スコープ3に代わる新たな炭素会計?「E-ledgers/E-liability」とは

E-ledgers Institute HPより
日本国内では2026年4月から上場企業に対して「スコープ3」の算定・開示が義務化されました。大変残念です。筆者は以前から、スコープ3は義務化ではなく自由化すべきと主張してきました。
- スコープ3は「やってる感」だけ:CO2爆増中のMicrosoftが証明してくれた | アゴラ 言論プラットフォーム
- 電力爆食いの生成AIにスコープ3を計算させる狂気 | アゴラ 言論プラットフォーム
- オーストラリアも脱炭素開示を簡素化:スコープ3の厳格監査は無理 | アゴラ 言論プラットフォーム
改めて、スコープ3が抱える課題を整理します。
- 数万社にのぼるサプライチェーン上で100%の実測(一次データ取得)は不可能。
- 推計の元となる「排出係数」「原単位」が、同じ品目であっても国やデータベースによって桁が違うほど異なる。
- 国際的に統一された算定手法など存在しない。使用する係数が各社でバラバラのため、ESG評価や企業間比較にはまったく使えない。
- 係数は毎年更新されない。品目によっては15年前、20年前の古い係数をそのまま使用することになる。したがって、企業が帳簿上の数値を削減するためには、「活動量」、すなわち事業活動やビジネスを縮小するほかない。
- 推計値では具体的な削減目標が立てられない。CO2削減施策による効果測定もできない。
仮に、同じ鉄1トンであっても、同じ電子部品1個であっても、使用する係数によって倍半分も異なるCO2排出量になったり、再エネ100%の工場でつくろうが石炭火力100%の工場でつくろうがまったく同じCO2排出量になったりします。サプライヤーや電力会社による省エネ努力、CO2削減努力が反映されることはありません。
近年、世界中で産業界や現実派の専門家から同様の声が上がってきました。その結果、米国および欧州各国でスコープ3の開示義務化が取り下げとなり、算定する場合でも対象企業やデータの範囲が次々と簡素化される「スコープ3離れ」が起きています。
筆者はこのまま世界中で義務化から自由化の流れになればよいなと考えていたのですが、スコープ3の次を見計らったかのように、また新たな炭素会計が登場しそうです。「E-ledgers(環境元帳)/E-liability(環境債務)」といいます。ハーバード大学のRobert Kaplan教授らが提唱し、E-ledgers Institute(イー・レジャーズ・インスティテュート)が開発・普及を進めています。
E-ledgers Instituteは、GHGプロトコルが策定したスコープ3の問題点を、①時代遅れの統計や推計値への過度な依存、②サプライチェーン内での重複計上、③サプライチェーン内で過去(自社よりも上流)と未来(自社よりも下流)を混在して計上、と指摘しています。これらは筆者も大いに賛同します。特に③は目から鱗でした。ご指摘のとおり!
そこでE-ledgersでは、財務会計における『複式簿記』の仕組みやブロックチェーンなどの情報技術を組み合わせ、サプライチェーン上の直接排出量を積み上げることが企図されています。
原材料メーカーが直接排出したCO2データを記載した電子伝票(e-ledger)を発行して、次の顧客企業へ渡します。仕入れた原材料や部品とともにCO2データを受け取った企業は、自社の直接排出量を上乗せして、また次の顧客企業へ渡します。鉄鉱石→鉄鋼→部品→自動車……など製品と一緒に「CO2の伝票」を数珠つなぎに回していくわけです。そして、CO2データに応じた製品価格への上乗せ(価格転嫁)も行います。
財務会計において製品価格が上流から下流まで積み上がって流れてくるのと同じようにCO2データも流す。これなら10年前や15年前などの古い排出係数は必要ありません。サプライチェーン内で複数企業による二重計上・三重計上だという批判もかわせるし、川上(原材料採掘段階や調達段階)と川下(使用段階や廃棄段階)をごちゃ混ぜにして同じ年度内に無理やり合わせ込むといった混乱も起こらず、スコープ3に対して指摘されてきた多くの欠陥が解消します。
しかも各社が足すのは自社で直接大気中に排出したCO2(つまりスコープ1)データのみです。これはいい!実測・管理・削減が可能なスコープ1のみへ焦点を当てる考え方には筆者も大いに賛同します。
Kaplan教授らは、この仕組みによって財務諸表のように正確(accurate)、適時(timely)、比較可能(comparable)、監査可能(auditable)な環境元帳を作成できる、と主張しています。
E-ledgersは、スコープ3で指摘されてきた様々な問題点を解決しようとする提案のように見えます。しかし、その理念と実務の間には大きな隔たりがあります。次回から複数回に分けて、E-ledgersが抱える構造的な欠陥とその実効性について検証します。
■
関連記事
-
気候研究者 木本 協司 1960-1980年の気象状況 寒冷で異常気象が頻発した小氷河期(1300-1917)以降は太陽活動が活発化し温暖化しましたが、1950年頃からは再び低温化傾向が始まりました。人工衛星による北極海
-
既にお知らせした「非政府エネルギー基本計画」の11項目の提言について、3回にわたって掲載する。今回は第3回目。 (前回:非政府エネ基本計画②:太陽光とEVは解答ではない) なお報告書の正式名称は「エネルギードミナンス:強
-
いまや科学者たちは、自分たちの研究が社会運動家のお気に召すよう、圧力を受けている。 Rasmussen氏が調査した(論文、紹介記事)。 方法はシンプルだ。1990年から2020年の間に全米科学財団(NSF)の研究賞を受賞
-
先日、朝日新聞の#論壇に『「科学による政策決定」は隠れ蓑?』という興味深い論考が載った。今回は、この記事を基にあれこれ考えてみたい。 この記事は、「世界」2月号に載った神里達博氏の「パンデミックが照らし出す『科学』と『政
-
去る2024年6月11日に米下院司法委員会が「気候変動対策:環境、社会、ガバナンス(ESG)投資における脱炭素化の共謀を暴く」と題するレポートを公開しました。 New Report Reveals Evidence of
-
昨年夏からこの春にかけて、IPCCの第6次報告が出そろった(第1部会:気候の科学、第2部会:環境影響、第3部会:排出削減)。今回から、環境影響(impact)を取り扱っている第2部会報告を読んでいこう。 まず今回は「政策
-
グローバル・エネルギー・モニターという団体が石炭火力発電動向に関する報告書を発表した。 分かり易い図がいくつかあるので紹介しよう。 まず2023年の1年間で、追加された石炭火力設備容量と(赤)、退役した石炭火力設備容量(
-
著名なエネルギーアナリストで、電力システム改革専門委員会の委員である伊藤敏憲氏の論考です。電力自由化をめぐる議論が広がっています。その中で、ほとんど語られていないのが、電力会社に対する金融のかかわりです。これまで国の保証の下で金融の支援がうながされ、原子力、電力の設備建設が行われてきました。ところが、その優遇措置の行方が電力自由化の議論で、曖昧になっています。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間
















