ウクライナ戦争とエネルギー安全保障

2022年04月02日 07:00
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東京大学大学院教授

kokouu/iStock

ウクライナ戦争の帰趨は未だ予断を許さないが、世界がウクライナ戦争前の状態には戻らないという点は確実と思われる。中国、ロシア等の権威主義国家と欧米、日本等の自由民主主義国家の間の新冷戦ともいうべき状態が現出しつつあり、国際秩序、安全保障環境に大きな影響を与えることになるだろう。地政学、国家安全保障と密接にリンクしたエネルギー政策についても同様である。

「ウクライナ危機を教訓に日本は化石燃料と原発からの脱却すべきである」という自然エネルギー財団のような考え方があるが、筆者はむしろウクライナ危機を教訓に日本は化石燃料安定供給と原発の重要性を再認識すべきだと考える。脱炭素を目指すことは正しいが、エネルギーシステムの変革は一朝一夕に実現するものではなく、その道筋においてウクライナ戦争のような供給霍乱が生ずるリスクは常に存在する。

顧みれば我が国を含む西側諸国のエネルギー政策はパリ協定以降、脱炭素というアジェンダに傾斜し過ぎたのではなかったか。

二度の石油危機の際に経験したエネルギー供給中断の記憶は風化し、化石燃料が世界のエネルギー供給の中で引き続き大きな役割を担っているにもかかわらず、昨年のCOP26では化石燃料は悪であるとのグレタ・トウーンベリ的議論が支配的であった。

足元のエネルギー需給逼迫にもかかわらず、石油・ガス上流投資が伸びていないのは「化石燃料に投資をする銀行はダーティである」「化石燃料投資は必ず座礁資産化する」「化石燃料企業はエコサイド(環境殺人)の犯人である」といった極端な議論が横行していることも大きい。

バイデン政権は国内のガソリン価格高騰に悲鳴をあげ、今更のように石油ガス産業に増産を要請しているが、政権発足以来、パイプラインプロジェクトの差し止め、連邦所有地でのフラッキング禁止、化石燃料規制の厳格化等、「化石燃料いじめ」をやってきたバイデン政権に対するエネルギー産業の視線は冷たい。

共和党は規制緩和や連邦所有地でのモラトリアム撤廃を含む国内生産拡大を主張しているが、民主党内の左派リベラルの反発を恐れるバイデン政権はそこまで踏み切ることもできないようだ。バイデン政権は1.8億バレルの戦略国家備蓄を6か月間放出すると発表したが日量100万バレル/日は米国の国内消費の5%程度であり、どの程度の効果があるか不透明である。

化石燃料利用を長期的に減らしていくとしても、短中期的な化石燃料の供給はしっかり確保しなければならない。欧州はLNG調達の多角化をめざしているが、加えて域内のシェールガス開発にも目を向けるべきである。

欧州のシェールガス開発が停滞してきた背景は環境への悪影響であるが、更にロシアが裏でネガティブキャンペーンを裏で操っていたと言われている。また化石燃料需給逼迫に対する投資を喚起するためには行き過ぎた座礁資産キャンペーンやダイベストメント運動が是正される必要があるだろう。

温暖化防止の観点から悪玉視されている石炭資源の役割も再評価すべきである。石油、天然ガスに比して圧倒的な賦存量を有し、世界中で利用可能な石炭資源はエネルギー安全保障の面で優れた特質を有している。特にアジア地域で石炭からガスへの転換が遅れるとすれば、アンモニア、CCUS等、石炭利用に伴うCO2排出を削減する技術の開発と普及が極めて重要となる。

環境団体はアンモニアやCCUSを「化石燃料を延命させる技術である」との理由で排除する傾向があるが、再エネしか認めないという偏頗なエネルギー政策は対策コストを上昇させ、いざというときの対応能力を低下させるだけである。

省エネ、再エネ、電化を進めることが必要なことは論をまたない。しかしロシア依存低下にばかり目を奪われ、パネル、バッテリー、戦略鉱物等の面で中国依存が増したのでは別な地政学リスクを抱えるのみである。中国に依存しない形で再エネ導入拡大を進められるよう、国産技術、戦略鉱物のリサイクル、代替技術開発を進めねばならない。

原発は輸入化石燃料依存を下げる有効な手段である。特に日本の場合、現在、休止中の原発を再稼働させるだけで天然ガス価格上昇の影響を相当適度抑えることが可能になる。逆に再稼働が遅れれば遅れるほど、追加的なエネルギーコスト負担は大きくなり、ただでさえ諸外国に比してエネルギーコストが高い日本にとって大きなダメージとなる。自民党電力供給安定議連が原発再稼働の加速を求める決議を行ったのは当然である。

反原発団体はロシアがサポリージャ原発やハリコフの核物質施設を攻撃したことを理由に原発はミサイル攻撃等の有事に脆弱であるから、脱原発をすべきであると主張している。彼らの多くは憲法9条があれば日本の平和は保たれると主張しており、原発の場合のみ、ミサイル攻撃の可能性を云々するのは反原発のための牽強付会な議論でしかない。軍事攻撃のリスクに晒されるのは原発のみならず、全ての重要インフラ、全ての大都市も同様である。ミサイル防衛、敵基地攻撃能力、非核三原則の見直しを含め、防衛政策の抜本的強化こそが重要である。

ウクライナ戦争は多くの面で平和ボケした日本に強いショックを与えた。外交・経済安全保障、エネルギー安全保障の再検討が急務である。中国、ロシア、北朝鮮に近接した日本は欧米以上に安全保障上のリスクが極めて高い。

脱炭素のみに傾斜してきたエネルギー政策のリバランスを今こそ行うべきである。自民党は参院選に向け、防衛政策の強化と併せ、原発の活用を国民に問うべきである。その上で選挙に勝ち、これまで原発をめぐる混迷をもたらしてきた「世論の呪縛」を克服すべきしてほしい。

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