水素製鉄は50年前から始まっていた:受け継がれる日本の製鉄技術

2026年7月、NEDOは、JFEスチールなど7者(NEDO、JFEスチール、やまなしハイドロジェンカンパニー(YHC)、巴商会、カナデビア、山梨県企業局、水素製鉄コンソーシアム(GREINS))が、グリーン水素を用いて鉄鉱石を還元し、日本で初めて還元鉄の試作に成功したと発表した。
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101957.html
現在、日本では水素を利用した次世代製鉄の実用化に向けた研究開発が進められている。水素で鉄鉱石を還元することで、従来のコークスに代わって水素を還元剤として利用する。鉄鉱石中の酸素は水となって排出されるため、原理的にはCO₂排出量を大幅に削減できる。
これを「新しい製鉄技術」と呼んでよいのだろうか。
筆者は、このニュースを見て、1970年代のことを思い出した。当時、筆者が在籍していた企業の研究所では、「原子力製鉄」に関係する研究開発が行われていた。当時の記憶を呼び起こしてみたい。
50年前の「原子力製鉄」
1970年代、日本では通商産業省(当時)の大型工業技術研究開発制度によって、「高温還元ガス利用による直接製鉄技術」の研究開発が進められていた。
一般に「原子力製鉄」と呼ばれたこのプロジェクトは、原子力エネルギーを製鉄に直接利用しようとする壮大な構想だった。高温ガス炉から得られる高温の熱で還元ガスを製造し、その還元ガスで鉄鉱石を直接還元する—— 原子力の熱 → 還元ガスの製造 → 直接還元 → 鉄、というプロセスである。
この研究には鉄鋼会社だけでなく、重工業、プラントエンジニアリングなど多くの企業が参加していた。筆者のいた企業もその一社であり、還元ガス製造設備を担当し、研究所に実験プラントを建設して、実際に運転し還元ガスを製造するところまで進んでいた。
当時、この企業は重質油やピッチなどから還元ガスを製造する技術も研究しており、1980年代の論文には、ピッチを原料として水素と一酸化炭素を含むガスを製造する実験プラントの運転結果が記録されている。
50年前の日本の技術者たちは、「鉄鉱石をどう還元するか」だけでなく、「還元に必要なガスをどうつくるか」という問題に取り組んでいたのである。
原子力製鉄は失敗だったのか
なぜ原子力製鉄は実用化されなかったのか。「技術開発に失敗した」と単純に考えるのは正確ではない。1980年の原子力白書によれば、高温熱交換システムや高温還元ガス製造システムについて実験プラント規模の試験を行い、必要な基礎的要素技術を確立したとしている。技術的には一定のところまで到達していたのである。
しかし、その先には原子力側の高温ガス炉を実用規模で接続するという大きな課題が残っていた。石油危機を契機に始まった研究だったが、その後、経済性や安全性、高温機器・材料など多くの課題を総合的に考える必要が生じ、原子力製鉄の研究は1980年度で一旦中断された。しかし重要なのは、技術そのものが消えたわけではないということである。
石炭ガス化へ
その後、日本では別の方向から高温ガス化技術の研究開発が進んだ。代表例の一つが、2000年代に実証されたEAGLEである。NEDOと電源開発は石炭処理量150トン/日のパイロットプラントを建設し、2002~2006年度に運転研究を実施、1,000時間以上の連続運転に成功し、高効率なガス化性能やガス精製性能を確認した。
石炭ガス化は石炭をそのまま燃やす技術ではない。高温・高圧の条件で石炭をガス化し、水素と一酸化炭素を主体とするガスをつくる。その合成ガスを精製し、発電や水素・化学原料などに利用する。原子力製鉄では原子炉の熱を利用して還元ガスを製造し、石炭ガス化では石炭そのものをガス化する。
両者は同じ技術ではないが、高温プロセスによってガスを製造し、精製し、別のプロセスで利用するという技術体系は、その後の日本のエネルギー技術の中で着実に発展していった。
そして水素製鉄へ
2008年からは「COURSE50」と呼ばれる製鉄プロセスの研究開発が始まった。高炉に水素を利用してコークスの一部を代替する技術や、発生するCO₂を分離・回収する技術が研究され、さらにその先の直接水素還元が現在研究されている。
NEDOのGREINSプロジェクトでは、高炉への水素還元技術だけでなく、水素だけを使って低品位鉄鉱石を直接還元する技術、還元鉄を電気溶融炉で溶解する技術まで、一貫した製鉄プロセスとして開発が進められている。
並行して日本製鉄は、COURSE50/Super COURSE50のもとで君津の試験高炉に水素を吹き込む方式を進めており、2024年12月に世界初のCO₂排出量43%削減を実現、2026年3月には45%に更新したとNEDOが報告している。
今回JFEの成果が「日本初」として大きく報じられたのは、技術がより優れていたからではない。高炉に水素を吹き込むCOURSE50系が削減率を段階的に更新していく性質の成果であるのに対し、JFEが担うのは高炉を介さずシャフト炉で鉄鉱石を水素だけで直接還元し、しかもその水素を再エネ由来のグリーン水素に限定した点が日本初だった。
