オマージュ:モーリー・ロバートソンと「エポケー」と「核」
(編集部より)国際ジャーナリストのモーリー・ロバートソン氏が急逝されました。アゴラのシンポジウムや番組でも、鋭くも知性に満ちた言葉を届けてくださった氏の、あまりに早すぎる別れに、編集部一同深い悲しみに暮れています。
本稿は、著者の澤田哲生氏が、親交の深かった氏との20年にわたる歩みと、その知の原点を振り返った追悼の記録です。モーリー氏が遺した情熱と洞察を、読者の皆様と共有できれば幸いです。
モーリーとの邂逅と21世紀COE
約20年前、日曜日の早朝5時。
たまたまJ-WAVEにチューンしていた私は、珍しくも愉快なものを聴いていた。
『あっ、あのモーリー・ロバートソンだ!』と思った。
モーリー独自分析の国際情勢をけたたましく喋りまくっている。
バックグラウンドにはシンセサイザーらしき音が鳴り響いている。
Early Morley Birdという番組だった。
“あのモーリーだ”と思ったのは、モーリーを最初に見かけたのは地上波TVの情報番組で、東大とハーバード大の両方に合格した大秀才というような触れ込みだった。
モーリーの合格体験記「よくひとりぼっちだった」が5万部を超える大ヒットとなった1984年のことだった。
日曜日の早朝、けたたましく国際情勢を分析するモーリーの調子は、眠気をこする私になぜかとても心地よく響いた。
そして、私のなかに『この人物を大学に呼んで講演会をしよう』という構想が沸き起こった。
当時、東工大・原子炉工学研究所(現東京科学大学・ゼロカーボンエネルギー研究所)は文科省の21世紀COEというプログラムを実施しており、私もそこに参画していた。モーリーの講演は「モーリーが語る足で稼いだ国際情勢、そして核の問題」という演題で2008年2月18日に200名近い聴衆を集めて盛大に実施された。
東京工業大学21世紀COEプログラム「世界の持続的発展を支える革新的原子力」
モーリーの講演で『核』にふれた箇所は、モルドバ国あたりのドニエストル河沿岸に広がる紛争地域“沿ドニエストル”が、ロシアの核の流動化、とりわけ核物質や核兵器の密輸の拠点になっている疑念があるというような趣旨であった。
モーリー大学
モーリーの講演は大好評で、その後『モーリー大学』という看板を立てて5回ほどモーリーの講義を東工大で行った。
モーリーの講演会はいつ聴いてもスピード感が満載で痛快なものだった。
あまり知らないような情報が満載。モーリーは英語はもちろんネイティブで、さらに多言語を操っていたようなので、英語を始め原語情報を巧みに集めていたようだ。
講演会の後は、いつも大岡山の居酒屋を借り切って、参加者との交流会を催した。そのころはモーリーはアルコールは一滴も口にしなかったが、ソフトドリンクを口にしながら様々な談義に打ち興じていた。
実に愉しいひとときだった。
アナログシンセで“神を見た”モーリーのエポケー
モーリーと私の交流は3.11直後しばらくまで続いたが、2016年にモーリーが爆発的にメジャー化した頃以降はとんと会うことがなくなっていた。
そもそもモーリーとは何者なのか?
彼からはハーバード大学でアナログシンセ『サージ』をツールにして卒業研究をしたと聞いた。
モーリーの言葉で印象的だったのは、「センセー、ハーバードで神を見ましたよ!」というもの。
卒業研究の指導教官はとにかく厳しくて、全く妥協を許さない───モーリーは厳然としていっさい妥協をゆるさず揺るぎない指導教官の態度の前に幾度となくうち挫けそうになったがなんとか乗り切った・・・その卒論研究のクライマックスでまさに“神を見た”心境に至ったというのである。
モーリーと親しく付き合っている間、不思議に感じていたことがある。
それは表面的には機関銃のように激しく言葉を乱射し解説しまくっているのだけれども、私にはどこか“静止感”が拭いきれない。
わたしはモーリーのなかに『エポケー』を感じていた───と思った。
フッサールの現象学でいうエポケーであり、その原義は「停止」とか「中断」といった意味である。
どういうことかというと、表面的なところでモーリー・コンピューターは機関銃のようにしゃべくりまくっているのだが、その一方で一旦停止しながら内面的なコンピューターで思考しまくっている・・・といえばいいのだろうか。
エポケーするには、判断を一旦停止して、じっくり耳を傾けて観察する必要がある。これによって、先入観なしに、物事をあるがままにとらえられる。それがより深い洞察や新奇なアイデアを導き出す。
そこで思い出すのはハーバードのアナログシンセだ。
モーリーが「エポケーしている」感じは、彼のアナログシンセのライブに現れているように思う。
モーリーよ永遠に!
