑は地球温暖化が原因だ。温暖化対策は待ったなしだ」という論
-
福島第1原発事故以来、日本では原発による発電量が急減しました。政府と電力会社は液化天然ガスによる発電を増やしており、その傾向は今後も続くでしょう。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間