原発停止継続、日本経済に打撃 — 活断層に偏重した安全規制は滑稽
「必要なエネルギーを安く、大量に、安全に使えるようにするにはどうすればよいのか」。エネルギー問題では、このような全体像を考える問いが必要だ。それなのに論点の一つにすぎない原発の是非にばかり関心が向く。そして原子力規制委員会は原発の安全を考える際に、考慮の対象の一つにすぎない活断層のみに注目する規制を進めている。部分ごとしか見ない、最近のエネルギー政策の議論の姿は適切なのだろうか。
かつて経済産業省の官僚として、エネルギー政策の立案にかかわった石川和男氏に、現状のエネルギー政策、活断層問題について意見を聞いた。石川氏は電力・ガスの自由化政策を担当した経験を持つ。現在は「政策家」として中立の立場から政策の提案を行う。内閣府行政刷新会議WG委員なども歴任。政策研究大学院大学客員教授、東京財団上席研究員、NPO社会保障経済研究所代表としても活動している。
再生可能エネルギーの振興策や原発の国家管理化などの石川氏の意見を示した寄稿やインタビューをGEPRはこれまで掲載している。
「原子力の混乱、収束策は「法治」と「国家管理化」」
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「活断層で廃炉」に法的根拠はない
–原子力規制委員会は専門家チームをつくり、各原発の活断層を調査している。認定した場合には、再稼動を認めない方針だ。
規制委員会の活動には問題がある。まず「活断層があれば廃炉にする」という法律上の規定はない。(編集部注・GEPRコラム「原子力規制委員会は「活断層」判断の再考を」などを参照)そして活断層が近くにあったからといって、地震によって地上の建造物が壊れるとは限らない。また日本での地震によるリスクは原発だけではない。活断層の近くに新幹線、高速道路、工業プラントなどの重要インフラ・施設がたくさんある。総合的に防災を考えるべきだ。
原子力安全政策で活断層は全体の中の一論点にすぎなかった。それなのに、なぜか今はそれだけに注目して事故リスクを語り、既存の原発を廃炉に導こうとまでしている。部分しか考えず、全体を見ないこうした態度は問題であり、非常に滑稽だ。
–原子力規制委員会は夏までに安全新基準をつくる予定だ。活断層の認定を10万年動かなかった断層から40万年に広げる規制強化を検討している。
専門家によれば、40万年間の地層の動きなど、科学的に解明しつくせないという。「グレーなら稼動させない」という方針を規制委員会が続ければ、日本の原発は次々に廃炉に追い込まれる。私には規制委員会は「動かさない」という前提がまず先にあって、奇妙な規制を設けたいかのように見えてしまう。
例えば、薬害や、自動車の欠陥による事故がある。それらは人造物であり、リコールや禁止などの対応策がある。しかし地震などの天変地異は「いつ起こるか」そして「規模」が分からない。その危惧からすべての行為を禁止すれば、人間は文明を営めなくなってしまう。原発の寿命は40年、対策をして50年前後とされている。活断層で検討される数十万年の時間と比べれば0.1%未満の時間だ。時間軸を考えれば、リスクを過度に注目することは著しくバランスを欠く。
規制委員会は今年中に新安全設計基準をつくり、活断層の規制を厳しくするという。新ルールをつくったとしても現在の原発に当てはめることには入念な対応が必要だ。またそれまでは現行法が適用されるべきだ。当然の行政の姿である。乱暴に規制を行えば、電気の需要家である我々一般国民の社会生活や企業等の経済活動に多大な損害が出かねない。
政策は実施までに混乱を起こさないことが必要だ。私は平成7年(1995年)1月の阪神淡路大震災でのLPガスタンク事故に伴って、その事故調査、そして安全基準を示した制度改正に携った。改正規定が施行されたのは平成9年(97年)4月だ。その間、旧規定が適用された。その2年間、大震災も事故も起きなかった。
行政は原則として、事業者のビジネスの邪魔をしてはならない。今は法律に基づかずに再稼動を認めていない。そして法の事後適用で原発が止まりかねない。これは行政権の異常な濫用と言えるだろう。
確率論での考察、そして損失の検証を
–規制委員会のかたくなな姿勢は、なぜ産まれたのだろうか。
本当の理由は分からないが、昨秋に独立行政委員会として成立した気負いからか、規制委に与えられた「独立性」を規制委も政治も行政も間違って解釈しているように思える。福島事故を繰り返さないため、安全性を追求しようとする意欲は理解できる。しかし独立性を政治家などの外からの圧力に屈しないこととだけ、と捉えてはならない。幅広い意見を集め、中立性に基づく適切な判断を行う事を期待されているからこそ、独立性が認められると解釈するべきだ。決して独善に陥ってはいけない。
しかし、これは政治にも問題があった。民主党政権で当時の野田首相や担当の枝野経産大臣は、「規制委員会の判断を待って原発の安全性を確認して原発の将来を決める」と述べていた。この論法は規制委員会に全責任を委ねてしまう。彼らが責任を減らそうと、徹底的に厳しくするという判断に傾いてしまうだろう。政治家が規制委員会に社会の必要とすることを伝え、対話を重ねることが必要である。
