福島原発事故、モミの木への影響の解釈

2015年08月31日 12:00
アバター画像
経済ジャーナリスト

放射線医学総合研究所は8月28日、東京電力福島第一原子力発電所近くの放射線量が比較的高い地域に生えているモミの木を調べたところ、幹の先端が欠けるなどの異常が通常より高い割合で現れていたと発表した。(放医研サイト)(英科学雑誌ネイチャー電子版8月28日掲載の報告)分析を行った放射線医学総合研究所は、「明確な因果関係は分からないものの、原発事故で放出された放射性物質が影響している可能性がある」としている。

評価と結論

福島原発事故で、動植物の放射線の影響が確認されたのは初めてだ。これまで福島原発事故で放射線の被害は見つかっていなかったために、筆者には意外な報告だった。

ただし、この観察結果は、従来の調査と科学的知見の延長にある。異常が観察されたのは、年換算で放射線量300mSv超の高い放射線量の場所だった。そこまでの放射線があれば生物が影響を受けることはありえることだろう。

またこの場所は、避難指示区域で人が原則立ち入らないところで、例外的に高い放射線量である場所だ。そして、高放射線のある場所はほぼ特定されている。福島に住むことは危険ではない。これまでの政府などによる放射線防護対策を変更するほどの問題ではないと考えられる。同所は他に調査している80種類の動植物では、異変は観察されなかったとしている。

ある化学リスク分析の研究者は、この報告について次のように語った。

「モミなどのマツ類の植物は植物の発生を担う種の中の組織の胚珠がむきだしになっている裸子植物であり、発芽の時に外的環境の影響を受けやすい。成長木でも他の植物より外的環境に影響される。酸性雨が日本と世界で問題になったときに、他の種類の木よりも枯れるなどの影響が多く出た。またチェルノブイリ原発事故でも、事故原発の近くでマツ類の生育に異常があったとの報告がある。

科学事実の評価では、福島でのこの報告に対して「福島原発事故で増えた放射線の影響が、モミで出た可能性が高い」としか言えない。放射線防護の問題では、現在の福島事故の影響による放射線が、人体にどのように影響するかが、主要な問題になる。この結果を受けて放射線防護策を改める必要があるかというと、そうは思えない。

ただし一部の人々、メディアが危険性を再び過剰に訴えることは想像できる。モミと人間とは違う。冷静な議論を望みたい」。

これは筆者も同意するコメントだ。

分析の概要

この調査は環境省の委託によるもの。福島第一原発の周辺の地域で事故があった年からおよそ80種類の野生の動植物の調査を行った。そのうちモミの木で、幹の先端が欠けるなどの異常が通常より高い割合で現れていた。

具体的には異常が見つかった割合は、原発から3.5キロ離れ、放射線量が毎時平均で約34マイクロシーベルト(μSv)の場所(図1のS1)の場所で98%(標本数103)。原発から8.5キロ離れ、毎時約20μSvの場所(S2)で44%(標本数203)。原発から15キロ離れ、毎時およそ7mSvの場所(S3)では27%の異常があった。

放射線の影響を受けていない福島県内のモミの木の異常は5%以下(S4)であり、統計的に意味のある結果になった。異常は2012年から13年の成長の際に増え、14年には減っている。

図2はモミの形態の変化だ。写真Aは正常。赤印は主幹の欠損位置を示す。Bは側枝が垂直に立ち上る、Cは側枝が水平に拡がるなどの形になっている。

毎時34μSvの場所は年換算で300mSv。人体の被ばくと発がんの頻度では生涯被ばくで100-200mSv程度増えるとわずかに上昇するとされている。(筆者記事「原爆の被害者調査からみた低線量被曝の影響-可能性の少ない健康被害」

(2015年8月31日掲載)

This page as PDF

関連記事

  • 福島県で被災した北村俊郎氏は、関係者向けに被災地をめぐる問題をエッセイにしている。そのうち3月に公開された「東電宝くじ」「放射能より生活ごみ」の二編を紹介する。補償と除染の問題を現地の人の声から考えたい。現在の被災者対策は、意義あるものになっているのだろうか。以下本文。
  • 薩摩(鹿児島県)の九州電力川内原子力発電所の現状を視察する機会を得た。この原発には、再稼動審査が進む1号機、2号機の2つの原子炉がある。川内には、事故を起こした東電福島第一原発の沸騰水型(BWR)とは異なる加圧水型軽水炉(PWR)が2基ある。1と2の原子炉の電力出力は178万キロワット。運転開始以来2010年までの累積設備利用率は約83%に迫る勢いであり、国内の原子力の中でも最も優良な実績をあげてきた。
  • 近代生物学の知見と矛盾するこの基準は、生物学的損傷は蓄積し、修正も保護もされず、どのような量、それが少量であっても放射線被曝は危険である、と仮定する。この考えは冷戦時代からの核による大虐殺の脅威という政治的緊急事態に対応したもので、懐柔政策の一つであって一般市民を安心させるための、科学的に論証可能ないかなる危険とも無関係なものである。国家の安全基準は国際委員会の勧告とその他の更なる審議に基づいている。これらの安全基準の有害な影響は、主にチェルノブイリと福島のいくつかの例で明らかである。
  • 日本経済新聞
    2017年3月22日記事。東京電力ホールディングス(HD)は22日、今春に改定する再建計画の骨子を国と共同で発表した。他社との事業再編や統合を積極的に進める方針を改めて明記した。
  • 東京電力福島第一原子力発電所の事故を検証していた日本原子力学会の事故調査委員会(委員長・田中知(たなか・さとし)東京大学教授)は8日、事故の最終報告書を公表した。
  • 米国農業探訪取材・第4回・全4回 第1回「社会に貢献する米国科学界-遺伝子組み換え作物を例に」 第2回「農業技術で世界を変えるモンサント-本当の姿は?」 第3回「農業でIT活用、生産増やす米国農家」 (写真1)CHS社の
  • ようやく舵が切られたトリチウム処理水問題 福島第一原子力発電所(1F)のトリチウム処理水の海洋放出に政府がようやく踏み出す。 その背景には国際原子力機関(IAEA)の後押しがある。しかし、ここにきて隣国から物申す声が喧し
  • NHK
    NHK 6月5日公開。福井県にある高浜原子力発電所について、関西電力は先月再稼働させた4号機に続いて、3号機についても6日午後2時ごろに原子炉を起動し、再稼働させると発表しました。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