トランプ政権の気候変動枠組み条約離脱が意味するもの

2026年01月23日 06:55
アバター画像
東京大学大学院教授

2026年新年早々、世界はトランプ政権のベネズエラ侵攻とマドウロ大統領の身柄確保に驚かされた。国家安全保障戦略に明記された西半球重視を実行に移した形である。

更に1月6日には大統領メモランダムにおいて66にのぼる国際機関、条約からの離脱方針を打ち出し、トランプ政権の多国間枠組み軽視、バイラテラルのディール重視を改めて印象付けた。

66の国際機関、条約のうち35は非国連機関、31は国連機関であり、エネルギー・温暖化分野では前者に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)、国際エネルギーフォーラム(IEF)、後者に気候変動枠組み条約(UNFCCC)が含まれている。

第二期トランプ政権発足初日にパリ協定離脱を表明したが、今回、パリ協定の根拠条約である気候変動枠組み条約そのものからも離脱するとの方針を打ち出したことは注目に値する。

枠組み条約から正式に離脱するのか?

米国はパリ協定離脱表明以降、気候変動枠組み条約に基づく全ての資金拠出を停止し、COP等の交渉プロセスにも参加しておらず(COP30は米国代表団不在の初のCOPとなった)、気候変動枠組み条約を事実上、無視している状況が続いている。

そこで「今回のメモランダム発出を踏まえ、正式に枠組み条約から脱退するプロセスを始動させるのか」が一つの論点となるが、筆者はメモランダム上は明記されていないものの、「事実上の無視」を「正式離脱」に進める可能性が高いと考えている。

トランプ第二期政権は国務省の関連部局の廃止、危険性認定の廃止提案、温暖化の科学の否定、世界海事機関(IMO)における炭素価格設定のブロック等、第一期政権以上に温暖化アジェンダに対する拒否反応が強い。また枠組み条約から離脱すれば、将来の政権がパリ協定に再加入しようとしても、まずは枠組み条約再加入が必要となり、ハードルを高めることができるからだ。

大統領権限で離脱できるのか?

次の論点は1992年、ブッシュ父政権の際に上院で批准された気候変動枠組み条約から上院の同意なしに大統領権限で正式離脱できるのかという点である。

米国憲法には条約脱退の手続きは明記されていない。カーター政権時の台湾相互防衛条約の一方的破棄は訴訟となったが、最高裁は「政治問題」として判断を回避している。トランプ第一期政権ではINF条約等から一方的に離脱している。大統領による単独脱退が事実上容認されてきたと言える。

条約締結時に上院が「将来の離脱には上院・下院の同意を要する」等の条件を付すことは可能だが、そのような条件がない限り、大統領が枠組み条約第25条など離脱条項に基づき単独通告できる」との見方が有力となっている。

ただ枠組み条約は資金、報告等の拘束性が強く、議会が拠出金を通じて関与しているため、離脱にあたっても上院の関与が必要との見方もあり、一方的離脱が訴訟につながる可能性もある。2026年秋の中間選挙後の上院の勢力分布が大きな影響を与えることになるだろう。

将来の再加入の手続きは?

トランプ政権が大統領権限で枠組み条約から正式離脱した後、将来、民主党政権が復活した場合の再加入の手続きはどうなるだろうか?

脱退と同様、再加入についても米憲法は明確な規定がない。「一度上院が助言と同意を与えた条約なら、その決議は原則として効力を保ち、将来の再加入もその“元の同意”に依拠して大統領が行えるとの」との学説がある。これを根拠に環境論者の中では「枠組み条約から離脱しても、将来の民主党政権は90日程度の手続で再加入でき、その際に改めて上院批准をやり直す必要はない」と主張している。

しかし「いったん条約関係を解消した以上、再加入は新たな国際義務の創設であり、改めて上院の助言と同意が必要だ」とする見解も存在する。特にトランプ政権が共和党優位の上院で離脱方針への支持を取り付ければ、「枠組み条約支持」という上院の同意が消滅するため、将来の再加入に当たっては再度、上院の批准が必要になるだろう。

国際的影響

既述のとおり、トランプ政権は枠組み条約を事実上無視しているため、米国が枠組み条約から正式離脱したとしても実態は変わらない。しかし温暖化防止の国際的取り組みの根幹である気候変動枠組み条約そのものから超大国である米国が正式離脱することの国際政治的影響は大きい。

「EU、中国等が温暖化防止に関するアジェンダ、ルール設定力を強め、米国はクリーンエネルギー転換に劣後。離脱は米国のオウンゴール」(ケリー元気候特使、スティールUNFCCC事務局長等)というのが気候専門家のスタンダードな見方であり、メディアでもそうした評価が中心である。

他方、米国のオウンゴール論の前提は米国以外の国際社会がこれまでどおり脱炭素に取り組むことが前提であることを忘れてはならない。米国が脱炭素コストをまったく負担しない中、EUが単独で高コストの脱炭素路線を維持することは、政治的・産業的持続可能性の面で限界に直面している。EU内部でも足並みはそろっていない。更に米国不在の中でEUや中国によるルール設定が米国製品への差別につながる場合、米国は高関税を通じて間違いなく報復することになるだろう。

資金面の影響も大きい。途上国への資金支援から米国が完全に手を引くことの穴を他の先進国が埋める可能性は事実上ないだろう。この結果、温暖化防止をめぐる南北対立は更に激化し、脱炭素化に不可欠な途上国の野心的削減努力はますます期待できなくなる。

米国不在の中で中国のリーダーシップを期待する議論もある。しかし中国はこの空白状態を活用し、マルチではなく、バイでグローバルサウスへの影響力拡大を企図するものと考えられる。脱炭素に関する中国のポジションは中国産品の輸出拡大と技術支配力の拡大という国益最優先であり、規範的なリーダーシップをとろうとは考えていない。

より俯瞰して考えれば、米国のUNFCCC離脱は、温暖化対策の後退というよりも、気候問題を規範主導の多国間協調から、通商・産業政策と結びついたパワーポリティクスへと転換させる契機となり、国際秩序の分断を加速させることになろう。

This page as PDF

関連記事

  • メディアが捏造する分断 11月中旬に北海道の寿都町を訪ねる機会を得た。滞在中、片岡春雄町長や町の人たちに会い、また、街の最近の様子を見て雰囲気を感じることもできた。私が現地に着いた日の夜、折しもNHKは北海道スペシャル「
  • 15日の報道、既視感があります。 エムケイ、EVハイヤー「CO2ゼロ」に 100円追加で排出枠 タクシー大手のエムケイ(京都市)は12月から、電気自動車(EV)を使い、温暖化ガス排出が実質ゼロのハイヤーの運行を始める。利
  • 政府は電力改革、並びに温暖化対策の一環として、電力小売事業者に対して2030年の電力非化石化率44%という目標を設定している。これに対応するため、政府は電力小売り事業者が「非化石価値取引市場」から非化石電源証書(原子力、
  • 11月7日~18日にかけてエジプトのシャルム・アル・シェイクでCOP27が開催され、筆者も後半1週間に参加する予定である。COP参加は交渉官時代を含め、17回目となる。 世界中から環境原理主義者が巡礼に来ているような、あ
  • 11月11日~22日にアゼルバイジャンのバクーでCOP29が開催される。 COP29の最大のイシューは、途上国への資金援助に関し、これまでの年間1000億ドルに代わる「新たな定量化された集団的な目標(NQCG)」に合意す
  • はじめに 報道によれば、2026年7月、高市早苗首相のインド訪問に合わせ、日印両政府は民間企業による水素・グリーンアンモニア生産計画への継続的な財政支援で合意した。 IHIがインドのACMEグループと組み、ラジャスタン州
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 6月30日に掲載された宮本優氏の「失われつつある科学への信頼を取り戻すには・・」の主張に、筆者は幾つかの点では共感する。ただし全てにではない(例えばコロナの「2類→5類」論には
  • 【要旨】日本で7月から始まる再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)の太陽光発電の買取価格の1kWh=42円は国際価格に比べて割高で、バブルを誘発する可能性がある。安価な中国製品が流入して産業振興にも役立たず、制度そのものが疑問。実施する場合でも、1・内外価格差を是正する買取価格まで頻繁な切り下げの実施、2・太陽光パネル価格と発電の価格データの蓄積、3・費用負担見直しの透明性向上という制度上の工夫でバブルを避ける必要がある。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