GREINS内で各社が異なる技術を分担する中、たまたま「グリーン水素 × 直接還元 × 日本初」という条件が今回のJFEの試験に揃った、ということである。
50年間、技術は生き続けている
1970年代、日本は「原子力製鉄」という名前で、製鉄に必要なエネルギーと還元ガスを新しい方法で供給しようとした。その後、技術者たちは石炭ガス化という別の道で、高温ガス化、ガス精製、水素利用などの技術を磨いた。2008年以降は水素を製鉄そのものに利用する技術へと研究の重点が移り、現在はグリーン水素による直接還元へと進もうとしている。
一見すると、これらは別々の技術に見える。しかし底流には共通したものがある。鉄鉱石を還元する。そのための還元ガスをつくる。高温のエネルギーを効率よく利用する。そして、それらを大規模な工業プロセスとして成立させる。技術は消えたのではない。形を変えながら、生き続けているのである。
本当の問題は何か
現在のグリーン水素製鉄で、本当の問題は何なのだろうか。それは「水素で鉄鉱石を還元できるか」という問題だけではない。むしろ重要なのは、その大量の水素を、どのようなエネルギーから、どれだけ安定して、どのようなコストで製造するのかという点である。
さらに、水素還元では、従来のコークスが果たしていた還元剤としての役割だけでなく、熱源としての役割も失われ、NEDO自身も高炉内の熱バランスが課題になると説明している。
しかもCOURSE50は高炉方式を採用しているために、その分副生するコークス炉ガス(COG)由来の水素を安価に使えるが、コークス炉を持たないGREINSは水素を外部の水電解に全面依存する。問われるべきは技術的な可能性ではなく、日本のエネルギーシステム全体の中で水素製鉄を経済的に成立させられるか、という問題である。
だから筆者は、現在の水素製鉄を見て「昔の技術が復活した」とは思わない。50年前から続いてきた技術開発の流れが、時代のエネルギー事情に合わせて姿を変え、いまも生き続けているのである。そう考えると、現在の「グリーン水素製鉄」という技術を、もう少し長い時間軸の中で見ることができるのではないだろうか。
それは水素製鉄に限った話ではない。グリーンアンモニアなど、グリーン水素を土台とするすべての技術に共通する問いでもある。化学技術者として期待はするが、補助金や政治的なインセンティブを必要とする技術では、社会実装は難しい。よほど独創的な発想か技術的なブレークスルーがなければ、容易には解けない課題ではないだろうか。
関連記事
-
原子力の論点、使用済核燃料問題についてのコラムを紹介します。
-
原発は「トイレのないマンション」とされてきました。使用済みの核燃料について放射能の点で無害化する方法が現時点ではないためです。この問題について「核燃料サイクル政策」で対応しようというのが、日本政府のこれまでの方針でした。ところが、福島第一原発事故の後で続く、エネルギーと原子力政策の見直しの中でこの政策も再検討が始まりました。
-
東京都の「2030年カーボンハーフ」の資料を見て愕然としたことがある。 工場のエネルギー消費が激減している。そして、都はこれを更に激減させようとしている。 該当する部分は、下図の「産業部門」。CO2排出量は、2000年に
-
経産省が、水素・アンモニアを非化石エネルギー源に位置づけるとの報道が出た。「製造時にCO2を排出するグレー水素・アンモニアも、燃焼の瞬間はCO2を出さないことから非化石エネルギー源に定義する」とか。その前にも経産省は22
-
国民民主党の玉木代表が「再エネ賦課金の徴収停止」という緊急提案を発表した。 国民民主党は、電気代高騰対策として「再エネ賦課金の徴収停止」による電気代1割強の値下げを追加公約として発表しました。家庭用電気代の約12%、産業
-
GEPRを運営するアゴラ研究所は「ニコ生アゴラ」という番組をウェブテレビの「ニコニコ生放送」で月に1回提供している。4月10日の放送は「汚染がれきを受け入れろ!?放射能に怯える政治とメディア」だった。村井嘉浩宮城県知事(映像出演)、片山さつき自民党参議院議員、澤昭裕国際環境経済研究所長、高妻孝光茨城大学教授が出演し、司会はアゴラ研究所の池田信夫所長が務めた。
-
前回ご紹介した失敗メカニズムの本質的構造から類推すると、米国の学者などが1990年代に行った「日本における原子力発電のマネジメント・カルチャーに関する調査」の時代にはそれこそ世界の優等生であった東電原子力部門における組織的学習がおかしくなったとすれば、それは東電と社会・規制当局との基本的な関係が大きく変わったのがきっかけであろうと、専門家は思うかもしれない。
-
石炭火力に対する逆風がますます強まっている。環境団体はパリ協定の2℃目標を達成するため、石炭関連資産からの資本引き上げを唱道し、世界の石炭資源の88%は使わずに地中に留めておくべきだと主張している。COP24では議長国ポ
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間













