今あえて言う、「がんばれ、東電」
(IEEI版)
東電は叩かれてきた。昨年の福島第一原発事故以降、東電は「悪の権化」であるかのように叩かれてきた。旧来のメディアはもちろん、ネット上や地域地域の現場でも、叩かれてきた。
その結果、昨年から今に至るまで、1000人近くの東電社員が社を去った。もちろん、叩かれても仕方がない東電の体質があった。先日公開された原発事故時のテレビ会議の様子を見れば、オペレーターとして原発を運転する組織・人材能力があるのかと疑問に思う人も多いだろう。また、値上げに際しては、「事業者の権利であり、義務でもある」と発言した社長の感覚に、殿様商売的な東電体質に怒りを感じた人が多いことももっともだと思う。
国から資本が注入され、多くの外部取締役が経営の実権を把握した現在、以前の「東電王国」復活はありえない。そんなことを夢想している東電OBや現役プロパーがまだいるとしたら、「あきらめなさい」と言いたい。
しかし、ピンチはチャンスである。東電は、これまで自分たちでさえ経験したことがない立派な会社になることができる。なぜなら、東電パーソンの多くは、電気という経済・生活に必須のインフラ・サービスの供給を守っていきたいと純粋に思っている人たちだからだ。それは、彼ら彼女らの入社以来変わらない思いなのである。その思いを、素直に実際の仕事に結びつけていくことで、信頼は必ず回復できる。
福島第一原発事故以降、現場で文字通り石を投げられても、罵声を浴びせられても、歯を食いしばって電気の供給を絶やさぬように、必要な仕事を黙々とこなしてきた。この人たちには、発送電分離も自由化も、全く異次元の世界での出来事だ。毎日の電気の供給こそが、東電パーソンの矜恃なのだ。
首都を含む関東一円の電力インフラを支える会社、東京電力。東電の再生は極めて困難だが、必ず達成しなければならない重大な課題である。それは東電社員だけではなく、関東で電気を消費している我々すべてにとっての課題である。東電を叩いてばかりいても、何の前進もない。我々みんなが東電再生のステークホルダーなのである。
だからといって、現在の東電を甘やかす必要はない。これまでの自らの欠点を自らが指摘し、改善策を用意し、即実行に移していく。その成果を世に問うことによって初めて、東電は自らを正当に再評価してほしいという資格を得られるということを、東電幹部・社員は忘れないでほしい。
東電が世の中の信頼を回復し、「おっ、ちょっと変わったな」という評価を得るために必要な条件は3つある。
第一に、福島の復興への貢献である。もちろん適切な賠償を進めることは重要な仕事だが、それだけでは足りないし、事務に携わっている現場のモチベーションも上がらない。避難を余儀なくされた地域をどうやって復興するのか、雇用は、インフラ整備は、生活基盤は、教育機会は・・・・一からの町づくりのために、社員が(原子力部隊もそれ以外の部隊も区別なく)一体となってアイデアと実労働を出すことができるかが問われている。
第二に、原発過酷事故を起こした事業者としての責任である。その時まで原発運営に携わっていた人たちが、いまさら自分たちの判断についての合理性を必死で弁護しても、何の意味もない。その人たちが、今後とも日本には原子力が必須のエネルギーだと考えるのであれば、自己弁護ではなく自己反省に時間と労力をかけて、教訓を体系化していくことが重要だ。その体系化された「知」を、自社の後輩たちはもちろん、世界中の事業者に対して、貴重な情報蓄積として伝達していくことが、十字架を負った人たちの使命であり、責任の取り方であるべきなのである。
第三に、創造的な経営ビジョンの立案と実行だ。事故収束や賠償・除染などの仕事があることは当然だ。しかし、今後志のある人が東電に残って、生まれ変わった東電を造りあげたいという意志を持ち続けるためには、前向きな経営ビジョンが必要だ。電力インフラにとどまらず、今後は総合エネルギー企業として、国際的な競争に身を投じるという堅固な決意を、社全体で共有することが重要だ。自由化議論を逆手にとって、ダイナミックな事業展開のロードマップを示すことを期待したい。
もちろん、こうした必要条件を満たしたからといって、すぐに東電に対する信頼が回復するとは限らない。信頼回復の十分条件は何か、あるいは十分条件自体が存在しないのか、そこはいまわからない。わかるはずもない。しかし、やぶれかぶれでいいから、前に歩を進めることが重要なのだ。回ることをやめれば、コマは停止してしまう。
