放射能のリスクを生活の中のリスクと比較する

2012年04月16日 14:00

放射能の脅威が社会に残る

東日本大震災からはや1年が経過した。昨年の今頃は首都圏では計画停電が実施され、スーパーの陳列棚からはミネラルウォーターが姿を消していた。その頃のことを思い返すと、現在は、少なくとも首都圏においては随分と落ち着きを取り戻した感がある。とはいえ、まだまだ震災後遺症は続いているようだ。

その後遺症のひとつに放射性物質に関する人々の認識がある。放射性物質には発がんリスクがあるとの考えは間違ってはいない。しかし、震災から1年が過ぎて、今回の放射性物質の流出は、ごく一部を除けば恐れなくてもよいレベルであることがわかってきたにもかかわらず、必要以上に恐れている人がいるようだ。

その「恐れ」が、とにかく放射性物質を可能な限りすべて排除しなければ気が済まないとの考えにつながり、結果として、食品中の放射性物質(この場合、セシウムやストロンチウム)の基準値が大幅に引き下げられるなどの措置が講じられている。生協系の生活クラブはその基準値でも甘すぎると考えたのか、自主基準として国よりはるかに厳しい基準値(たとえば米や牛乳は10ベクレル/kg)を設けている。

しかし、今回の放射性物質の被ばくによる発がんリスクが、そのほかの生活習慣によるリスクと比較して、どの程度大きいのか(あるいは小さいのか)については、ご存知ない方も多いだろう。そこで本稿では、さまざまな生活習慣による疾病リスクを数値化して、これを放射性物質の被ばくリスクと比較することで、リスクとどのように付き合うべきかについて考えてみたい。

恐れるだけではなく、リスクを数値化して向き合う

表1(別ページ)は、さまざまな生活習慣による疾病リスクを「相対リスク比」として示したものである。相対リスク比とは、「疾病する確率」が生活の項にある行為によってどれだけ増減するかを示したものである。「相対リスク」という言葉からも理解いただけると思うが、この数値は、生活の項にある行為を行わない人のリスクを1として、行為を行う人のリスクの増減を比率で表している。

たとえば喫煙の項では、タバコの喫煙による肺がんの相対リスク比が3.7となっている。肺がんは、喫煙しなくても発症する可能性がある。ここで、非喫煙者が肺がんにかかる確率をaとすると、喫煙者が肺がんにかかる確率は3.7×aとなる。すなわち、相対リスク比3.7とは、喫煙者は非喫煙者に比べて肺がんにかかる確率が3.7倍となることを意味する。同表の最上段に100ミリシーベルト(mSv)被ばく時の発がん(全がん)の相対リスク比を示した。

なお、同表に示した数値は、疫学調査(すなわち人間を対象にした調査)の結果に基づいたものであり、いわゆる動物実験の結果から推計したものではない。当然のことながら同表に示した数値には統計的な誤差が含まれるほか、民族や地域、生活習慣によっても異なる結果となりうる。しかし、調査は適切に行われていると考えられ、信頼性は高いものと考えられる。

リスクに囲まれた私たちの生活

同表を眺めると、我々の普段の生活習慣が、いかにリスクに晒されているかがおわかりいただけるであろう。喫煙が肺がんの、飲酒が肝臓がんの原因となりうることは、広く知られているが、それ以外にもさまざまなリスクがあることがわかる。

さて、大小を比較してどう思われるだろうか。確かに放射性物質に被ばくすれば発がんのリスクが高まる。これは事実である。しかし、相対リスク比は100 mSvの被ばくで1.005である。すなわち、100 mSvの被ばくがなかったときの発がん率をaとすると、100 mSvの被ばくにより、1.005×aとなると推定される。

これに対して、それ以外の生活習慣のリスクはどのようなものだろうか。喫煙による肺がんの相対リスク比は3.7、ピロリ菌感染による胃がんの相対リスク比は2.6、ストレスによる脳卒中の相対リスク比は2.5である。

これの意味するところは、リスクを下げたいのであれば、現在の放射性物質を怖がるよりも、喫煙やピロリ菌、飲酒、ストレス、野菜不足などをこそ恐れるべきだということである。換言すれば、わずか数百ベクレル(Bq)の放射性物質を取り除こうとするよりは、酒やたばこを控えたり、毎日きちんと歯を磨いたり、ストレスをためないようにしたり、野菜を積極的に摂取する方が、リスクを減らすためにはよほど効果的だということである。

これらのことに触れずに、放射性物質のリスクだけをことさらに強調するのは、バランスを欠いた議論だと言わざるを得ない。

ところで、ここまでの拙文をお読みになればお分かりいただけると思うが、そもそも「絶対安全」というものはないのである。放射性物質を避ければ絶対安全かと言えば、そのようなことはなく、異なるリスクが厳然として存在する。そしてそのリスクの大きさは、避けたリスクよりも大きいかもしれない。被ばくを恐れて子供を外で遊ばせなかったら、ストレスがたまるかもしれない。ずっと家の中にいたら運動不足になるかもしれない。それらのリスクは、避けたリスクより大きいかもしれない。

つまり私たちが考えるべきは、ある特定のリスクだけをゼロにすることではなく、さまざまなリスクがある中で、トータルとしてリスクを減らすことである。その意味で、巷間を賑わせている「放射性物質だけを可能な限り減らす」という議論には注意が必要だ。トータルとしてみたときに、本当にリスクが減っているのかどうか、かなり怪しいからだ。

表1(別ページ)についてはさまざまな観点から議論ができる。GEPRでは今後もリスクについての情報を提供していきたい。

This page as PDF

関連記事

  • 以前、CO2による海洋酸性化研究の捏造疑惑について書いた。 これを告発したクラークらは、この分野で何が起きてきたかを調べて、環境危機が煽られて消滅する構図があったことを明らかにした。 下図は、「CO2が原因の海洋酸性化に
  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 以前、「IPCC報告の論点⑥」で、IPCCは「温暖化で大
  • 政府は今年6月にグリーン成長戦略を発表した。ここでは「環境と経済の好循環」を掲げ、その手段としてカーボンプライシング(炭素税)をあげているが、本書も指摘するようにこのメッセージは矛盾している。温暖化対策で成長できるなら、
  • 寿都町長選 世の中は総選挙の真っ只中である。そんな中、北海道寿都町で町長選が10月26日に実施された。 争点は、原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物(いわゆる「核のごみ」)の最終処分場選定に関わる『文献調査』を継続す
  • ソーラーシェアリングとはなにか 2月末に出演した「朝まで生テレビ」で、菅直人元総理が、これから日本の選ぶべき電源構成は、原発はゼロ、太陽光や風力の再生可能エネルギーが主役になる———しかも、太陽光は営農型に大きな可能性が
  • 今回はマニア向け。 世界の葉面積指数(LAI)は過去30年あたりで8%ほど増えた。この主な要因はCO2濃度の上昇によって植物の生育が盛んになったためだ。この現象は「グローバルグリーニング」と呼ばれる。なお葉面積指数とは、
  • 今年の国連気候変動サミットを前に、脆弱な国々が富裕国に対して、気候変動によって世界の最貧困層が被った損失に対する補償を支払うよう要求を強めているため、緊張が高まっている。約200カ国の外交官が11月7日にエジプトのシャル
  • ウォール・ストリート・ジャーナルやフォーブズなど、米国保守系のメディアで、バイデンの脱炭素政策への批判が噴出している。 脱炭素を理由に国内の石油・ガス・石炭産業を痛めつけ、国際的なエネルギー価格を高騰させたことで、エネル

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