EU内燃機関禁止を撤回、日本へのドミノ効果は?

2026年01月09日 06:40
アバター画像
技術士事務所代表

designer491/iStock

2025年初頭の米国によるパリ協定離脱表明を受け、欧州委員会(EU)は当初「気候変動対策を堅持する」との姿勢を示していた。しかし現在、欧州は主要な気候政策の緩和へと舵を切り始めている。

これについて、ニューヨーク・タイムズ(NYT)の記事は、当時の状況や背景を補足して解説している。

Europe May Roll Back Combustion Engine Ban

この記事は、「欧州が長年掲げてきた野心的な気候変動対策が、現実的な経済・政治の壁に直面し、いかに後退(あるいは現実路線へ修正)しつつあるか」を詳細に報じたものだ。

主な内容は以下の3点に集約される。

1. 「2035年エンジン車禁止」の実質的な骨抜き

当初、EUは2035年までにガソリン車・ディーゼル車の新車販売を完全に禁止する(CO2排出量を100%削減する)方針を固めていた。しかし、NYTが報じた「自動車パッケージ(Automotive Package)」では、以下の車両の存続が認められる方向へ転換された。

  • プラグインハイブリッド車 (PHV)
  • レンジエクステンダー(発電用エンジン搭載車)
  • 「高効率な」内燃機関車 これにより、当初の「100%削減」という目標が事実上緩和され、「テクノロジー・ニュートラル(技術に対して中立)」という名目のもと、エンジン車の寿命が延びることになった。 

2. ドイツ新政権(メルツ首相)による強力なロビー活動

この記事で注目されていたのは、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相の動向だ。

  • ドイツ経済の柱である自動車産業(約1,400万人の雇用)を守るため、メルツ氏は欧州委員会に対して「このままでは中国製EVに市場を奪われ、国内産業が壊滅する」と強い危機感を表明した。
  • 彼はフォン・デア・ライエン欧州委員長に対し、規制の柔軟化を求める書簡を送り、イタリアやポーランドといった「エンジン車維持派」の国々をまとめ上げ、EU全体の政策を動かしたと報じられている。

3. 米国の「パリ協定離脱」によるドミノ倒し

NYTは、トランプ政権による米国のパリ協定離脱が、欧州の政治家たちに「自分たちだけが厳しい規制を守り、産業を犠牲にする必要があるのか?」という疑念を抱かせた点も指摘している。

  • 「欧州は世界をリードし続ける」という理想を掲げつつも、実際には自国の雇用とメーカーの利益(特にポルシェ、BMWなどの高級車ブランド)を守るために、環境政策を「一歩後退」させたという構図を浮き彫りにしている。

まとめると、このNYTの記事は、「環境先進国」を自負してきた欧州が、産業界の悲鳴と政治的な右傾化によって、最も象徴的な環境規制であった「エンジン車禁止」を実質的に撤回せざるを得なくなったという、欧州気候政策の歴史的な転換点を記録した内容である。

この背景には、ドイツなどの主要国が自国の自動車産業をいかに守るかという、なりふり構わぬ経済戦略が透けて見える。

この動画では、欧州委員会が2035年のエンジン車禁止方針をどのように変更し、ドイツのメルツ首相がどのようにその決定に関わったかが分かりやすく解説されている。

4. ドミノ倒しは日本にもやってくるのか?

菅政権が2020年に「2050年カーボンニュートラル」と「2035年電動化(EVなど)」を宣言した際、世界は「脱炭素=正義」という理想主義に突き動かされていた時期だったが、現在の状況は当時と大きく異なっている。

従って、日本にもこのドミノがやってくる、あるいは日本が政策を修正せざるを得ないと考えられる理由があると考えられる。

「全方位」戦略の正当化

日本(特にトヨタ自動車など)は一貫して、「EV一辺倒ではなく、ハイブリッド(HEV)や水素も重要である」という全方位戦略を主張してきた。

欧州が「2035年以降もハイブリッドやエンジン車を認める」という現実路線に転換したことは、日本のこの主張が「正しかった」ことを国際的に証明する形になる。これにより、日本政府も「欧州も認めたのだから、日本もHEVをより長く活用する」という論理が立てやすくなる。

