除染「年1mSv」は民主党政権の大失策だ
写真 野積みになった膨大な除染の廃棄物(15年9月、福島県楢葉町、筆者撮影)丸川珠代環境相は、除染の基準が「年間1ミリシーベルト以下」となっている点について、「何の科学的根拠もなく時の環境相(=民主党の細野豪志氏)が決めた」と発言したことを批判され、撤回と謝罪をした。しかし、この指摘は間違いではない。本当の事を言えない「タブー」が除染をめぐる問題で存在し、正しい政策が打ち出せない。この状況は大変危険だ。問題を整理し、解決策を考えたい。
1mSvは民主党政権の政治主導で決まった
報道によれば、丸川氏は2月7日の長野県松本市での講演で、除染について①1ミリシーベルト(mSv)基準には科学的根拠がない②民主党の政策が失敗した③この基準で住民の帰還が遅れているという3点を指摘した。彼女の理解の程度は不明だが、実はいずれも正しい。詳細は筆者の記事を参考されたい。(「福島の「除染1ミリシーベルト目標」の見直しを」(上)(下)
その誤った政策決定をした民主党の細野議員は10日の衆議院予算委員会で丸川氏に「間違いだ」と詰め寄り、丸川氏は謝罪した。細野氏は後述するように、1mSv目標は科学的根拠がないことを自分で認めている。彼の行動は理解不能だし、謝る丸川氏もおかしい。
簡単に除染をめぐる事実関係を確認してみよう。
東京電力福島第一原発事故が発生した後で、被ばく放射線量を減らすことが検討された。
研究者でつくる民間の団体、国際放射線防護委員会(ICRP)は2008年の「勧告111」で、原子力災害での放射線の被ばくは「平時年1mSv」「収束過程では年1mSvから20mSvを目標にし、長期的に平時の1mSvを目指すべき」「その基準は住民参加で決めるべき」と提案した。
これは自然被ばく量(=世界平均で年2.4mSv)を大きく上回らない目安としての提案であり、20mSvを超えれば病気になるという意味の数字ではない。(参考「放射線被ばく基準の意味」)丸川氏の言う「科学的根拠」という言葉がどのような文脈で、またどのような意図で使われたか不明だ。仮に「1−20mSvの水準の被ばく基準に抑えれば、健康被害が発生しないことに科学的な根拠がある」との意味かといえば、彼女の言う通り違うのだ。科学的根拠があって定められた数字ではない。
広島・長崎の原子爆弾の被ばく者の研究によれば、生涯線量が100mSv以下の被ばく量の増加で、健康被害の増加は観察されなかった。この水準では、影響は統計に表れないほど極少であると推定される。そして幸いなことに福島事故で20mSv以上の被ばくをした住民はほとんどいなかった。また福島第一原発周囲の高線量地域は立ち入りが制限されている。おそらくこのまま除染をしなくても、健康被害は起きないだろう。
政府は、ICRPの勧告を参考にして、原発事故直後の11年夏に有識者、さらに日本学術会議の提言を受けて当面の被ばく基準を決めた。1−20mSvを被ばく基準にし、除染では国が直轄して行う原発周辺地域で、年5mSvを目指すとした。いつまでにそれを行うとは明示しなかった。
ところが福島県の自治体が除染を「低くしてほしい」と要望した。当時は民主党政権で11年9月から環境相は細野豪志氏だった。彼はこの要望を受けて最初から、年1mSvを目指すと政策を変更した。一度決めた政策を変えたのは、細野氏ら民主党の政治主導によるものだ。
健康被害はないのに3.6兆円の除染コスト
その政策変更の結果、除染を無制限に行ったことで国と地域に大変な負担をもたらした。そもそも放射線による健康被害の可能性は極少で、おそらく何も起こらない。実際に、福島での被ばくの増加はほとんどなく、5年が経過しても健康被害は観察されていない。これからもないだろう。
除染は表土や堆積物を取り除く形で行われる。たしかに放射線による健康被害のリスクは今よりも減るだろう。しかし徹底して実施するほど時間と手間がかかる。メリットとデメリットを比較するべきであった。ICRPの科学者らは個人で、また国際原子力機関などは1mSvまでの除染について、日本政府に意味がないと勧告している。
政府は除染の見込み額を約2.5兆円と試算したが、15年度までその支出は累計約1.8兆円に膨らんだ。まだ手つかずの地域もあり、見込み額を大幅に上回りそうだ。土建業を中心にして地元にお金が落ちた効果はあっただろう。この原資は税金であり、こうした効果のないことに無意味に使うことが打倒であるとは思えない。
除染を国の直轄地域が行ったことで、周辺地域でも徹底した除染が行われた。その請求は東電に行き、総額は900億円だ。その支払いをどうするか今もめている。
除染では、推計最大2200万立方メートル(=東京ドーム約17.6個分)の廃棄物が発生する。福島県では各所で除染廃棄物が山積みになっている。中間貯蔵施設の建設が遅れ、廃棄物を持ち出せないためだ。中間貯蔵施設の建設費用は用地買収費用も含め1.1兆円になる。土地は福島県双葉町に決まったが竣工のメドはまだ立たない。そして除染の遅れが避難住民の帰れない一因だ。
