出力制御が目前に迫る九州電力管内の送配電事情
2018年4月8日正午ごろ、九州電力管内での太陽光発電の出力が電力需要の8割にまで達した。九州は全国でも大規模太陽光発電所、いわゆるメガソーラーの開発が最も盛んな地域の一つであり、必然的に送配電網に自然変動電源が与える影響が最も大きい地域となっている。もはや既存の送配電網の調整力ではメガソーラーからの電気を受け入れるには足りなくなって来ており、電気を買取りを停止する措置、いわゆる出力制御、の大規模実施が全国に先駆けて目前に差し掛かっていると噂されている。そこで今回はあらためて九州における送配電網の需給調整の事情を読み解き、我が国の次世代の送配電ネットワークのあり方について考える機会としたい。
まず九州における太陽光発電の導入状況を振り返ると固定価格買取制度(FIT)導入直後から爆発的に増加し、2010年時点の56万kwから2016年には697万kwとわずか6年で10倍以上に増えた。九州は「全国1割の経済で、太陽光発電シェア2割」と指摘されており、他の地域よりも早いペースでメガソーラーの開発が進んだ。今後とも太陽光発電の接続量は増え続ける予定で太陽光発電の申し込み状況の推移を見る限りは、連携承諾が終わっている1165万kw程度までは開発が進むと予測される。
他方で九州電力管内の電力需要でこれだけの規模の太陽光発電の全量買取が可能かというと、それは難しい。九州電力管内の電力需要は、最盛期の夏・冬には1500万kwを超えるが、需要の一番小さい4〜5月は800万kw程度にまで落ち込む。この時期は逆に太陽光発電が一番発電する時期でもあるため、必然的需要に占める太陽光発電の比率は高まる。例えば2016年5月4日は昼間でも電力需要が750万kwと低調だったため再生可能エネルギーの発電比率は78%にまで高まり、このうち62%は太陽光発電だった。
ではこの日送配電網全体ではどのような調整がなされていたのか見てみよう。一義的には太陽光発電の発電に合わせて出力調整するのは火力発電の役割だが、火力発電が太陽光発電状況に完全にあわせて急速に出力調整することは困難なため、火力発電は時間をかけて出力を下げることになる。するとその間余剰電力が生じることになるが、この余剰電力については、揚水発電の揚水動力源として活用されることになる。そして太陽光発電の出力が下がり、家庭需要が増える18時前後に今度は揚水発電から電力が供給されることになる。このように揚水発電は系統システム全体の蓄電池として、余剰電力をピークシフトする役割を果たしている。しかしながら揚水発電にも当然受け入れ限度があるので、その限界までくると太陽光発電からの電気の買い取りを一時的に停止する出力制御措置が始まることになる。
太陽光発電の出力制御については法令で手順が明示されており、
- 火力の出力調整、揚水発電の活用
- 九州地区外への供給
- バイオマスの出力調整
を経ても調整力が足りない場合に、実際に出力制御が実施されることになる。ただ日本は狭い国でそれほど地域の電力消費パターンに大きな差はなく、またバイオマス発電もそれほど広がっていないので、②、③による対応は限定的で、やはり中心は①となる。
この点九州の揚水発電は上池運用容量2103万kwh、動力源は219万kwなのでかなりの容量があるのだが、それでも前述した通り仮に太陽光発電が1100万kwを超えて開発されるようならば、春や秋の出力制御は常態化することになるだろう。なお揚水発電は「余った電気で水を組んで、その水を活用して水力発電する」という過程で1/3ほどは電力損失が生じるので、仮に太陽光発電の出力調整が不要となったとしても、そのコストは電力代に反映されることになるのは留意されるべきであろう。本来ならばこうしたコストは太陽光発電業界が負担すべきなのであろうが、現在は揚水発電のインフラにただ乗りをしている状況でこれはあまり好ましくない。経済産業省の他の委員会での議論においても、今後は太陽光発電も揚水発電の運用に必要なコスト負担すべきと指摘されている。
なお太陽光発電および風力発電の昼間13時の設備容量比の稼働率は5月であれば、平均は54%、そこからの2σ、いわゆる95%信頼区間、は79%とされており、九州電力は試算の際、前者(54%)を「曇り、雨の日の想定出力」、後者(79%)を 晴れの日の想定出力、としている。例えば、太陽光発電がで1100万kw導入されれば、「曇り、雨の日の13時~14時は594万kwh」、「晴れの日の13時~14時は869万kwh」程度の発電を予測することになる。前述の2016年5月4日の太陽光発電からの出力量が500万kwh弱だったと推計されるので、これでは九州全域が雨の日でも出力制御が実行されることになり、いささか保守的に計算しすぎているように思える。2018年5月現在だと現実の曇天・雨の日の昼の発電量は200〜300万kwh弱というところなので、実際の稼働率は30%~40%というところであり、さすがに太陽光発電の導入量が1100万kwに迫ろうとも5月の曇天・雨の日の昼に太陽光発電の出力制御が行われるということはないだろう。
また晴れの日の太陽光発電の設備容量比の稼働率もエリアレベルでは同じく10%〜20%程度高めに推計されており実際は60~70%程度と考えられるが、それにしても太陽光発電から660万kw~770万kwh程度の電力供給がなされることになるため、電力需要が乏しい九州では春や秋の出力制御が常態化するようになるであろう。また、そこまでに至らないにしても全体の電力需要の6割〜7割が太陽光発電による供給がなされる自体が頻発化してくるようになるであろうから、火力発電に出力制御が求められる機会が増え、当然稼働率が落ちてくることになる。今後火力発電の採算がは徐々に悪化し、予備電力が縮小していくことになるであろう。
こうなると揚水発電にはさらなる期待が寄せられることになる。「昼から夕方へ」という太陽光発電のピークシフトの役割に加え、これは元々の揚水発電の役割でもあるのだが、予備電力の不足に備えて「夜から朝へ」電力をシフトするという役割も必要になってくる。このとき発電側でシフト用の電力を供給するのは、石炭火力発電なり原子力発電なりといったいわゆるベース電源なのだが、CO2排出削減の取り組みを求めるパリ協定への対応を考えると、中長期的にはやはり原子力発電が主役にならざるを得ないであろう。とはいえ九州電力管内の原子力発電の設備容量は525.8万kwあるので、この全てを稼働すると揚水発電の容量に余力がなくなり太陽光発電業界に破滅的な影響が出ることになってしまう。そのため原子力発電業界と太陽光発電業界は揚水発電の活用を巡って利害が先鋭に対立しかねず、次世代電力網の構築をめぐっては協議をすべき関係にあるのだが、こうした議論はまだ端緒についたばかりである。
このように九州の太陽光発電の急増は、既存の送配電網全体のバランスを崩しつつあり、火力発電、揚水発電、原子力発電といった他の発電主体を巻き込んで、電力システムとして新たな最適解を構築するように要求しつつある。今後はデマンドレスポンスのような形で「太陽光発電が発電しすぎた電気をどう消費するか」という議論も、電力の消費側も巻き込んで進んでいくことになるであろう。良くも悪くもサイは既に投げられている。あとは各主体が英知を絞りあって、互いに妥協できる解を見つけていくしかない。

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