原子力を捨てれば国は弱くなる:ドイツと日本を分けた選択

青森県六ヶ所村の原子燃料サイクル施設全景
電気事業連合会のホームページより
電気需要は産業の発展に比例する。だから、経済発展を促進するのは、いかにして安い電気を安定供給できるかだ。
ところが、ドイツの電気料金は現在、EUどころか、世界でも1、2を争う高騰ぶり。高い電気で高い製品を作っても、国際競争では勝てない。当然、企業の倒産と国外逃避が止まらない。
脱原発で沈むドイツ
電気料金高騰の最大の原因はプーチン大統領でもトランプ大統領でもなく、23年4月、原発を廃止したこと。以来、いくら太陽光や風力発電を増やしても、安価で安定した電気は供給できず、おまけに買取やら補償やらで、電気代はますます高騰するばかり。
ドイツの産業界は、大きな重石を付けられて、しっかり泳げと言われているに等しい。政府が補助金で電気代を下げても景気向上には繋がらない。ドイツの不況はホームメイドである。
最近、ドイツでよく聞くのが、「なぜ、ドイツは順調に動いている原発を葬ったのか。日本は原発の過酷な事故を経験しても、原発再稼働に舵を切っているではないか」という政府への批判だ。
個人的には、日本の原発再稼働のテンポの遅さに辟易とすることも多いが、なるほど、ドイツと比べれば、極めて“意欲的”なのかもしれない。それどころか、青森県の六ヶ所村では、長年の課題であった原子燃料サイクルの完成も間近に迫っている。
六ヶ所村が握る日本のエネルギー安全保障
原子燃料サイクルというのは、使用済み核燃料の中から、まだ使えるウラン(回収ウラン)とプルトニウムを取り出し(=再処理)、それを再び核燃料(MOX燃料)に加工する一連の技術だ。これが完成すれば、“資源貧国”日本のエネルギー事情はかなり改善される(図・赤い線)。

図
この原子燃料サイクル事業を担っているのが、青森県六ヶ所村の「日本原燃」。日本の原子力産業を代表する大手メーカーは「東芝」「日立製作所」「三菱重工業」で、「日本原燃」とこの3社を軸に多くの企業が参画し、オール・ジャパンでこの事業が進められてきた。
プロジェクトが本格的に動き始めたのが1985年で、再処理工場建設の着工が93年だから、このオール・ジャパン・チームはすでに41年間もこの課題に取り組んでいるわけだ。
世界が欲しがる日本の遠心分離技術
核燃料サイクルの中で、再処理(使用済み燃料からのウランとプルトニウムの取り出し)と並んで高度な技術が必要とされるのが、ウランの濃縮。再処理の方は工場稼働の大幅な遅れのせいもあり、しばしばニュースに登場するが、同じく六ヶ所村で行われているウラン濃縮はあまり注目されていない。それどころか、イランのウラン濃縮は知っていても、日本がそれをしていることを知らない人も多い。しかし、実は日本はすでに70年代より国を挙げてその開発に着手している。
ウラン濃縮に必要なのは、言うまでもなく高性能の遠心分離機だ。だからこそ、この肝要な部分には、日本の先端技術と技術者たちの努力が惜しみなく注ぎ込まれた。
そして、改良に改良を重ねた結果、90年代には商業用のウラン濃縮が開始され、以後、生産高の増減はあったものの、事業は今日まで続いている。
ただし、日本が行っているウラン濃縮は、回収ウランを使った濃縮(=原子燃料サイクルの一環)ではなく、カナダなど海外から入手した天然のウランの濃縮だ。だから、現在の課題は、1日も早く再処理工場を竣工させ、回収ウランの濃縮に取り掛かること。要するに、原子燃料サイクルの完結、すなわち自前での準国産エネルギーの創出である(図・緑の線)。
ちなみに、遠心分離機の製造技術は、一つ間違えば核兵器の製造にもつながるため、どの国でも最高レベルの機密とされている。もちろん、設計図や材料成分の配合や細かな技術データは一切公開されておらず、技術流出や技術者が狙われる危険を防止するために、時に製造メーカーの名前までが伏せられている。それだけ多くの国が欲しがっている超高度な技術なのだ。日本原燃の遠心分離機は、六ヶ所村の同社の工場内で組み立てられる。
