日本のBWRの安全のために:事故調査や安全審査の足らざる点(井伊 厳四郎)

2025年06月17日 06:45

zhengzaishuru/iStock

沸騰水型原子炉(BWR)における原子炉の減圧過程に関する重要な物理現象とその解析上の扱いについて、事故調査や安全審査で見落としがあるとして、昨年8月に実証的な確認の必要性を寄稿しました。しかし、その後も実証的な確認は行われないまま、現在に至っています。

日本のBWRの安全のために:実証的機能確認の必要性

私が指摘するこの見落としは、福島第一原子力発電所2号炉および3号炉において、地震の数日後に原子炉を減圧する際、圧力が思うように下がらず、いずれも炉心冷却に失敗して炉心溶融に至った、未解明な事故経過と直接関係しています。

原子力規制委員会による安全審査資料を調査する中で、「このような設定で解析評価をしていたのか」と驚くような点が判明しました。すなわち、原子炉の減圧過程から低圧注水ポンプによる注水冷却への切り替えが困難となる現象に気づけず、また、用意された低圧ポンプの性能不足にも気づかないまま、同様の事故が再び起こり得るリスクが残されているという問題です。

この見落としの根源は、原子炉の減圧に用いる弁の吹き出し流量を、保守的であるとの意図から現実以上に高く設定した解析が、結果として逆に楽観的な評価を導いてしまっている点にあります。このため、低圧領域における代替注水ポンプの性能不足が見落とされたままとなっています。

1. 原子炉圧力が下がりにくくなる物理現象(流動様式の変化)の見落とし

BWRには、原子炉の圧力を下げるための主蒸気逃がし安全弁が複数設けられています。これらの弁は通常は閉じていますが、減圧の必要がある場合に開き、原子炉内の蒸気を格納容器側へ放出します。

原子炉の圧力が高く、格納容器側との圧力比が大きい段階では、蒸気は音速で流れ「臨界流」となります。このとき、下流の格納容器側の圧力の影響は上流には伝わらず、蒸気は膨張せず高密度のまま弁を通過します。

一方で、原子炉の減圧が進み、圧力比が約1.85未満(原子炉圧力が格納容器圧力の1.85倍以下)になると、蒸気流は臨界流から亜音速流へと変化します。亜音速流では、下流圧力の影響が上流に及び、蒸気は弁の上流側で膨張し密度が低下します。その結果、吹き出し質量流量が低下し、圧力が下がりにくくなります。

通常運転時にはこの現象の影響は小さいですが、格納容器側の圧力が0.8MPa G程度まで高まっているような過酷事故時には、原子炉圧力が1.6MPa G程度の段階からこの現象が起こり、減圧が著しく困難になります。

2. 解析での見落とし:高流量設定は必ずしも保守的ではない

現在の解析では、圧力低下に伴う流量の漸減を経て計算モデルを切り替える際、突然、さらに高い吹き出し流量が設定される場合があります。これは、「保守的」な見積もりのつもりで、炉心の冠水状態を厳しく評価しようとする意図によるものです。

しかし、現実には、前述のように亜音速流への変化により流量が減るため、高流量を設定することは現象を無視した過度に楽観的な評価となり得ます。圧力が実際よりも早く下がると見積もられ、低圧注水ポンプによる注水冷却の切り替えが容易であるかのような誤解を与えかねません。

主蒸気逃がし弁を開放し、減圧と同時に注水冷却へ移行する過程では、以下の二点の影響を両立して評価する必要があります。

  1. 減圧沸騰による炉水位の低下=マイナス影響
  2. 圧力低下により低圧ポンプが早期に起動可能=プラス影響

しかし、現行解析ではAのみを考慮し、高流量を設定することが保守的だと考えられています。これにより、Bの側面では非現実的な楽観的評価がなされているのです。

とくに低揚程・小容量の注水ポンプしか利用できない場合、Bの観点を過小評価することは、致命的な見落としとなります。

3. 日本の原子力技術者に足りなかったもの

福島第一原発2号・3号炉で冷却が失敗した原因は、長らく制御電源や窒素圧力の不足など現場対応の困難さに帰されてきましたが、本質的な原因は、流動様式の変化という物理現象とその解析上の取り扱いにあります。

日本独自の事故対応手順では、格納容器のベントを遅らせて圧力が高い状態で行うことが前提とされますが、その手順変更が、減圧過程で圧力が下がりにくくなる現象の引き金となり、それを見落としたままです。そして、そうした状況に対応できない低圧ポンプを備えていることにも、いまだ気づいていないのが現状です。

私はこれまで3年以上にわたり、主蒸気逃がし弁の流動様式の変化点の実証的確認と、解析評価で用いる流量設定の再検討を、原子力規制委員会に技術者として提言してきました。

低圧領域のポンプ性能不足は通常運転には関係しませんが、極めて稀な過酷事故時には致命的な影響を及ぼします。日本独自の手順を導入して30年、福島第一事故から14年が経つ今なお、なぜこれほど基本的な問題が見過ごされているのでしょうか?

私は、安易に解析を過信せず、実現象に立脚し、実証的確認を積み重ねる姿勢が必要だと考えます。規制する側もされる側も、「足らざる点」の探求を怠ってきたのではないでしょうか。

井伊 厳四郎
電力会社に30年以上勤務。原子力発電所の運転、保守、改造工事、プラント設計に従事。原子炉主任技術者資格保有。

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