【書評】まねてはいけない「ドイツの脱原発がよくわかる本」

ドイツの脱原発がよくわかる本: 日本が見習ってはいけない理由
川口 マーン 惠美
草思社
★★★★☆
自民党は「2030年までに温室効果ガスの排出量を2013年度比で26%削減する」という政府の目標を了承したが、どうやってこの目標を実現するのかは不明だ。経産省は原子力の比率を20~22%にする一方、再生可能エネルギーを22~24%にするというエネルギーミックスの骨子案を出したが、今のままではそんな比率は不可能である。
著者は「日本が見習うべきだ」といわれるドイツに住んで、その脱原発の動きを見てきたが、現地の実情を踏まえて「見習ってはいけない」という。その最大の理由は、莫大なコストがかかる一方でメリットがほとんどなく、CO2排出や大気汚染など、環境が悪化したからだ。
ドイツで反原発運動が盛り上がったきっかけは、1986年のチェルノブイリ原発事故のあと、バイエルン州の牛乳から微量の放射性物質が検出されたという事件だった。これを政治的に利用した緑の党が、キリスト教民主党(CDU)と社会民主党(SPD)の二大政党が拮抗する中でキャスティング・ボートを握り、2000年にSPDが脱原発の方針を取った。
CDUのメルケル首相は脱原発には消極的だったが、福島第一原発事故で、2022年までに原発ゼロにするという方針を決めた。そのために再エネ比率を50%まで高めるという目標を打ち出したが、さすがにドイツ国内でも批判が強まってきた。
再エネに上乗せされる賦課金(FIT)は、2000年から今までに26倍になり、電気料金はほぼ2倍になった。すでに主要国では最高になり、EUの中では(原子力に大きく依存している)フランスの2倍である。この料金が今後もさらに上がることは確実で、製造業の経営者は「国際競争力を失う」と反対し、FITを廃止して市場で調節されるようになった。
それでもドイツの場合は、日本よりましだ。EUの域内で電力を輸入でき、自前の資源として石炭があるからだ。再エネを増やしても、夜間や雨天では使えないので、そのために石炭火力を17基も増やす。しかもドイツの石炭は褐炭という大気汚染もCO2も最悪のもので、環境は悪化すると予想されている。
著者は「日本の条件はドイツより悪い」という。電力を輸入することができず、自給できる資源がなく、平地が狭くて再エネの効率が悪いからだ。「言論アリーナ」で紹介した杉山大志氏の計算では、再エネでCO2を1%削減するのには1兆円かかるそうだから、これから26兆円の国民負担が増えるということだ。高齢化で貧しくなる日本で、ますます貧しくなる道を歩むわけだ。
ドイツの電力会社も、もう原発は放棄して「清算会社」として国に売却する方向だが、運転可能な原発を無理に止めることによる損害150億ユーロを政府に求める訴訟を起こしている。これは日本の民主党政権が原発を止めたことによる損害の1年分にも満たない。日本の電力会社も、この点は見習ったほうがいい。
(2015年5月18日掲載)

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