「バックアップ電源」という誤解が生む「再エネの主力電源化」

oliver de la haye/iStock
近年、再生可能エネルギー(再エネ)の主力電源化が推進される中で、太陽光や風力の出力変動に対応するために「火力や原子力をバックアップ電源として使えばいい」という言説が頻繁に見られるようになった。
この「バックアップ」という言葉を用いつつ行う議論には、重大な誤解が含まれていると感ずることが多い。以下に、その技術的実態と誤認識を整理する。
「バックアップ電源」という言葉の誤用
本来「バックアップ電源」とは、停電や故障などの非常時に一時的に代替する電源を指す。しかし再エネ文脈では、「再エネの変動を日常的に補完する主力電源」という意味で使われており、本来の意味とは大きくかけ離れている。
この言葉の誤用によって、火力や原子力がまるで「コンセントのスイッチかのように」、簡単にオン・オフできるものと誤認されている御仁も見受けられる。
プロセス設備における運転の基本原則
火力発電(特にIGCCなどの複雑なプロセス系)や原子力発電は、いずれも「定常運転を基本」として設計されている。一例として、
- 運転は年間1サイクル(スタートアップとシャットダウンは1回ずつ)、そして定期メンテナンス
- スタートアップ/シャットダウンには数時間〜数日を要する
- 頻繁な起動・停止は熱応力や摩耗を引き起こし、設備寿命を縮める
- ターンダウン(出力低下)にも限界があり、効率が著しく低下する
通常、ガス化炉などの機器の塔径を決めるのはガスなどの流体の線速度で、機器の容積(径が決まっているから、塔や機器の長さ)を決定するのが処理量である。
たとえば50%出力で運転する場合、設備に供給されるガス量が定格の設計条件からかなり逸脱するため、線速度などが小さくなり、塔内の流体の流れが不安定になるなどして、エネルギー効率や反応特性が大きく悪化する。
原子力発電の特性と限界
原子力発電は、特に長期間の安定出力が求められるベースロード電源である。
- 出力変動や日替わり運転に適していない
- 臨界管理、崩壊熱の除去、安全措置など、起動停止には高度な作業が必要
- 欧州の一部ではロードフォロー運転がなされているが、これは例外的な設計と運用体制の成果であり、一般化できるものではない
誤解されるシナリオ:「昼はゼロ運転、夕方から発電」?
多くの人が次のように考えている可能性がある:
- 昼間:太陽光だけでまかなえる➡火力・原子力は停止またはゼロ運転
- 夕方以降、雨天・曇天・降雪時:再エネ設備が止まってしまう ➡ 火力や原子力をすぐに起動して発電
- このサイクルを毎日繰り返す
これは、現実の設備運用から見て極めて非現実的であり、技術的にも設備寿命的にも無理がある。仮にゼロ運転ではなくターンダウン運転を採るとしても、その効率低下や負荷変動による影響は計り知れない。まったく実効性はない。
代替案とその課題
ターンダウンせずに出力を余剰として活用するアイデアとして、水素製造、メタノール合成、揚水発電、蓄電池などが挙げられるが、以下の課題がある:
- 高コスト
- システムが複雑化
- エネルギー変換効率が低い(効率が50%以下など)
- インフラ整備・制度設計の課題
電源ごとの役割と特性の整理
ここで、電源ごとの安定性と運転面での柔軟性をまとめてみた。

※詳細は文末参照
これから必要な視点
これまでの議論を踏まえ、安全で経済的にも手頃な発電システム実現のために必要な視点を列挙してみた。
議論の再構築が必要
現代のエネルギー政策議論において、「再エネを主力にし、火力・原子力を柔軟なバックアップに」という構想は、設備の技術的実態と乖離している。
今後は以下の視点が必要である:
- 電源ごとの設計思想と運用制約を前提とした議論
- 「定常性と柔軟性」のバランスを考慮したエネルギーミックス設計
- エネルギー供給の技術的現実への理解と普及
これを怠れば、現場を知らぬ理想論によって、将来的なエネルギー供給の不安定化と設備トラブルを招く危険がある。
最後に
最後に添付した一覧表は、電源別の設備利用率、LCOE、FCOE、安全性・リスク、立地制約、導入の柔軟性を比較したものである。その中でも注目すべき項目は、LCOEと(均等化発電原価)とFCOE(総合発電コスト)である。LCOEは、経済産業省などの資料でも見られるが、発電時のコストのみを抽出した発電コストである。
一方、FCOEは、運用変更や発電効率の低下に伴うコスト(プロファイルコスト)+石炭火力などの調整や系統安定化のためのコスト(バランシングコスト)+送電網への接続コスト(系統・接続コスト)を加算した総合的な発電コストであり、最終的に電気代として、家庭や産業界に対して請求される。
政府は、再生可能エネルギーの主力電源化を発表しているが、現在の技術レベル、そして自然任せであるという厳然とした事実から判断すれば、主力電源には到底なり得ないと言わざるを得ない。

電源別・特徴・運転性・長所・短所一覧表

電源別の設備利用率、LCOE、FCOE、安全性・リスク、立地制約、導入の柔軟性一覧表
※LCOE(Levelized Cost of Electricity):均等化発電原価
※FCOE(Full Cost of Electricity):総合発電コスト

関連記事
-
CO2濃度が増加すると海洋が「酸性化」してサンゴ礁が被害を受けるという意見があり、しばしば報道されている。 サンゴは生き物で、貝のように殻を作って成長するが、海水中のCO2濃度が高まって酸性化してpHが低くなると、その殻
-
前回に続き「日本版コネクト&マネージ」に関する議論の動向を紹介したい。2018年1月24日にこの議論の中心の場となる「再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会」の第二回が資源エネルギー庁で開催されたが、
-
池田信夫アゴラ研究所所長。8月22日掲載。経産省横の反原発テントが、撤去されました。日本の官僚の事なかれ主義を指摘しています。
-
先日紹介した、『Climate:The Movie』という映画が、ネット上を駆け巡り、大きな波紋を呼んでいる。ファクトチェック団体によると、Xで150万回、YouTubeで100万回の視聴があったとのこと。 日本語字幕は
-
2月25日にFIT法を改正する内容を含む「強靭かつ持続可能な電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案」が閣議決定された。 条文を読み込んだところ、前々からアナウンスされていたように今回の法改正案の
-
前回、環境白書の示すデータでは、豪雨が増えているとは言えない、述べたところ、いくつかコメントがあり、データや論文も寄せられた(心より感謝します)。 その中で、「気温が上昇するほど飽和水蒸気量が増加し、そのために降水量が増
-
1. IPCC設立の経緯 IPCCのCO2温暖化説の基礎は、Princeton大学の真鍋淑郎が1次元モデル(1967)と3次元モデル(1975)で提唱しましたが、1979年にMITの優れた気象学者R. Newell が理
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク「グローバルエナジー・ポリシーリサーチ(GEPR)」は、12年1月1日の開設から1周年を経過しました。読者の皆さまのご支援、ご支持のおかげです。誠にありがとうございます。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間