経済安全保障と「エネルギーのリアリズム」

2025年のトランプ政権復活や欧州の右傾化は、「自国の産業と雇用を守る」という経済ナショナリズムに基づいている。

  • 雇用:日本の自動車産業の雇用も約550万人に及ぶ。急激なEVシフトが国内のサプライヤーを壊滅させるリスクは、ドイツと同様の政治的課題である。
  • 電力供給:日本は資源が乏しく、地震などの災害も多い国。EVに100%依存するリスク(停電時の脆弱性など)を考慮すると、内燃機関(エンジン)のバックアップ能力を維持する方向へ議論が戻るのは自然な流れといえる。
「2035年」の定義の解釈変更

菅首相の宣言した「2035年電動化」には、もともと「ハイブリッド車(HEV)を含む」という含みがあった。

しかし、欧米が「EV100%」という極端な目標を掲げていた時期は、日本のHEV重視姿勢は「不十分だ」と批判されることがあった。今後は、米欧が目標を緩和することで、日本は堂々と「HEVやプラグインハイブリッド(PHEV)を主力として使い続ける」という方針を維持・強化できるようになる。

結論として

日本にやってくるドミノは、「脱炭素の撤回」というよりも、「EV教とも言える極端な理想主義からの脱却」という形になるのではないだろうか。

具体的には、以下のような変化が予想される:

  • HEVの再評価:「最も現実的なCO2削減手段」として、2035年以降も主要な選択肢として残り続ける。
  • 合成燃料(e-fuel)への投資:エンジンを使い続けながら炭素中立を目指す技術への予算配分が増える。現在、製造コスト、経済性の課題が残っている。
  • 「努力目標」化:厳しい罰則を伴う規制ではなく、産業界の状況に合わせた柔軟なロードマップへの修正。

欧州の「一歩後退」は、日本にとっては自国の得意分野(ハイブリッド技術やエンジン効率)を延命・活用するための、絶好の「外圧による免罪符」になると言えるかもしれない。

This page as PDF

関連記事

  • 引き続き、2024年6月に米下院司法委員会が公表した気候カルテルに関する調査報告書についてお届けします。 (前回:気候カルテルは司法委員会の調査から逃げ回る) 今回は日本企業(特にサステナビリティ部門の担当者)にとってと
  • 2050年にCO2ゼロという昨年末の所信表明演説での宣言に続いて、この4月の米国主催の気候サミットで、菅首相は「日本は2030年までにCO2を46%削減する」ことを目指す、と宣言した。 これでEU、米国・カナダ、日本とい
  • 京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授 鎌田 浩毅 我が国は世界屈指の地震国であり、全世界で起きるマグニチュード(以下ではMと略記)6以上の地震の約2割が日本で発生する。過去に起きた地震や津波といった自然災害
  • トランプ大統領は就任初日に発表した大統領令「Unleashing American Energy – The White House」において、環境保護庁(EPA)に対し、2009年のEndangerment Findi
  • 中東発のエネルギー危機を受けて、世界、とくにアジア太平洋諸国で、石炭への回帰が加速している。以下、主に報道ベースであるが、紹介しよう。なお情報源リンクは長くなるのでこちらを参照されたい。 第1に、既存の石炭火力の稼働率を
  • 年明けからエネルギー価格が世界的に高騰している。その理由は様々な要素が複雑に重なっており単純には説明できないが、コロナ禍からの経済回復により、世界中でエネルギー需要が拡大するという短期的な要因に加えて、長期的な要因として
  • 11月15日~22日、ブラジルのベレンで開催されたCOP30に参加してきた。筆者にとって20回目のCOPにあたる。以下にCOP30の経過と評価につき、私見を述べたい。 COP30の位置づけ COP30で採択された「グロー
  • オーストラリアは、1998年に公営の電気事業を発電・送電・小売に分割民営化し、電力市場を導入した。ここで言う電力市場は、全ての発電・小売会社が参加を強制される、強制プールモデルと言われるものである。電気を売りたい発電事業者は、前日の12時30分までに卸電力市場に入札することが求められ、翌日の想定需要に応じて、入札価格の安い順に落札電源が決定する。このとき、最後に落札した電源の入札価格が卸電力市場価格(電力プール価格)となる。(正確に言うと、需給直前まで一旦入札した内容を変更することもできるが、その際は変更理由も付すことが求められ、公正取引委員会が事後検証を行う。)

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