米国ワイオミング州の『Make CO2 Great Again』法案

Art Wager/iStock
米国ワイオミング州のチェリ・スタインメッツ上院議員が、『Make CO2 Great Again(CO2を再び偉大にする)』法案を提出したと報じられた。
ワイオミング州では
ワイオミング州は長い間、経済の基盤として石炭に依存してきたが、市場の変化や環境政策により、石炭業界はますます大きな課題に直面している。
2020年、州議会は、石炭火力発電所に対して排出量を削減し、運転を継続するためには炭素回収技術を採用することを義務付ける法案を可決した。賛同者は、この措置を石炭産業の生命線と見なし、反対者はコストに焦点を当てて批判している。近年、太陽エネルギーの台頭などの市場原理が石炭の存続をさらに脅かしている。
ワイオミング州と日本企業が進める炭素回収技術
数年前から、米国のワイオミング州と日本企業との間で、二酸化炭素の回収・利用・貯留(CCUS)技術の開発と実装が積極的に進められている。
主なプロジェクトと取り組みは以下のとおりである。
① 石油資源開発(JAPEX)の参入
2023年10月、石油資源開発株式会社(JAPEX)は、ワイオミング州南西部のドライパイニー地区でCCS事業を検討しているBlue Spruce Operating LLC(BSO社)への資本参加を発表した。このプロジェクトでは、ガス生産時に分離されたCO2をCCS技術で貯留する。

JAPEXが検討するCCS事業の候補地(米ワイオミング州)
出典:日本経済新聞
② 石炭火力発電所へのCCUS導入義務化
2024年3月、ワイオミング州議会は、石炭火力発電所にCCUS導入を義務付ける法律の改正案を可決し、州知事が署名した。この改正により、導入期限が2030年から2033年に延長され、CO2回収率の要件が最低90%から75%に緩和された。
③ Tallgrass Energy社のプロジェクト
2024年6月、ワイオミング州環境局は、Tallgrass Energy社が申請したJuniper I-1井戸に対し、クラスVI圧入井許可案を発行した。このプロジェクトは、年間1,000万トン以上のCO2を貯留する計画である。
④ ワイオミング大学と日本企業の協力
2024年10月、ワイオミング大学とJX石油開発株式会社、一般財団法人カーボンフロンティア機構がCO2の鉱物化に関する覚書を締結した。この協力により、CO2を地下で鉱物として固定する技術の研究開発が加速すると見られている。
これらの取り組みを通じて、ワイオミング州はCCUS技術の先進地域として、環境保護と経済発展の両立を目指している。
『Make Carbon Dioxide Great Again』法案
こうした動きがある中、米国ワイオミング州のチェリ・スタインメッツ上院議員が、『Make CO2 Great Again(CO2を再び偉大にする)』法案を提出した。この法案は科学を否定するのではなく、科学を活用することを目的としており、「気候変動に関する科学的仮説」を徹底的に再評価し、実用性、現実性、実現可能性、つまり常識に基づいた政策を提唱するものだという。
この法案の基本的な立ち位置をまとめると:
- 二酸化炭素(CO2)は地球上の生命にとって欠かせない存在であり、CO2がなければ植物は成長できず、植物がなければ生命は存続できない。科学者や農家も、高いCO2濃度が農業生産性を向上させることを認識している。
- 植物はより多くのCO2がある環境で成長が促進される。植物はより速く成長し、水を効率的に利用し、干ばつにも強くなる。NASAの研究によれば、CO2濃度の上昇が地球全体で「緑化」効果をもたらし、植生が拡大し、生態系の繁栄を助けていることが示されている。CO2は植物の「栄養源」である。
- 生命維持に欠かせない役割を果たしているにもかかわらず、CO2は汚染物質として悪者扱いされてきた。私たちが排出しているCO2は、自然の炭素循環の中でごくわずかな割合を占めているにすぎない。
- 現在のCO2濃度は、地球の長い歴史の中で最も低い水準のひとつである。過去、CO2濃度が現在よりもはるかに高い時代があり、そのとき生態系は繁栄していた。
- この重要な気体を悪者扱いするのではなく、生態系や産業におけるその役割を認識し、私たちの生活にもたらす恩恵を守るべきだ。
- ワイオミング州は、CO2が現実の世界で果たす重要な役割を理解しており、CO2を直接利用することの利点も認識している。同州の産業ではすでにCO2を利用して石油回収を促進し、エネルギー生産をより効率的にしている。
この法案が要求するもの
この法案はCO2に対する考え方を転換するものであり、このCO2という重要な気体を汚染物質や有害物質として扱うことをやめることを求めている。また、脱炭素化やカーボンネガティブ、ネットゼロの義務化といったCO2排出削減を目指す政策を、冷静かつ明確に見直すことを求めている。
脱炭素、炭素中立などの政策は理想的に見えるが、多くの場合、莫大な投資、信頼性の高いエネルギーシステムの混乱、そして家庭や企業に対する過剰な負担を強いることになる。また、疑わしい利権を伴うものであり、人々や産業に対して明らかに悪影響を及ぼす。
こうした疑わしい取り組みのために、同州の経済やエネルギー安全保障を危険にさらす必要性はなく、そうした怪しい取り組みを拒否することを求めている。
要するに、この法案は現状に挑戦することを最大の目的としており、今こそ、CO2や気候変動についての議論のあり方を再考すべきだとしている。
この法案は、明確な現実主義と真実に基づき取組むことを求めている。ワイオミング州は、バランスの取れた科学的根拠に基づく対話を主導するために、大胆な一歩を踏み出したと言えよう。
法案化の狙いと我が国の対応の現状
この法案は気候変動に関する科学的仮説に挑戦するものであり、CO2の基本的な役割についての議論を同州の知事や州民だけではなく、全国的に展開されることを狙いとしている。CO2を正しく認識し、CO2を賢く活用することによって、エネルギー分野、農業、輸送、その他すべての産業がCO2の恩恵に与ることが可能となる。
日本では、CO2の削減や回収・利用、炭素税、炭素会計などの議論が中心であるが、米国では科学的な根拠に基づき、CO2の基本的な理解や位置づけを再評価し、正しい理解の下に、CO2削減の必要性や割合、それによる生活や産業への影響やリスクについての議論を行おうとしている。
米国の政治家や官僚は、気候科学の専門家の意見をよく聞き、気候変動運動の実態について理解を深めている。トランプ次期政権や共和党の多くが気候変動に反対し、パリ協定から即刻離脱しようとするその動きの背後には、このような基礎的な問いかけがあることを我々も再認識しなければならない。
一方、我が国の政府や産業界を振り返ってみれば、「グローバル・スタンダード」だといって、EUや国連、WEFなどの自称「トップエリート」たちの指令に追従し続けている。彼らには、専門家の意見を聞き、適切な判断と勇気ある行動がとれないのであろうか?そこに日米間の大きなパワーの差を感じる。
最後に、現在、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の杉山大志氏、慶應義塾大学産業研究所所長の 野村浩二教授を中心に作成された、「エネルギードミナンス(強く豊かな日本のためのエネルギー政策)- 政府の有志による第7次エネルギー基本計画 –」が公開されている。

