南海トラフ巨大地震の災害予測
京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授 鎌田 浩毅
我が国は世界屈指の地震国であり、全世界で起きるマグニチュード(以下ではMと略記)6以上の地震の約2割が日本で発生する。過去に起きた地震や津波といった自然災害は、すべて「プレート」と呼ばれる地下にある厚い「岩板」の動きによって発生した。プレート運動を解析すると、将来の災害を見通すことが可能である。

Petrovich9/iStock
最近頻繁に起きている地震と噴火は、東日本大震災の原因となった「東北地方太平洋沖地震」が誘発したものだ。このとき日本列島の地盤は東西に5メートルも引き延ばされてしまった。
ここで生じた歪みを解消するために地殻変動が活性化し、9世紀以来という「大地動乱の時代」に入ったのだ。その結果、今後数10年のスパンで更なる地震に見舞われるだろう、と私たち地球科学者は予測している(鎌田浩毅著『首都直下地震と南海トラフ』MdN新書を参照)。
一番懸念される災害は、巨大津波を伴う巨大地震、すなわち西日本の太平洋沿岸を襲う「南海トラフ巨大地震」である。予想される震源域は、「南海トラフ」と呼ばれる海底の凹地に沿った3つの区間に分かれている(図1)。これらは東海地震・東南海地震・南海地震にそれぞれ対応し、首都圏から九州までの広域に甚大な被害を与えるのだ。
歴史を遡ると、南海トラフ沿いの地震は約100年の間隔で起きており、その中でも3回に1回は超弩級の巨大地震が発生した。次回、南海トラフで起きる巨大地震は、この3回に1回の番に当たる。すなわち、東海・東南海・南海の3つが同時発生する「連動型地震」という最悪のシナリオである。
ここで連動型地震の起き方について過去の事例を見てみよう。前回は昭和東南海地震(1944年)と昭和南海地震(1946年)が、2年の時間差で発生した。また、前々回の1854年(安政元年)には、安政東南海地震と安政南海地震が、32時間の時間差で活動した。さらに3回前の1707年(宝永4年)では、3つの震源域が数10秒のうちに活動した。なお、過去の歴史を見ると、こうした3つの地震が、名古屋沖の東南海地震→静岡沖の東海地震→四国沖の南海地震、という順番で起きたことも分かっている。

図1 南海トラフ巨大地震の震源域と過去の発生記録。鎌田浩毅著『首都直下地震と南海トラフ』(MdN新書)による。
南海トラフ巨大地震の災害予測
現在の地震学では「想定外をなくせ」という合い言葉のもとに、南海トラフ巨大地震で起こりうる災害を定量的に予測している。国が行った被害想定では、東日本大震災を超えるM9.1、また海岸を襲う最大の津波高は34メートルに達する。加えて、南海トラフは海岸に近いので、巨大津波が一番早いところでは2~3分後に海岸を襲うのだ。
地震災害としては、九州から関東までの広い範囲に震度6弱以上の大揺れをもたらす。特に、震度7を被る地域は、10県にまたがる総計151市区町村に及ぶ。その結果、犠牲者の総数32万人、全壊する建物238万棟、津波によって浸水する面積は約1000平方キロメートル、と予想されている。
南海トラフ巨大地震が太平洋ベルト地帯を直撃することは確実で、被災地域が産業・経済の中心地にあることを考えると、東日本大震災よりも1桁大きい災害になる可能性が高い(鎌田浩毅著『日本の地下で何が起きているのか』岩波科学ライブラリーを参照)。すなわち、人口の半分近い6,000万人が深刻な影響を受ける「西日本大震災」である。
経済的な被害総額に関しては220兆円を超えると試算されている。たとえば、東日本大震災の被害総額の試算は20兆円ほど、GDPでは3パーセント程度だが、西日本大震災の被害予想がそれらの10倍以上になることは必定だ。
南海トラフ巨大地震の起きる時期を、一般市民の期待する年月日までのレベルで正確に予測することは、今の技術では不可能だ。しかし、古地震やシミュレーションのデータから、西暦2030年代に起きると地球科学者は予想している。
地球科学では地層に残された巨大津波の痕跡や、地震を記録した古文書から、将来の日本列島で起こりうる災害の規模と時期を推定している。これに従って、9世紀の日本で何が起き、今後何が起きるかを見ていこう。
東日本大震災は西暦869年に東北地方で起きた貞観地震と酷似する。たとえば、1960年以降に日本で起きた地震の発生場所は、9世紀のそれらとよく合う。しかも、貞観地震が起きた9年後の878年には、首都圏に近い関東中央で大地震が起きた。これは相模・武蔵地震(関東諸国大地震)と呼ばれているものだが、M7.4の直下型地震だった(鎌田浩毅著『京大人気講義 生き抜くための地震学』ちくま新書を参照)。
さらに、この地震の9年後には、東海・東南海・南海の連動型地震が発生している。887年に起きた仁和地震だが、東日本大震災と同じM9クラスの巨大地震で大津波も伴っていた。このように東北沖で巨大地震が発生したあとの歪みは関東で直下型地震を発生させ、最後に南海トラフで海溝型の巨大地震を引き起こす可能性がある。
東日本大震災以降の日本列島は1000年ぶりの大変動期に突入したといっても過言ではない。2030年代に起きるとされる南海トラフ巨大地震は、発生の時期が科学的に予想できるほとんど唯一の地震である。こうした、言わば「虎の子」の情報を活用し、必ずやって来る巨大災害に向けて準備を始めていただきたい。
実は、巨大地震は火山の噴火を引き起こすことがあり、南海トラフ巨大地震と富士山噴火の連動が懸念されている。太平洋沖で発生する巨大地震に触発されて、富士山の噴火が始まるという事態だ(鎌田浩毅著『富士山噴火と南海トラフ』講談社ブルーバックスを参照)。巨大地震と噴火というダブルショックが首都圏から東海地域を襲い、日本の政治経済を揺るがす一大事となる恐れがある。次回は南海トラフ巨大地震によって噴火が誘発される富士山の火山災害予測と防災について述べよう。
編集部より:この記事は国際環境経済研究所 2021年10月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は国際環境経済研究所公式ページをご覧ください。