実は私は、東電は最近変わりつつあると見ている。上記の必要条件について、第一の点は、11月7日に公表された東電の「再生への経営方針」で、福島復興本社(仮称)構想が示され、石崎副社長がそのヘッドに任命された。石崎氏は福島第二原子力発電所の所長として赴任したときから同地に惚れこみ、単身赴任期間中ほとんど東京に戻ってこないのみならず、定年退職後は福島に拠点を移そうと震災前に既に家探しを始めていたという。本気度満点の人事である。
第二の点は、原子力改革特別タスクフォースの10月12日の資料を見てもらいたい。ここには、これまでの自社の調査報告書などには見られない率直な反省と改善の方向が示されている。他社が十分参考にすべき内容だと言えよう。
原子力規制委員会が検討している新たな安全基準に加えて、ソフト面でのマネジメントとして他社も取り入れていってもらいたい点が豊富に指摘されている。
第三の経営ビジョンについても、社内カンパニー制の導入を皮切りに、今後自由化や原子力の事業体制に関する国の制度設計が進展するにつれ、さまざまな事業展開のアイデアが出てくる予感はある。
福島第一原発の事故は、被災者の方々や立地自治体に大きなショックと怒りをもたらした。実は、それは東電社員にとっても同じだったのである。その後国有化されるまでの1年間の東電には、ある意味「経営」と言えるものはなく、手足も麻痺していたとしかいいようがない。
しかし、ここに来てようやく、来し方を見つめ、行く末を考える気運が出てきた。
東電内部の改革志向グループは、必ず姿を現わすであろう自社関連の抵抗勢力、ニヒリスティックに論評を加える外部のメディアや「有識者」などは無視して、こうした改革をどんどん進めていってほしい。
私は、こうした方向での改革を支持したい。だから、今あえて言う、「がんばれ、東電」と。
(2012年12月3日掲載)
![This page as PDF](https://www.gepr.org/wp-content/plugins/wp-mpdf/pdf.png)
関連記事
-
中国の環境汚染が著しい。空気、水、温室効果ガスの排出などの点で、急速な工業化と緩い規制によって環境破壊が広がる。しかし正確な情報は国内外に伝えられず、都市部を中心に中国国民の健康被害が伝えられ、政情不安の一因になっているとされる。東シナ海の汚染、PM2・5(微小粒子状物質)などによる大気汚染、酸性雨による日本への影響が懸念されている。温室効果ガスについては、中国は2010年には米国を抜き、世界最大の温室効果ガス排出国になった。中国は全世界のCO2のうち、約25%(日本は約6%)を排出している。
-
次世代の原子炉をめぐって、政府の方針がゆれている。日経新聞によるとフランス政府は日本と共同開発する予定だった高速炉ASTRIDの計画を凍結する方針を決めたが、きのう経産省は高速炉を「21世紀半ばに実用化する」という方針を
-
新潟県知事選挙では、原発再稼動が最大の争点になっているが、原発の運転を許可する権限は知事にはない。こういう問題をNIMBY(Not In My Back Yard)と呼ぶ。公共的に必要な施設でも「うちの裏庭にはつくるな」
-
5月12日の日経電子版に「『リスク拡大』批判浴びる日本の石炭火力推進計画」というフィナンシャルタイムズの記事が掲載された。「石炭火力を大幅に増強するという日本の計画は誤った予測に基づき、日本は600億ドル超の座礁資産を背負い込むになる」というセンセーショナルな書き出しで始まるこの記事の出所はオックスフォード大学のスミス企業環境大学院から出された「Stranded Assets and Thermal Coal in Japan」という論文である。
-
チェルノブイリの現状は、福島の放射能問題の克服を考えなければならない私たちにとってさまざまな気づきをもたらす。石川氏は不思議がった。「東さんの語る事実がまったく日本に伝わっていない。悲惨とか危険という情報ばかり。報道に問題があるのではないか」。
-
アゴラ編集部の記事で紹介されていたように、米国で共和党支持者を中心にウクライナでの戦争への支援に懐疑的な見方が広がっている。 これに関して、あまり日本で報道されていない2つの情報を紹介しよう。 まず、世論調査大手のピュー
-
山梨県北杜市(ほくとし)における太陽光発電による景観と環境の破壊を、筆者は昨年7月にGEPR・アゴラで伝えた。閲覧数が合計で40万回以上となった。(写真1、写真2、北杜市内の様子。北杜市内のある場所の光景。突如森が切り開
-
日本ではエネルギー体制の改革論をめぐる議論が、議会、またマスメディアで行われています。参考となる海外の事例、また日本の改革議論の問題点を紹介します。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間