メガソーラーの杜撰な設計に法的責任は問えるか:技術者が見た現場と制度

2025年08月22日 06:40
アバター画像
技術士事務所代表

yangna/iStock

はじめに:現場で感じる違和感

エンジニアとして、斜面に無造作に並べられたソーラーパネルや、環境影響が検討されていないと思われる設置例に接し――これは「技術的問題」を超えた重大事案ではないか、との直感を持っている。しかし、その違和感を法的な言葉で説明できなければ、議論は抽象のまま空転してしまう。

そこで本稿では、法律の枠組みを交えながら、設計・施工や審査の杜撰さに対して、事業者や行政の責任をどう問えるかを、中立的に整理してみたい。

法的責任の整理

【A. 事業者の責任 — 民法709条による「過失」に基づく不法行為】

民法第709条によれば、“故意または過失”によって他人に損害を与えた者には、賠償責任があるとされる。従って、設計ミスや施工不備、環境アセス不備によって崩落や火災、景観破壊などが生じた場合、事業者には技術的過失として法的責任が及ぶ可能性がある

【B. 行政の責任 — 国家賠償法による「監督過失」または行政処分の違法性】

行政が杜撰な設計を確認せずに許認可した場合、これは国家賠償法第1条で規定された“職務上の過失”として問われ得る。

さらに、法令の枠組みや審査基準を逸脱して認可を出した場合、「行政処分の違法」として取り消しを求められる事例も理論上はあり得る。

【C. 制度的抑止策 — 地方条例や基準の強化】

それに対して、技術的責任や行政責任の枠組みだけでなく、制度そのものの整備も進んでいる。

これらは住民説明会・抑制区域・禁止区域などを規定し、地域環境の保全を図る重要なツールとなる。

  • 福島市などでは、従来1ヘクタール超の林地伐採に許可が必要だったのを、0.5ヘクタール超にも適用するよう規制を厳格化している。

メガソーラー開発規制のあり方は 今後の課題は許可済みの未着手案件か

  • ・北海道登別市では、「正当な理由なしの事業命令違反」に5万円以下の罰則を定めた条例案が提出されるなど、制度の実効性を高める動きも出ている。

北海道登別市 罰則付きの再エネ規制条例案を議会に提出、6月施行へ

現実の課題:住民訴訟と制度の穴

現在も、住民による差止訴訟や行政訴訟を通じた対抗手段が模索されている。例えば、奈良県平群町の大規模メガソーラーを巡る差止訴訟では、森林伐採による土砂災害の懸念が法廷で提起されたが、条例がない状況下では、認可差止の力は限定的だった。

太陽光発電の建設に「待った」 規制条例が全国で急増

また、先述の通り条例を制定した自治体では、住民への説明義務や景観保護の仕組みなどが整備されたが、実行力や対象地域の限定など、課題も残されている。

地域トラブル160件以上、規制する条例は急増 ~「増えない構図」に陥ったメガソーラー、山下紀明さんに聞く~

太陽光発電の急拡大に伴う地域課題と市町条例による規制強化とは?

現地住民が取れるアクション

「困っている現地住民」ができることは以下の通りだという:

  1. 自治体の条例や開発制度を調べる — 調和・規制条例の有無、違反時の罰則などを確認
  2. 行政に問い合わせる — 説明会の義務化や情報公開、禁止区域設定などを要請
  3. 専門家に相談する — 弁護士・環境団体と連携した、法的議論の土壌づくり
  4. 制度改善活動に参加する — シンポジウムや提言など、制度改革への協力
  5. 地域トラスト等の土地保全活動の模索 — ドイツのような「紛争調整組織」の導入も選択肢に。

阿蘇や釧路湿原で起きていること:2つの地域の実情

【阿蘇:景観も生態系も揺るがす開発の現場】

阿蘇地域では、世界的に評価される草原景観とカルデラ地形の中にメガソーラーの設置が進んでいる。環境省も規制強化を検討し始めており、ガイドラインの策定が進行中である。しかし法的拘束力はなく、今後の抑止力には限界があるようだ。

【釧路湿原:「ノー宣言」で見せた地域の意志】

ラムサール条約登録の湿原周辺に太陽光施設が急増し、希少な動植物への影響が懸念されている。釧路市は「ノー・モア・メガソーラー宣言」を表明し、条例化をめざす動きを進めているが、法的実効性は未知数だという。

こうした事案に対して、誰が法的な「責任」を問われるのか?

 先述の説明を簡易な表にまとめてみた。

阿蘇では、景観保全の必要性が叫ばれる一方、釧路では、希少種の生育環境保全を 掲げた宣言と条例提案といった制度整備が進んでいる。

住民・地域が取れる対応策:5つのステップ

  1. 自治体の条例やガイドラインの確認
    条例の有無や法的枠の中身を確認し、説明会の要求・意見提出を準備する。
  2. 宣言や運動による地域の意思表明
    法的拘束力がなくても、「ノー宣言」すれば社会的圧力となる。
  3. 専門家や団体との連携
    市民団体や弁護士との協働で、法的議論や提言の影響力を強化できる。
  4. 制度改善への参画
    説明会出席や公聴会での意見提出、条例策定に関わるアプローチを行う。
  5. 技術と法の視点をつなぐ情報発信
    技術者としての経験を法的視点で支える発信は、専門的理解促進に貢献する。
This page as PDF

関連記事

  • 賛否の分かれる計画素案 本年12月17日に経産省は第7次エネルギー基本計画の素案を提示した。27日には温室効果ガス排出量を2035年までに60%、2040年までに73%(いずれも19年比)削減するとの地球温暖化基本計画が
  • 池田信夫
    池田信夫アゴラ研究所所長。8月22日掲載。経産省横の反原発テントが、撤去されました。日本の官僚の事なかれ主義を指摘しています。
  • 昨年11月に発表されたIEA(国際エネルギー機関)のWorld Energy Outlookが、ちょっと話題を呼んでいる。このレポートの地球温暖化についての分析は、来年発表されるIPCCの第6次評価報告書に使われるデータ
  • 大気に含まれるCO2が地表から放射される赤外線を吸収しても、赤外線を再放射する可能性がほとんどないことを以下に説明する※1)。 大気中の分子は高速で運動し、常に別の分子と衝突している 大気はN2やO2などの分子で構成され
  • 政府の審議会で発電コスト試算が示された。しかしとても分かりずらく、報道もトンチンカンだ。 以下、政府資料を読みといて再構成した結論を簡潔にお示ししよう。 2040年に電力を提供するための発電コストをまとめたのが図1だ。
  • 英国はCOP26においてパリ協定の温度目標(産業革命以降の温度上昇を2℃を十分下回るレベル、できれば1.5℃を目指す)を実質的に1.5℃安定化目標に強化し、2050年全球カーボンニュートラルをデファクト・スタンダード化し
  • パリ協定を受けて、炭素税をめぐる議論が活発になってきた。3月に日本政府に招かれたスティグリッツは「消費税より炭素税が望ましい」と提言した。他方、ベイカー元国務長官などの創立した共和党系のシンクタンクも、アメリカ政府が炭素
  • 4月15-16日、札幌において開催されたG7気候・エネルギー・環境大臣会合は共同声明を採択して閉幕した。 欧州諸国はパリ協定、グラスゴー気候合意を経てますます環境原理主義的傾向を強めている。ウクライナ戦争によってエネルギ

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