原爆の被害者調査からみた低線量被曝の影響 — 可能性の少ない健康被害
広島、長崎の被爆者の医療調査は、各国の医療、放射能対策の政策に利用されている。これは50年にわたり約28万人の調査を行った。ここまで大規模な放射線についての医療調査は類例がない。
オックスフォード大学名誉教授のW・アリソン氏の著書「放射能と理性」[1]、また放射線影響研究所(広島市)の論文[2]を参考に、原爆の生存者の間では低線量の被曝による健康被害がほぼ観察されていないという事実を紹介する。
調査の背景
放射線衛生研究所(RERF)の調査によって、次のような事実が把握されている。原爆が投下されたときに、広島と長崎の人口は合計42万9000人だった。熱と放射線の影響で、即座に10万3000人以上が死亡した。爆発直後の情報は欠落が多いが、1950年以降は生存者28万3000人の医療記録が存在している。
記録で判明した人のうち1950年から2000年までにがんで亡くなったのは原爆投下時の全人口比7.9%、がん死亡者の中で放射線由来のがんで亡くなったと推定される人は0.4%とされている。これは、以前に考えられていたものよりも、かなり低い割合だ。RERFは約8万7000人の被曝量を推定している。行動データ、その後の検査などから、推計した。
またRERFはLNT仮説と被曝しなかった日本人の死亡データを参考に放射線の被爆線量による、白血病、固形がんの発症予測も行っている。LNT仮説(しきい値なし直線(Linear No Threshold:LNT)仮説)とは、「放射線はたとえ僅かな線量であっても有害であり、がんにかかりやすくなる度合いは、浴びた放射線量に比例して高くなる」というものだ。
被爆者の調査結果
図の1と2は原爆生存者のうち、1950年から2000年までに白血病とがんで死亡した人の数だ。白血病では200ミリシーベルト(mSv)、がんでは100mSv以上で死亡者数は予想値よりも実際の数の方が多い。それ以下の水準の被曝では放射線の増加による健康被害は観察できない。
この結果は、低線量被曝における健康被害の可能性が少ないこと、被曝のしきい値(それを境にしてある現象が増える数値)は100mSv程度と推定されることの参考情報として、各国の政策決定者、医療関係者は受け止めている。
福島第一原発事故では、それによって一般市民が100mSv以上の被曝を受けた報告はない。被爆者の情報から考えると、この事故による健康被害の可能性は少ない。
脚注:
[1] ウェイド・アリソン「放射能と理性−なぜ100ミリシーベルトなのか」徳間書店、2011年
[2] Dale L. Preston, et al. ’Effect of Recent Changes in Atomic Bomb Survivor Dosimetry on Cancer Mortality Risk Estimates’ RADIATION RESEARCH 162, 377–389, 2004.
| 被爆線量のレンジ(mSv) | 生存者数(人) | 死亡者数(実際) | (予測) |
|---|---|---|---|
| 5未満 | 37403 | 92 | 84.9 |
| 5-100 | 30387 | 69 | 72.1 |
| 100-200 | 5841 | 14 | 14.5 |
| 200-500 | 6304 | 27 | 15.6 |
| 500-1000 | 3963 | 20 | 9.5 |
| 1000-2000 | 1972 | 39 | 4.9 |
| 2000超 | 737 | 25 | 1.6 |
| 合計 | 86955 | 296 | 203 |
| アリソン「放射能と理性」などから編集部作成 | |||
| 被爆線量のレンジ(mSv) | 生存者数(人) | 死亡者数(実際) | (予測) |
|---|---|---|---|
| 5未満 | 38507 | 4270 | 4282 |
| 5-100 | 29960 | 3387 | 3313 |
| 100-200 | 5949 | 732 | 691 |
| 200-500 | 6380 | 815 | 736 |
| 500-1000 | 3426 | 483 | 378 |
| 1000-2000 | 1764 | 326 | 191 |
| 2000超 | 625 | 114 | 56 |
| 合計 | 86611 | 10127 | 9647 |
| アリソン「放射能と理性」などから編集部作成 | |||
関連記事
-
米国では温暖化対策に熱心なバイデン政権が誕生し、早速4月22日に気候サミットを主催することになった。これに前後してバイデン政権は野心的なCO2削減目標を発表すると憶測されている。オバマ政権がパリ協定合意時に提出した数値目
-
ESG投資について、経産省のサイトでは、『機関投資家を中心に、企業経営の持続可能性を評価するという概念が普及し、気候変動などを念頭においた長期的なリスクマネジメントや企業の新たな収益創出の機会を評価するベンチマークとして
-
小泉元首相の講演の内容がハフィントンポストに出ている。この問題は、これまで最初から立場が決まっていることが多かったが、彼はまじめに勉強した結果、意見を変えたらしい。それなりに筋は通っているが、ほとんどはよくある錯覚だ。彼は再生可能エネルギーに希望を託しているようだが、「直感の人」だから数字に弱い。
-
太陽光発電や風力発電のコストに関して我が国ではIEAなどの国際機関の研究報告結果で議論することが多いが、そもそも統計化するタイムラグが大きい事、統計処理の内容が明らかにされないためむしろ実際の入札での価格を見るほうが遥か
-
8月に入り再エネ業界がざわついている。 その背景にあるのは、経産省が導入の方針を示した「発電側基本料金」制度だ。今回は、この「発電側基本料金」について、政府においてどのような議論がなされているのか、例によって再生可能エネ
-
1. はじめに 原子力発電で使用した原子燃料の再処理によって分離される高レベル廃棄物(いわゆる「核のゴミ」)を地中深くに埋設処分するために、処分場の候補地となりうるか否かを調査する「文献調査」が北海道の寿都町、神恵内村、
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク「GEPR」(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
エネルギーの問題を需要側から考え始めて結構な年月が経ったが、去年ほど忙しかった年はない。震災後2011年4月に「緊急節電」というホームページを有志とともに立ち上げて、節電関連の情報の整理、発信を行い、多くの方のアクセスを頂いた。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