また規制委員会だけではなく社会全体に言える事だが、巨大プラントは事故など不測事態の発生確率を考えながら、運営を考えるべきであろう。事故のリスク、損害の可能性、そして得られる利益を、確率的に出し、その上で全体最適を検討するのだ。日本では白か黒かの単純な答えを出す議論を好む。あいまいさを受け止め、それを前提に確率で対処することを理解する人が少ない。
リスクを下げる事には、多くの場合にコストがかかる。例えば原発ゼロには、リスクがなくなっても、他のエネルギーを使わなければならないというコストがかかる。全体最適を満たす落としどころを考えなければならない。
–原発を止める事で、今どのような損失があるだろうか。
財政と社会保障の立て直しで、未来への不安を払拭することが、日本では優先順位の高い課題だろう。そのために昨年に消費税を現行の5%から、2014年に消費税を8%、15年に10%にすることが決まった。消費増税分は3%分で8兆円と試算されている。
ところが原発の停止で、エネルギーの購入費用の増加は2012年度で3兆円以上。円安が進むと見込まれるになる13年にはもっと増えるだろう。消費増税分の半分という巨額だ。無資源国日本で、その資金は国内に還流することなく、海外に流失してしまう。
負担者は国民で、いずれ電力料金に跳ね返る。これは貿易赤字の原因になり、日本経済に悪影響が目立ち始めるだろう。税収の低下は復興の妨げになる。電力会社の経営危機は国民負担の増大につながる。電力への不安は、産業界の国外移転を加速させる可能性さえある。
さらに外交上も問題だ、海外の資源国が日本の足下を見て、さまざまな交渉で優位に立っている。私は、国内外の投資家や金融機関と意見交換を頻発にするが、その人々は原発政策で見せた「ルールのない」「思いつき」の今の日本の政治・行政に不信感を持っている。
エネルギーをめぐる問題は、電力業界の問題でも、経産省だけの問題でもない。財務省、外務省、国土交通省、そしてそれを統括する自民党政権は、日本全体に悪影響が広がっている現状を認識すべきだ。そして国民一人ひとりも、問題を自分にかかわることとして受け止めるべきであろう。
短期では原発再稼動、長期では冷静な議論を
–自民党政権が12月に誕生しても原発は止まり続けている。
自民党政権が参議院選挙前に、国民の間で議論のある原発問題を先送りしようと言う姿勢は分かる。私は一日でも早く、政権を安定させ、山積する難しい問題、例えばTPP、社会保障の見直しで方向をつけてほしい。私は自民党を特に支持するわけではないが、毎年のように政権が代わり、何も決められず悪影響が日本全体に及ぶ最近の状況を振り返れば、どの政党でも政治の安定が本当に必要と思う。
自民党は、3年かけて原発の将来を議論するという方針を選挙でかかげ、それをまだ変えていない。原発問題、そしてエネルギーの選択はゆっくり考え、合意を積み重ねる必要があるだろう。そうした合意は政策の遂行をスムーズにする。
ただし、短期的には原発は、早急に再稼動をする必要がある。なぜなら、出血のように、今この時点で、予定外の莫大なエネルギー購入費が国外に流失し続けているからだ。
–落ち着いた議論をするためには何が必要か。
先ほどいった確率的な発想を取り入れ原発を使う、使わないことによるメリット、デメリットを確認することが必要だ。福島原発事故があり、最近まで原発を巡る激しい反対運動があった。世論も落ち着き、人々も冷静にエネルギー問題を議論する状況になりつつあるのではないか。「落ち着いていない」「原発の即時廃炉が民意」と誤解している一部のメディア、そして勘違いした政治家が騒いでいる。しかし原発をすぐに止めようとする人は現時点では少なくなっているだろう。
そして冷静な議論と合意を重ねるべきだ。その際には、レッテル貼りや、賛成と反対の二分論など、雑な議論を止めなければならない。例えば、私が原発を使いこなそうと主張すると「推進派」と批判される。しかし代替のエネルギー源があれば、原子力を選択しようとは言わない。ここで言う代替とは、国民負担が少ない形で代わりになる電源という意味だ。
さまざまなエネルギー源を見ると、原子力の代わりになるものは、当面見当たりそうにない。もちろん反対論を含めたあらゆる意見を尊重したい。しかし冷静な議論を積み重ねれば、私たち日本国民が選んだ政治家たちは、適切な答えを導き出す事ができると、私は信じている。
取材・構成 アゴラ研究所フェロー ジャーナリスト 石井孝明
(2013年2月4日掲載)
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筆者は1960年代後半に大学院(機械工学専攻)を卒業し、重工業メーカーで約30年間にわたり原子力発電所の設計、開発、保守に携わってきた。2004年に第一線を退いてから原子力技術者OBの団体であるエネルギー問題に発言する会(通称:エネルギー会)に入会し、次世代層への技術伝承・人材育成、政策提言、マスコミ報道へ意見、雑誌などへ投稿、シンポジウムの開催など行なってきた。
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