関連記事
-
電力自由化は、送電・配電のネットワークを共通インフラとして第三者に開放し、発電・小売部門への新規参入を促す、という形態が一般的な進め方だ。電気の発電・小売事業を行うには、送配電ネットワークの利用が不可欠であるので、規制者は、送配電ネットワークを保有する事業者に「全ての事業者に同条件で送配電ネットワーク利用を可能とすること」を義務付けるとともに、これが貫徹するよう規制を運用することとなる。これがいわゆる発送電分離である。一口に発送電分離と言ってもいくつかの形態があるが、経産省の電力システム改革専門委員会では、以下の4類型に大別している。
-
前回の投稿ではエネルギー環境政策の観点から「河野政権」の問題点を指摘した。今回は河野太郎氏が自民党総裁にならないとの希望的観測に立って、次期総裁・総理への期待を述べる。 46%目標を必達目標にしない 筆者は2050年カー
-
以前、カリフォルニアで設置される太陽光パネルは、石炭火力が発電の主力の中国で製造しているので、10年使わないとCO2削減にならない、という記事を書いた。 今回は、中国で製造した太陽光パネルが日本に設置されるとどうなるか、
-
小泉進次郎環境相(原子力防災担当相)は、就任後の記者会見で「どうやったら(原発を)残せるかではなく、どうやったらなくせるかを考えたい」と語った。小泉純一郎元首相が反原発運動の先頭に立っているのに対して、今まで進次郎氏は慎
-
田中 雄三 排出量は中所得国の動向に依存 日本は2050年に温室効果ガス(GHG)排出を実質ゼロにする目標を公表しています。それは極めて困難であるだけでなく、自国だけが達成してもあまり意味がありません。世界の動向に目を配
-
今週、ドイツ最大の週刊紙であるDie Zeit(以下、ツァイトとする。発行部数は100万部をはるかに超える)はBjorn Stevens(以下、スティーブンス)へのインタビューを掲載した。ツァイトは、高学歴の読者を抱えて
-
昨年11月の原子力規制委員会(規制委)の「勧告」を受けて、文部科学省の「『もんじゅ』の在り方に関する検討会(有馬検討会)」をはじめとして、様々な議論がかわされている。東電福島原子力事故を経験した我が国で、将来のエネルギー供給とその中で「もんじゅ」をいかに位置付けるか、冷静、かつ、現実的視点に立って、考察することが肝要である。
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク「GEPR」(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間