原子力に未来はあるのか
5月13日に放送した言論アリーナでも話したように、日本では「原子力=軽水炉=福島」と短絡して、今度の事故で原子力はすべてだめになったと思われているが、技術的には軽水炉は本命ではなかった。1950年代から「トリウム原子炉の道—世界の現況と開発秘史」のテーマとするトリウム溶融塩炉が開発され、1965年には発電を行なった。理論的には溶融塩炉のほうが有利だったが、軽水炉に勝てなかった。
それは軽水炉には、原子力潜水艦という「キラー・アプリ」があったからだ。小型で構造が簡単で、空気なしで何年もエネルギーを供給できる軽水炉は原潜に最適で、米海軍の電気部門の責任者ハイマン・リッコーヴァーが強く推進した。その要素技術は核兵器と共通で、核分裂でできるプルトニウムが核兵器の材料になることも有利だった。
しかしこれは商業用の原子炉としては、不利な要因ともなる。海軍が莫大な初期投資をしたので、軽水炉は安上がりだったが、炉心溶融という致命的な事故を原理的には防止できないため、安全設備に大きなコストがかかる。そこから出てくるウランやプルトニウムの拡散を防ぐコストも大きい。リッコーヴァーは、晩年に「核拡散を防ぐためには軽水炉をやめるべきだった」と述懐したという(本書p.226)。
本書の推奨するトリウムは、ウランに比べると4倍の埋蔵量があり、放射能もきわめて微量だ。核反応でウラン233ができるが、これで核兵器をつくることはできない(不可能ではないが非常に困難)。またエネルギーが上がると、液体(溶融塩)が膨張して核反応が止まる固有安全性があるため、炉心溶融のような暴走は物理的に起こりえない。
しかし世界の原子力業界では、軽水炉とその延長上の高速炉が圧倒的多数派で、今週の番組でも専門家が説明したように、実用に近いのはこのグループの技術だけだ。日本にもトリウムの研究者はいるが、理論の域を出ない。開発予算がつかないからだ。
日本の政治的状況を考えると、向こう10年は軽水炉の新規立地は政治的に不可能だろう。このまま原発を新設しないと、おのずから2040年代にはほぼ「原発ゼロ」になる。電力業界も政治的に厄介な原発より、コストの安い石炭火力に力を入れている。それは経営合理的だが、長期的に考えるとどうだろうか。
あと20年で世界のエネルギー消費は40%増え、地球温暖化も進む。このまま原発を減らし、火力をどんどん増やして大丈夫なのだろうか。再生可能エネルギーに代えるとドイツのように電気代は倍増するが、それで日本経済はもつのだろうか。
軽水炉も高速増殖炉も有望な技術とはいえないが、本書もいうように、それは原子力という大きな可能性のある技術の中の一つの選択肢にすぎない。トリウム型原子炉の燃料効率は軽水炉の200~300倍で、炉心溶融を防ぐ多重の安全設備も必要なく、核拡散のリスクもないので、全体的コストは軽水炉よりはるかに安いという。
長期的には、化石燃料が値上がりし、炭素税がかかるようになると、原子力が再評価されるかも知れない。日本の原子力産業は世界のリーダーなので、研究開発は続けるべきだ。軽水炉に未来はないが、原子力にはまだ大きなイノベーションの可能性がある。
(2014年5月19日掲載)
関連記事
-
加速するドイツ産業の国外移転 今年6月のドイツ産業連盟(BDI)が傘下の工業部門の中堅・中手企業を相手に行ったアンケート調査で、回答した企業392社のうち16%が生産・雇用の一部をドイツ国外に移転することで具体的に動き始
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク、GEPR はサイトを更新しました。
-
11月6日(日)~同年11月18日(金)まで、エジプトのシャルム・エル・シェイクにて国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)が開催される。 参加国、参加主体は、それぞれの思惑の中で準備を進めているようだが、こ
-
前回の投稿ではエネルギー環境政策の観点から「河野政権」の問題点を指摘した。今回は河野太郎氏が自民党総裁にならないとの希望的観測に立って、次期総裁・総理への期待を述べる。 46%目標を必達目標にしない 筆者は2050年カー
-
直面する東京電力問題において最も大切なことは、1.福島第一原子力発電所事故の被害を受けた住民の方々に対する賠償をきちんと行う、2. 現在の東京電力の供給エリアで「低廉で安定的な電気供給」が行われる枠組みを作り上げる、という二つの点である。
-
(GEPR編集部から)国連科学委員会がまとめた、「東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響に関するUNSCEAR2013年報告書刊行後の進展」の要約を以下に転載します。 要約 本要約は、第72回国連総会
-
後半では核燃料サイクルの問題を取り上げます。まず核燃料サイクルを簡単に説明しましょう。核燃料の95%は再利用できるので、それを使う構想です。また使用済み核燃料の中には1-2%、核物質のプルトニウムが発生します。
-
東日本大震災から間もなく1年が経過しようとしています。少しずつ、日本は震災、福島第一原発事故の状況から立ち直っています。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間
















