グレタ・トゥーンベリ拘束で考えたこと
本年1月17日、ドイツ西部での炭鉱拡張工事に対する環境活動家の抗議行動にスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリが参加し、警察に一時身柄を拘束されたということがニュースになった。
ロシアからの天然ガスに大きく依存してきたドイツはロシアのウクライナへ侵攻を受けてロシアへの依存から脱却するため、石炭火力発電を一時的に拡大しており、昨年10月、炭鉱と発電所を保有するドイツの電力会社RWEは、連邦政府のハーベック経済・気候保護大臣と炭鉱の拡張に合意した。
ハーベック大臣は緑の党出身であり、緑の党は原発と石炭火力を敵視してきただけに、環境活動家にとってみれば、なおさら「裏切られた」との感が強かったのだろう。3人の警察官に拘束され、連れ出されるグレタの映像は世界中に配信された(なお、グレタはその日のうちに釈放されたという)
グレタ・トゥーンベリといえば、地球温暖化問題のイコン的存在であり、2019年にはタイム誌の「今年の人」に選ばれている。彼女が一躍有名になったのは何といっても2019年の国連での怒りの演説であった。
アントニオ・グテーレス国連事務総長の招きで国連総会に出席したグレタ・トゥーンベリは、「あなた方は、私たち若者に希望を見いだそうと集まっています。よく、そんなことが言えますね。人々は苦しんでいます。人々は死んでいます。生態系は崩壊しつつあります。私たちは、大量絶滅の始まりにいるのです。なのに、あなた方が話すことは、お金のことや、永遠に続く経済成長というおとぎ話ばかり。よく、そんなことが言えますね(How dare you!)」と述べた。
小柄な身体を赤い服につつみ、怒りに顔を歪め、何度となく「How dare you!」という彼女のスピーチは非常にインパクトがあり、タイム誌の「今年の人」に選ばれたのも当然かもしれない。
しかし筆者は彼女の考え方に強い違和感を感ずる。国連総会に出席していたのは彼女の出身国スウェーデンに代表されるような豊かな国のリーダーばかりではない。圧倒的多数は貧しい国々であり、彼らにとって貧困撲滅、飢餓の撲滅、教育の充実、雇用機会の確保、ヘルスケアの改善等が喫緊の課題である。
2015年以降、国連が全世界で実施しているMy World 2030 というアンケート調査がある。「あなたにとって大事なSDG目標を5つあげてほしい」という質問に対する国ごとの回答傾向を見ると先進国と途上国では明らかな違いがある。グレタの出身国スウェーデンでは17のSDGのうち、気候行動の優先順位が圧倒的に1位になっているが、世界最大の排出国である中国では15位であり、インドネシアでは9位でしかない。

出所:United Nations My World 2030 より筆者作成
各国の回答傾向を見ると、一人当たりGDPが高ければ高いほどSDG13(気候行動)に対して高い優先順位が付され、一人当たりGDPが低いほど優先順位が低い。当たり前の話であるが、貧しい国にとっては温暖化防止以外にもっと大事なことがあるのだ。
世界で最も豊かな国に生まれ育ったグレタが「経済成長というおとぎ話」と言い放つ姿には、それこそ「よくそんなことが言えますね」と言いたくなった。プーチン大統領はグレタ演説を評して「世界の複雑さや多様性がわかっていない」と言った。今や「世紀の悪役」になっているプーチン大統領であるが、この点については彼の見方に賛同する。
エネルギー政策の目的は3つのE、すなわちエネルギー安全保障(Energy Security)、環境保全(Environmental Protection)、経済効率性(Economic Efficiency)と言われるが、その優先順位は状況に応じて変化する。今回のグレタ拘束が象徴していることは、エネルギーの安価かつ安定的な供給が危うくなれば、温暖化防止よりもエネルギー安定供給が優先されるという当たり前の事実である。
エネルギー危機、ウクライナ戦争によって電力料金上昇に直面したドイツでは「電力料金の引き下げに役立つならば」と原発フェーズアウトの延期や石炭の継続利用に対する支持が高まっている。
2022年3月にドイツのエネルギー消費者ポータル会社Vervoxが行った調査によれば、54%の回答者がエネルギー輸入依存低下のためには原発が必要であり、42%の回答者が石炭フェーズアウトの延期を支持した(石炭フェーズアウトへの支持は2021年6月時点ではわずか12%だった)。
だからこそ本来、反原発、反石炭火力の緑の党も連立政権の一翼を担う以上、「再エネと省エネだけでエネルギー危機を乗り切れる」という活動家的な議論を封印せねばならなかった。
経産省が2022年6月に発表した「クリーンエネルギー戦略中間整理」の中で「本年2月に発生したロシアによるウクライナ侵略や電力需給逼迫の事態を受け、改めてエネルギーの安 定供給確保があらゆる経済・社会活動の土台であり、エネルギー安全保障なしには脱炭素の取組もなしえないことを再確認する必要がある」と書かれている。これをわかりやすく表現すれば「衣食足りて礼節を知る」ということである。
エネルギー情勢がどのように変化しようとも温暖化防止と化石燃料排斥だけを声高に叫ぶグレタをはじめとする環境活動家にはそうした当たり前のことが見えていない。

関連記事
-
ゲル首相の誕生 石破が最初に入閣、防衛庁長官に任じられたとき、ゲル長官という渾名がついた。2002年小泉内閣の時のことである。 「いしばしげる」をワープロソフトで変換したら〝石橋ゲル〟と変換されたからだといわれている。ま
-
昨年の震災を機に、発電コストに関する議論が喧(かまびす)しい。昨年12月、内閣府エネルギー・環境会議のコスト等検証委員会が、原子力発電の発電原価を見直したことは既に紹介済み(記事)であるが、ここで重要なのは、全ての電源について「発電に伴い発生するコスト」を公平に評価して、同一テーブル上で比較することである。
-
最大の争点 EUタクソノミーの最大の争点は、原子力発電を善とするか悪とするかの判定にある。 善すなわちグリーンと認定されれば、ESG投資を呼び込むことが可能になる。悪となれば民間投資は原子力には向かわない。その最終判定に
-
11月7日~18日にかけてエジプトのシャルム・アル・シェイクでCOP27が開催され、筆者も後半1週間に参加する予定である。COP参加は交渉官時代を含め、17回目となる。 世界中から環境原理主義者が巡礼に来ているような、あ
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 一見、唐突に倒れたように見える菅政権であるが、コロナ対策を筆頭に「Go To」その他やる事なす事ピント外れなことを続け、国民の8割が中止・延期を求めていた東京五輪を強行し、結果
-
きのうの日本記者クラブの討論会は、意外に話が噛み合っていた。議論の焦点は本命とされる河野太郎氏の政策だった。 第一は彼の提案した最低保障年金が民主党政権の時代に葬られたものだという点だが、これについての岸田氏の突っ込みは
-
はじめに 世界の脱炭素化の動きに呼応して、今、世界中の自動車メーカーが電気自動車(EV)に注力している。EV化の目的は走行中のCO2排出を削減することにあり、ガソリンエンジンなどの内燃機関を蓄電池駆動のモーターに切替えて
-
COP27が終わった。筆者も後半1週間、エジプトのシャルム・エル・シェイクで開催された国連「気候変動枠組条約」締約国会合であるCOPの場に参加してきたが、いろいろな意味でCOPの役割が変貌していることを痛感するとともに、
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間