関連記事
-
シンクタンク「クリンテル」がIPCC報告書を批判的に精査した結果をまとめた論文を2023年4月に発表した。その中から、まだこの連載で取り上げていなかった論点を紹介しよう。 ■ IPCCでは北半球の4月の積雪面積(Snow
-
英国のエネルギー政策をめぐる政府部内の対立が激化している。11月11日の英紙フィナンシャル・タイムズでは Ministers clash over energy bill という記事が出ていた。今月、議会に提出予定のエネルギー法案をめぐって財務省とエネルギー気候変動省の間で厳しい交渉が続いている。議論の焦点は原子力、再生可能エネルギー等の低炭素電源に対してどの程度のインセンティブを許容するかだ。
-
東日本大震災とそれに伴う福島の原発事故の後で、日本ではスマートグリッド、またこれを実現するスマートメーターへの関心が高まっている。この現状を分析し、私見をまとめてみる。
-
世界でおきているESGファイナンスの変調 昨年のCOP26に向けて急速に拡大してきたESGファイナンスの流れに変調の兆しが見えてきている。 今年6月10日付のフォーブス誌は「化石燃料の復讐」と題する記事の中で、近年の欧米
-
関西電力は、6月21日に「関西電力管外の大口のお客さまを対象としたネガワット取引について」というプレスリリースを行った。詳細は、関西電力のホームページで、プレスリリースそのものを読んでいただきたいが、その主旨は、関西電力が、5月28日に発表していた、関西電力管内での「ネガワットプラン」と称する「ネガワット取引」と同様の取引を関西電力管外の60Hz(ヘルツ)地域の一部である、中部電力、北陸電力、中国電力の管内にまで拡大するということである。
-
GEPRフェロー 諸葛宗男 はじめに 米国の核の傘があてにならないから、日本は核武装すべきだとの意見がある。米国トランプ大統領は、日本は米国の核の傘を当てにして大丈夫だと言いつつ日本の核武装を肯定している。国内でも核武装
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 IPCC報告では過去の地球温暖化は100年あたりで約1℃
-
いま国家戦略室がパブリックコメントを求めている「エネルギー・環境に関する選択」にコメントしようと思って、関連の資料も含めて読んだが、あまりにもお粗末なのでやめた。ニューズウィークにも書いたように、3つの「シナリオ」は選択肢として体をなしていない。それぞれの選択のメリットとコストが明示されていないからだ。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間