EU国境炭素税はBRICSが潰す:国会は排出量取引法案を否決せよ

Nina Borisova/iStock
国会は今、GX推進法の改正案を審議している。目玉は2026年度から本格稼働する予定の国内排出量取引制度(GX-ETS)の整備を進めることであり、与党は5月15日に採決する構えであると仄聞している。
日本政府は、排出量取引制度を導入する理由は、「EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)に備えるため」であると繰り返す。CBAMとは、EUの輸入品の製造過程で発生したCO2排出量に対して、EUの排出量取引価格(4月平均82ユーロ/トン)を「関税」として課する、というものなのだが、「輸出国が自国内で課した炭素価格は控除できる」という建付けになっている。
このことから、「日本も明示的な価格を付けなければ輸出が不利になる」というのが政府の理屈である。
知人の国会議員からレクの内容を聞いたところでは、政府は、
「EUのCBAMは“第三国炭素価格”を差し引く仕組みであり、わが国がETSで明示的な価格を付けることが、控除を受ける前提となる。したがってGX法改正案でETSを制度化することは、輸出企業の負担軽減に直結する」
と述べている。
しかし、この主張は本当だろうか?
まず、CBAMの矢面に立つのは、日本ではなくBRICSやグローバルサウスであることを認識する必要がある。EUはまず、鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、水素、電力をCBAMの適用対象にする、としている。
これで主な標的になるのは、日本ではない。
鉄鋼については、2023年のEUの輸入額は、中国が47億ドル、韓国が43億ドル、インドが43億ドルと続き、日本は19億ドルで11位に過ぎない。
アルミとなると、日本の輸出額は2.3億ドルと全体の0.7%にすぎない。セメントもトルコ、アルジェリア、エジプトなどに比べると微々たる量だ。
そして、CBAMの税率は驚くほど高くなると予想されている。EU ETS価格を80ユーロ/トンとして、平均的な排出係数を仮定して概算すると、筆者の計算では、鉄鋼は約20%、アルミ42%、セメント79%、窒素肥料28%、グレー水素63%となる。
このような「数十%」という数字は多くの機関が報告している。例えばシンクタンクであるウッド・マッケンジーの報告では、インドが輸出する鉄鋼への税率は56%に上るとされている。
India aims to safeguard steel trade interests from EU carbon levy
また、国際金融機関EBRDの試算でも、エジプトが輸出するセメントへの税率は83%にも上るとされている。
CBAM TRAINING. CASE STUDY – CEMENT INDUSTRY. EGYPT. December 6, 2023.
このようなCBAMに対して、当然のことながら、BRICSおよびグローバルサウスは激しく反発している。2024年10月にロシアのカザンで開かれたBRICS首脳会議の共同声明では、「一方的で差別的な炭素国境措置を拒否する」と明言し、特にCBAMについては名指しで批判があった。
BRICS首脳会議を開催 脱炭素至上主義より現実的政策を宣言
インドのゴヤル商業産業相は「輸出品に対する課税は、2026年初めから20%ないし35%上がることになる。必要なら報復する」と語っている。
India will take up carbon tax issue ‘very strongly’ with the EU, says Piyush Goyal
折しも、いま「トランプ関税」に対抗して、EUは「自由貿易の旗手」を自認して、グローバルサウスにアプローチしている。
BRICSは人口が40億人あり、世界の粗鋼生産の6割を占めており、世界経済の成長のエンジンとなっている。このBRICSが牙をむく状況で、EUが予定通り高税率のCBAMを発動できると考えることは非現実的だ。
さて日本政府が実施しようとしている国内の排出量取引制度は、年間10万トン以上排出する約400社を対象とするとしているが、これは日本のCO2排出量の60%が「CO2排出総量規制」の対象になることを意味する。
その一方で日本は2050年カーボンニュートラルに向けて、2013年比で2030年に△46%、2035年に△60%、2040年に△73%減、という実現できるはずのない「野心的な」排出削減目標を政府計画に書きこみ、パリ協定にも提出した。
排出量取引制度を導入すると、この無謀な目標を達成するためとして、対象となる事業者には強烈なCO2排出総量規制が課されることになる。
2030年に△46%を達成するためのコストはRITEによれば年間30兆円と試算されているが、この具体的な実施手段こそ総量規制である排出量取引制度なのだ。
GX改正法案を否決せよ:政府が隠す排出量取引制度の本当のコスト
排出量取引制度が導入されれば、事業者は海外に移転し、産業空洞化で雇用も税収も流出することになるだろう。欧州のCBAMによる制裁などよりも、この「セルフ経済制裁」の方が遥かに恐ろしい。
まとめよう。CBAMはBRICSが潰す。EUがグローバルサウスの反発を押し切り、高い炭素関税を実施する見込みは限りなく低い。日本に深刻な影響が及び始める以前に、CBAMは骨抜きになるだろう。
その一方で、日本政府は年間数十兆円規模の途方もない負担を国民に課そうとしている。EUの制裁より日本の自滅こそが脅威だ。GX改正法案は廃案にし、現実的なエネルギー戦略に立ち戻るべきだ。
■
関連記事
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク「GEPR」(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
2022年11月7日、東京都は「現在の沿岸防潮堤を最大で1.4 m嵩上げする」という計画案を公表した。地球温暖化に伴う海面上昇による浸水防護が主な目的であるとされ、メディアでは「全国初の地球温暖化を想定した防潮堤かさ上げ
-
原子力をめぐる論点で、専門家の意見が分かれているのが核燃料サイクルについての議論です。GEPRは多様な観点から問題を分析します。再処理は進めるにしても、やめるにしても多くの問題を抱えます。
-
アゴラチャンネルで池田信夫のVlog、「炭素税がやってくる」を公開しました。 ☆★☆★ You Tube「アゴラチャンネル」のチャンネル登録をお願いします。 チャンネル登録すると、最新のアゴラチャンネルの投稿をいち早くチ
-
本年1月に発表された「2030年に向けたエネルギー気候変動政策パッケージ案パッケージ案」について考えるには、昨年3月に発表された「2030年のエネルギー・気候変動政策に関するグリーンペーパー」まで遡る必要がある。これは2030年に向けたパッケージの方向性を決めるためのコンサルテーションペーパーであるが、そこで提起された問題に欧州の抱えるジレンマがすでに反映されているからである。
-
高速炉、特にもんじゅの必要性、冷却材の選択及び安全性についてGEPRの上で議論が行われている。この中、高速炉の必要性については認めながらも、ナトリウム冷却高速炉に疑問を投げかけ、異なるタイプで再スタートすべきであるとの主張がなされている。
-
小泉純一郎元総理が4/14に「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」なる団体を立ち上げて、脱原発運動を本格化させる動きを見せている。またこれに呼応した動きかわからないが、民進党内部でも有志による脱原発に向けた政策の検討が活発
-
2015年6月2日放送。出演は澤昭裕氏(国際環境経済研究所所長、21世紀政策研究所研究主幹)、池田信夫氏(アゴラ研究所所長)、司会はGEPR編集者であるジャーナリストの石井孝明が務めた。5月にエネルギーミックス案、そして温室効果ガス削減目標案が政府から示された。その妥当性を分析した。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間