ただ、意外なことに、一つ一つの部品を実際に製造しているのは、必ずしも大企業ではない。多くの小さな企業がそれぞれ、言わば精密な歯車となり、大国家プロジェクトを下からしっかりと支えているわけだ。楚々とした職場で頑張る真摯な技術者たちは、多くを語らない。しかし、彼らの心の中には、最高の技術を求める気概と、「国益のため」という大志が、はち切れんばかりに詰まっている。
NPTという矛盾だらけの核秩序
実は、ウラン濃縮というのは、本来ならばNPT(核不拡散条約)の「核兵器保有国」にしか認められていない。このため、これまでは「核保有国」、つまり、米、露、仏、英、中の5国のみが行ってきた。それ以外のNPT加盟国は、核兵器の製造も、取得も、ウランの濃縮も永久に禁止されている。
日本はその中で唯一、平和利用に限定して濃縮などが認められているが、その代わり、六ヶ所村にはIAEA(国際原子力機関)の職員が常駐しており、査察もあり、工場は24時間監視されている。
ただ、NPTには大きな抜け道があり、加盟していなければ何をしようが自由だ。インドやパキスタンは非加盟国だし、北朝鮮は査察が嫌で途中で抜けた。イランは生真面目にNPTに入っているので濃縮事業が問題になるが、イスラエルは非加盟国なので、核兵器をいくつ持っても問題にならない。
また、核保有国5カ国が条約に記されている通り、「誠実に核軍縮」を行っていないことは、すでに明白。なお、ドイツは核を持てないはずだが、国内の米軍基地には少なからぬ核弾頭があるだろう。いざとなったらこれをミサイルに乗せ、一緒に発射ボタンを押そうというのが、NATOの核シェアリングだ。とにかく私に言わせれば、NPTほど矛盾の多い条約も珍しい。現在の世界情勢のカオスは、これらの矛盾が起爆装置となって引き起こされているような気がしてならない。
では、日本はどうすれば良いのか? 60年代の日本の政治家には、中国の核開発が大きな脅威だという危機感があった。それに対抗するには日本も核という抑止力を持つべきだが、ただ、そうなると、NPT非加盟国の運命として、ウランの入手も困難になる。当時の日本はエネルギー政策において、原子力発電だけでなく、ウラン濃縮や再処理まで念頭におき、経済成長を図ろうとしていた。つまり、それらを全て棒に振ることは考えられず、政治家は深いジレンマに陥った。
結局、日本に絶対に核を持たせたくなかった米国は、自らの核の傘で日本を守る約束をして、1976年、日本政府はNPTに加盟した。ただ、この時でさえ、署名から批准まで6年以上も掛かっているから、当時の日本の政治家の呻吟を彷彿とさせる。
さて、それから50年、日本は目覚ましい経済発展を経験したが、国防のことはすっかり忘れてしまった。今、米国の核の傘がちゃんと日本列島の上に広げられていると信じている人は、さすがにもういないだろうが、国民の間に別に危機感はなく、苦渋する政治家も見当たらない。私たちの危険を感じる触覚は、すっかり錆びついてしまった。
青森県は地味な場所だが、下北半島には陸海空の北の守りが集中しており、日本の安全保障の要所だ。この地に日本初の原子燃料サイクルを目指す人たちがいるのは、おそらく偶然ではない。彼らの触覚は、まだ錆びついてはいない。
一方、冒頭で触れたドイツでは、エネルギーも軍備もないのに、なぜか政府が戦争に向かって突き進もうとしている。彼らはいったい眼前に、どんな風景を見ているのだろう。
世界は太平洋戦争前夜に酷似している。時間はない。電力は1億2000万人の日本人にとって、まさにライフラインだ。政府は現状を正確に把握し、国益に資する最善のエネルギー政策を速やかに進めてほしい。
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