除染費用(約2.5兆円)と廃棄物処理(約1.1兆円)を合計すれば、計画段階で除染による負担増は約3.6兆円にもなる。細野豪志氏ら民主党政権の判断ミスで、膨大な負担が発生した。1mSv除染の追求による負担と社会的混乱というデメリット、リスクゼロを目指したことによるメリットを比較した場合に、前者の方がはるかに大きいだろう。丸川氏の指摘の通り、民主党政権の除染政策は失敗し、帰還と復興が遅れているのだ。
政治は政策失敗の責任を取れ
細野氏は批判に応えて、13年3月4日のブログで「福島の声で決めた」「1ミリシーベルト除染の目標は、健康の基準ではない」と、自分には責任がないことを主張し、1mSvに科学的根拠がないことを事実上認めている。それなのに、なぜ国会で丸川氏の発言を追及するのか、理解に苦しむ。
除染政策が決まった際に、細野氏と民主党の政治家がするべきだったのは、人々を説得して失敗が予見された1mSvまでの除染目標を止めることだった。民意に従えば、誰にも批判されず、楽であろう。しかしそこで手を抜いたばかりに、数兆円の無意味な負担増と福島の復興の遅れが発生している。今からでも、細野氏と民主党は政策の誤りを検証し、必要なら是正を政府・与党に提案する試みるべきだ。
そして自民党政権も惰性で現在の政策を続けているのは問題だ。丸川氏は評論家ではなく、政権の当事者なのだ。政府・自民党が、どこかで除染を限定的にする方向に是正しなければならない。
そして問題は政治家だけではない。メディアと世論は感情的に危険を煽り、除染の強化ばかりを訴える。また事故の被害者である福島の方々の苦悩は承知し、除染の徹底化を求めることも理解できる。しかしどこかで除染範囲を縮小しなければ、負担は増え続け、福島の復興は遅れる。それを理解し、政策転換を受け入れるべきだろう。
無責任の連鎖によって、除染問題は負担だけが膨らんでいく。丸川氏の失言騒動で注目を再び集めた今、もう一度、この問題を考え直すべきだ。
(2016年2月15日掲載)
関連記事
-
東日本大震災で発生した災害廃棄物(がれき)の広域処理が進んでいない。現在受け入れているのは東京都と山形県だけで、検討を表明した自治体は、福島第1原発事故に伴う放射性物質が一緒に持ち込まれると懸念する住民の強い反発が生じた。放射能の影響はありえないが、東日本大震災からの復興を遅らせかねない。混乱した現状を紹介する。
-
地球が将来100億人以上の人の住まいとなるならば、私たちが環境を扱う方法は著しく変わらなければならない。少なくとも有権者の一部でも基礎的な科学を知るように教育が適切に改善されない限り、「社会で何が行われるべきか」とか、「どのようにそれをすべきか」などが分からない。これは単に興味が持たれる科学を、メディアを通して広めるということではなく、私たちが自らの財政や家計を審査する際と同様に、正しい数値と自信を持って基礎教育を築く必要がある。
-
9月24日、国連気候サミットにおいて習近平国家主席がビデオメッセージ注1)を行い、2035年に向けた中国の新たなNDCを発表した。その概要は以下のとおりである。 2025年はパリ協定採択から10年にあたり、各国が新しい国
-
前回、「再エネ100%で製造」という(非化石証書などの)表示が景品表示法で禁じられている優良誤認にあたるのではないかと指摘しました。景表法はいわばハードローであり、狭義の違反要件については専門家の判断が必要ですが、少なく
-
『羽鳥慎一のモーニングショー』にみられる単純極まりない論調 東京電力管内で電力需給逼迫注意報が出ている最中、今朝(29日)私はテレ朝の「羽鳥慎一のモーニングショー」をみていました。朝の人気番組なので、皆さんの多くの方々も
-
(前回:COP29の結果と課題①) 新資金目標に対する途上国の強い不満 ここでは2035年において「少なくとも1.3兆ドル」(パラグラフ7)と「少なくとも3000億ドル」(パラグラフ8)という2つの金額が示されている。
-
【要旨】 放射線の健康影響に関して、学術的かつ定量的に分析評価を行なっている学術論文をレビューした。人体への影響評価に直結する「疫学アプローチ」で世界的にも最も権威のあるデータ源は、広島・長崎の原爆被爆者調査(LSS)である。その実施主体の放射線影響研究所(RERF:広島市)は全線量域で発がんリスクが線量に比例する「直線しきい値なし(LNT)仮説」に基づくモデルをあてはめ、その解析結果が国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に反映されている。しかしLNT仮説は低い線量域(おおむね100mSv以下)では生物学的に根拠がない(リスクはもっと小さい)とする「生物アプローチ」に基づく研究が近年広くなされている。
-
原子力発電所の再稼働問題は、依然として五里霧中状態にある。新しく設立された原子力規制委員会や原子力規制庁も発足したばかりであり、再稼働に向けてどのようなプロセスでどのようなアジェンダを検討していくのかは、まだ明確ではない。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間















