核燃料サイクルの「2018年問題」
六ケ所村の再処理工場を見学したとき印象的だったのは、IAEAの査察官が24時間体制でプルトニウムの貯蔵量を監視していたことだ。プルトニウムは数kgあれば、原爆を1個つくることができるからだ。
核兵器をもたない日本が、なぜ核燃料サイクルにこだわるのかは謎である。2004年に経産省の官僚が書いた「19兆円の請求書」という怪文書でも、「高速増殖炉(FBR)で燃料効率が60倍になる」という話は、90年代後半に六ヶ所村の再処理工場が本格着工する前にだめだとわかっていた。
イギリスは1994年、フランスは1997年にFBRを放棄したが、経産省は「プルサーマルで燃料効率を上げる」という理由に変更して、当初の計画を強行した。その結果、「もんじゅ」が挫折し、にっちもさっちも行かなくなった。
核燃料サイクルについては反原発派がいろいろなホラーストーリーを流しているが、すべてナンセンスだ。たとえ再処理が100%安全だったとしても、それは意味がないのだ。プルサーマルで節約できるウランはたかだか25%で、再処理コストに見合わない。原子力委員会の次の試算でも明らかなように、再処理の収支はマイナスなのだ。

割引率3%で考えても、再処理は直接処分より約1円/kWh高い。これは現在の(かなり甘い)コスト評価で計算しているが、不確実性を勘案すると、怪文書の計算のように19兆円から50兆円かかる。これに対して再処理でMOX燃料をつくって燃料を節約する効果は、ベストの想定でも今後22年で10.5兆円である。
つまりもっとも楽観的に計算しても、8.5兆円の赤字なのだ。最初からキャッシュフローがこれほど巨額のマイナスになるプロジェクトに投資することは、資本主義では考えられない。電力会社も本当はいやだったのだが、面子にこだわる経産省が強行した。村田事務次官の時代に撤退が検討されたようだが、剛腕の村田氏でも既成事実の壁は崩せなかった。
これをくつがえせる唯一のチャンスは民主党政権のときだったが、彼らは「原発ゼロ」という空想的な計画を出し、アメリカから「原発ゼロにするなら再処理をやめろ」といわれて、計画を撤回してしまった。これが大失敗で、このときが外圧を使って再処理をやめるチャンスだった。
学術会議が核廃棄物について提言するなら、この問題を指摘すべきだったが、今田委員長は「廃棄物量を減らすため原子炉における核燃料の燃焼度をあげ、核燃料サイクルを利用することが選択肢の一つになりうる」と、とぼけたことを言っている。社会学者は、採算性という言葉を知らないのだろう。
しかし安倍政権がなし崩しに「原発ゼロ」の方向をとると、また外圧がやってくる。現在の日米原子力協定は2018年7月に有効期限が来るので、どちらかが継続しないと表明すると協定は終了する。日本は核拡散防止条約の例外ではなくなり、プルトニウムの保有は許されなくなるのだ。
1988年に今の原子力協定を締結したときも、米議会には日本が何のためにプルトニウムを保有するのか怪しむ向きが多かった。まして政府が「脱原発」の方針を取ったら、核燃料サイクルそのものの破棄を迫られるだろう。あと3年半というのは、外交ではほとんど余裕のない交渉期間だ。安倍政権は、否応なく態度決定を迫られる。
(2015年2月23日掲載)

関連記事
-
筆者はかねがね、エネルギー・環境などの政策に関しては、科学的・技術的・論理的思考の重要さと有用性を強調してきたが、一方で、科学・技術が万能だとは思っておらず、科学や技術が人間にもたらす「結果」に関しては、楽観視していない
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 北極振動によって日本に異常気象が発生することはよく知られ
-
アメリカは11月4日に、地球温暖化についてのパリ協定から離脱しました。これはオバマ大統領の時代に決まり、アメリカ議会も承認したのですが、去年11月にトランプ大統領が脱退すると国連に通告し、その予定どおり離脱したものです。
-
エネルギー政策の見直しの機運が高まり、再生可能エネルギーへの期待が広がる。国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP・FI)の特別顧問を務め、環境、エネルギー問題のオピニオンリーダーである末吉竹二郎氏の意見を聞いた。
-
2015年2月3日に、福島県伊達市霊山町のりょうぜん里山がっこうにて、第2回地域シンポジウム「」を開催したのでこの詳細を報告する。その前に第2回地域シンポジウムに対して頂いた率直な意見の例である。『食べる楽しみや、郷土の食文化を失ってしまった地元民の悲しみや憤りは察してあまりある。しかし、その気持ちにつけこんで、わざわざシンポジウムで、子供に汚染食品を食べるように仕向ける意図は何なのか?』
-
日本の原子力の利用は1955年(昭和30年)につくられた原子力基本法 を国の諸政策の根拠にする。この法律には、原子力利用の理由、そしてさまざまな目的が書き込まれている。その法案を作成した後の首相である中曽根康弘氏が当時行った衆議院での演説を紹介したい。
-
透明性が高くなったのは原子力規制委員会だけ 昨年(2016年)1月実施した国際原子力機関(IAEA)による総合規制評価サービス(IRRS)で、海外の専門家から褒められたのは組織の透明性と規制基準の迅速な整備の2つだけだ。
-
メタンはCO2に次ぐ温室効果ガスとして知られている。IPCC報告を見ると、過去、CO2による温暖化が約0.8℃だったのに対してメタンは約0.5℃の温暖化を引き起こした、としている(下図の左から2番目のMethane)。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間