わたしがモーリー・ロバートソンととても親密にしていた頃、モーリーは時折スポンサーとうまくいかない───しかし自分をまげたくないというようなことをこぼしていた。いまひとつ〝ビヨーン〟と伸び出せない自分にイラついているようにも見えた。
道端で予期せず出会ったもののインパクトは大きい。
2021年の夏。出張途上で東京駅の書店にフラッと立ち寄った。そのとき私の目に飛び込んできたのは店頭にうず高く積まれたNews Week日本版だ。

「奇才:モーリー・ロバートソンの国際情勢入門」と表紙にある。
私は思った。『これで名実ともれっきとした国際ジャーナリストだな』と。そして感銘をあらたにした。
その後モーリーは、ますますモーリー独自の世界観を世に広めていった。
NHKの大河など、役者もこなしていた。
まさに〝ビヨーン、ビヨーン〟と伸びに伸びていった。モーリー自身にも快哉の感があったのではないかと推察する。
それにしても、唐突にあまりにも疾くいってしまった。
この世でまた会いたいという希は絶たれてしまった────
エポケー満載のモーリー、またどこかで会おう!
そして最後までモーリーに寄り添った池田有希子さん、ありがとう!
関連記事
-
先日のTBS「報道特集」で「有機農業の未来は?」との特集が放送され、YouTubeにも載っている。なかなか刺激的な内容だった。 有機農業とは、農薬や化学肥料を使わずに作物を栽培する農法で、病虫害に遭いやすく収穫量が少ない
-
「世界はカーボンニュートラルへ一丸となって歩み始めた」「米国トランプ政権がパリ協定を離脱しても、世界の脱炭素の流れは変わらない」——といった掛け声をよく聞く。そして日本では脱炭素のためとしてグリーントランスフォーメーショ
-
気象庁は毎年気候変動監視レポート(以下、レポート)を出している。これまでは冊子がメインだったが今年からウェブ版のみとなった。 https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/monitor/inde
-
ドイツでは各政党にシンボルカラーがあり、昨年11月までの政府は、社民党=赤、自民党=黄、緑の党=緑の三党連立だったので、「アンペル(信号)」と呼ばれた。しかし、今は黄色が抜けて、「レッド・グリーン(rot/grün)」政
-
有馬純 東京大学公共政策大学院教授 2月16日、外務省「気候変動に関する有識者会合」が河野外務大臣に「エネルギーに関する提言」を提出した。提言を一読し、多くの疑問を感じたのでそのいくつかを述べてみたい。 再エネは手段であ
-
東北電力原町火力発電所(福島県南相馬市)を訪れたのは、奇しくも東日本大震災からちょうど2年経った3月12日であった。前泊した仙台市から車で約2時間。車窓から見て取れるのはわずかではあるが、津波の爪痕が残る家屋や稲作を始められない田んぼなど、震災からの復興がまだ道半ばであることが感じられ、申し訳なさとやるせなさに襲われる。
-
トランプ政権は、バイデン政権時代の脱炭素を最優先する「グリーンニューディール」というエネルギー政策を全否定し、豊富で安価な化石燃料の供給によって経済成長と安全保障を達成するというエネルギードミナンス(優勢)を築く方向に大
-
表面的に沈静化に向かいつつある放射能パニック問題。しかし、がれき受け入れ拒否の理由になるなど、今でも社会に悪影響を与えています。この考えはなぜ生まれるのか。社会学者の加藤晃生氏から「なぜ科学は放射能パニックを説得できないのか — 被害者・加害者になった同胞を救うために社会学的調査が必要」を寄稿いただきました。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間
- 秋田に2兆円AIデータセンター:「風力発電が決め手」は本当か
- AfD排除で進む「ドイツ民主主義の侵食」:ベーメ=ネスラー教授の警告
- COPの理想論に冷水:S&Pグローバルが描く2060年のエネルギー
- 廃棄物もCO2も捨てたら価値はゼロになるのか? 炭素というレンズで読む思想史
- データが示す石油輸入の中東依存度の実態
- トランプが気候変動は「いかさま」だという理由
- スコープ3に代わる新たな炭素会計?「E-ledgers/E-liability」とは
- 正確だった国の“脱線”:ドイツ鉄道という国家の縮図
- 系統用蓄電池の問題点とはなにか?
- 全世界の町工場まで炭素簿記を義務化? E-ledgersという無理ゲー


















