蓄電池に「ムーアの法則」はない
先週の「言論アリーナ」は、竹内純子さんにエネルギー産業の長期ビジョンの話をうかがった。電力会社は原発再稼動など目の前の問題で精一杯だが、2050年に電力産業がどうなっているかという「長期均衡」から逆算すると、別のストーリーがみえてくる。
くわしいことは彼女の『エネルギー産業の2050年』を読んでいただくとして、私が興味をもったのは蓄電の重要性が高まるということだ。電力の最大の弱点は蓄積ができないということで、これが通信と大きく違う。
通信も電話の時代にはリアルタイムでしか使えなかったので、ピーク時に合わせた巨大な電話交換機が必要で、絶対に落ちない信頼性のためにネットワーク資源の90%以上が使われた。これを蓄積型のパケット交換にしたことが、インターネットの本質的な革新だった。情報を分散型のルータに蓄積して転送することで、ネットワークの効率が飛躍的に高まったのだ。
電力の蓄積も原理的には蓄電池を使えば可能だが、この効率には限界がある。電気自動車(EV)に使われているリチウムイオン電池は、マイナス極に黒鉛、プラス極にコバルト酸リチウムを使い、充電するとプラス極からリチウムイオンが電解液を介してマイナス極に収納されるしくみだ。
このプラスとマイナスの電位差がなくなるまで走ることができるわけだが、それには物理的限界がある。充電した以上の電力は使えないので、重量あたりどれぐらい充電できるかという密度が問題だ。次の図は横軸に重量あたりの出力密度、縦軸に蓄電量を示すエネルギー密度をとったものだが、どの電池も出力が大きくなると蓄電量が少なくなるというトレードオフがある。
リチウムはもっとも充電効率が高いが、このフロンティアを飛躍的に拡大することはむずかしい。半導体の密度が指数関数的に上がるムーアの法則は、蓄電池にはないのだ。半導体の素材はシリコンという地球上で2番目に多く存在する元素なので、密度を上げるためには回路を微細に加工するだけでよかったが、稀少金属リチウムの埋蔵量には限界がある。次の図のように世界のリチウム価格は1年で約4倍になっており、これがボトルネックになるおそれが強い。
他方で蓄電技術は進歩しているので、米エネルギー省は2022年までに蓄電池の単価を現在の半分に下げるという目標を示しているが、ムーアの法則のような劇的なコスト低下は望めない。現在のEVの普及率が1%ぐらいであることを考えると、これは将来かなり深刻な問題になると予想される。
楽観できる材料もある。リチウム電池の価格が下がると、太陽光パネルのような分散型エネルギーの蓄電設備としても使えるようになる。EVの電池の耐用年数は短いが、それを太陽光発電の蓄電設備に再利用してEVに充電すれば、送電設備の負荷も下がり、インターネットのような分散型の電力ネットワークが可能だ。
2050年にエネルギー産業がどうなっているかを正確に予想することは不可能だが、CO2を80%削減するというパリ協定の長期目標は各国政府の目標になろう。それは火力発電を再エネや原子力に置き換えれば不可能ではない。

関連記事
-
「原子力ムラ」という言葉がある。漠然としているが「政官学財に巣食い、癒着し、閉鎖的で、利権をむさぼる悪の結社」という意味を込め、批判の文脈で使う人が多いようだ。
-
英国のエネルギー政策をめぐる政府部内の対立は、オズボーン財務大臣対デイビー・エネルギー気候変動大臣の対立のみならず、連立与党である保守党対自民党の対立でもあった。
-
日本の電力系統の特徴にまず挙げられるのは、欧州の国際連系が「メッシュ状」であるのに対し、北海道から 九州の電力系統があたかも団子をくし刺ししたように見える「くし形」に連系していることである。
-
今年7月から実施される「再生可能エネルギー全量買取制度」で、経済産業省の「調達価格等算定委員会」は太陽光発電の買取価格を「1キロワット(kw)時あたり42円」という案を出し、6月1日までパブコメが募集される。これは、最近悪名高くなった電力会社の「総括原価方式」と同様、太陽光の電力事業会社の利ザヤを保証する制度である。この買取価格が適正であれば問題ないが、そうとは言えない状況が世界の太陽電池市場で起きている。
-
産業革命以降の産業・経済の急速な発展とともに、18世紀初めには約6億人だった世界の人口は、現在72億人まで増加している。この間の化石燃料を中心としたエネルギーの大量消費は、人類に生活の利便さ、快適さ、ゆとりをもたらしたが、同時に、大気汚染、温暖化等の地球規模での環境問題を引き起こし、今やまさに全世界で取り組むべき大きな問題となっている。
-
「アジア投資銀行の狙いは、中国が「赤い原子炉」を輸出するための融資体制づくりではないか。また中国の中東からの石油、天然ガスを運ぶ海上交通路を安全にするための、途中の港湾の整備にも使うだろう。アジア開銀がやっていない融資だ。中国のエネルギー戦略と、この銀行は密接に結びついている」。日米の参加がないことで話題になっている中国主導のアジア投資銀行(AIIB)について、在東京のアジア某国の外交官は、取材に見通しをこう述べた。
-
デジタルグリッドではインターネットと同じように、ルーターを使って電気の流れを制御することで、電気がどこからきたのかをカラーリングしようとする。しかし、よく考えてみると、厳密なカラーリングはそれほど簡単ではない。
-
太陽光発電業界は新たな曲がり角を迎えています。 そこで一つの節目として、2012年7月に固定価格買取制度が導入されて以降の4年半を簡単に振り返ってみたいと思います。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間