原子力を殺すのは原子力ムラ自身である
このタイトルが澤昭裕氏の遺稿となった論文「戦略なき脱原発へ漂流する日本の未来を憂う」(Wedge3月号)の書き出しだが、私も同感だ。福島事故の起こったのが民主党政権のもとだったという不運もあるが、経産省も電力会社も、マスコミの流す放射能デマにも反論せず、ひたすら嵐の通り過ぎるのを待っている。
原子力損害賠償法を適用すれば公正かつ透明にできた賠償の責任を東電に負わせて官僚はその裏に逃げ込み、他方で東電の破綻による銀行の損失を防ぐために「支援機構」という抜け穴をつくり、国も東電も責任をもたないまま巨額の税金がつぎこまれている。
民主党政権が法的根拠もなくすべての原発を止めるのを役所も電力業界も座視し、原子力規制委員会の膨大で無意味な安全審査が終わるのを待っている。誰も当事者意識がないのは、「国策民営」という中途半端な制度設計に原因があったのかもしれない。
澤氏は「この『国策民営』とは、いわば政治家・政府・電力会社といった関係者が相互依存的に作り上げてきた責任のもたれ合い構造である」(強調は引用者)と書いている。
その結果、なしくずしに脱原発になだれこんでいるが、そのリスクを誰も真剣に考えていない。彼が脱原発のリスクとしてあげるのは、次のような問題だ。
- エネルギーのポートフォリオ:このまま原発を減らしていくと、原油価格など化石燃料の価格が上がったり供給が不足した場合、日本経済全体に影響が出る。
- CO2排出量:今のエネルギー・ミックスでは「2030年までにCO2を26%減らす」という国際公約は守れない。
- 技術・人材:このまま原子力産業が衰退すると、技術者が高齢化し、核燃料サイクルや廃炉などの作業を維持することが困難になる。
今のようにリスクを回避することは、個別の電力会社にとっては合理的だろうが、長期的には停滞する日本経済に大きな打撃となる。政府が長期戦略を立て、原子力事業を集約すべきだ、と澤氏は提言している。必要であれば、電力会社の合併や原発の国家管理といった手段も考えられる。
いずれにせよ大事なことは、原子力政策の責任の所在を明確にし、そのリスクと便益を定量的に明示した上で長期的な戦略を立てることだ。その際、民主的な手続きは必要だが、マスコミの無責任な「反原発」ムードにおびえるべきではない。
澤氏が死去する3日前に書き上げたこの原稿は、彼の行政と電力業界への遺言ともいうべきものだ。電力関係者はその遺志に応え、日本経済のもっとも重要なインフラを支えているという自覚と当事者意識をもってほしい。
(2016年3月7日掲載)
関連記事
-
先日、東京大学公共政策大学院主催の国際シンポジウムで「1.5℃目標の実現可能性」をテーマとするセッションのモデレーターを務めた。パネルディスカッションには公共政策大学院の本部客員研究員、コロラド大学のロジャー・ピルキーJ
-
脱炭素社会の実現に向けた新法、GX推進法注1)が5月12日に成立した。そこでは脱炭素に向けて今後10年間で20兆円に上るGX移行債を発行し、それを原資にGX(グリーントランスフォーメーション)に向けた研究開発や様々な施策
-
おそらくGEPR読者の方の多くは、福島第一原発事故による放射線被害はほぼ無いものと理解され、心配もしていないことだろう。しかしながら、社会の一部にまだ心配が残るようだ。事故からもう2年近くになる。さまざまな方が、不安を払拭するための努力を行っている。この原稿でもその試みを行いたい。
-
エネルギー、原発問題では、批判を怖れ、原子力の活用を主張する意見を述べることを自粛する状況にあります。特に、企業人、公職にある人はなおさらです。その中で、JR東海の葛西敬之会長はこの問題について、冷静な正論を機会あるごとに述べています。その姿勢に敬意を持ちます。今回は、エネルギー関係者のシンポジウムでの講演を記事化。自らが体験した国鉄改革との比較の中でエネルギーと原子力の未来を考えています。
-
地球温暖化の原因は大気中のCO2の増加であるといわれている。CO2が地表から放射される赤外線を吸収すると、赤外線のエネルギーがCO2の振動エネルギーに変換され、大気のエネルギーが増えるので、大気の温度は上がるといわれてい
-
前回紹介したビル・ゲイツ氏の変節は日本国内でもよく知られています。他方、実はゲイツ氏よりも世界中の産業界における脱炭素・ESG推進に対して多大な影響を及ぼしてきた代表格である人物も変節したのでご紹介します。 カナダのマー
-
中国で石炭建設ラッシュが続いている(図1)。独立研究機関のGlobal Energy Monitor(GEM)が報告している。 同報告では、石炭火力発電の、認可取得(Permitted) 、事業開始(New projec
-
1. COP28開催 COP28がUAEのドバイで始まった。今年の会議で、化石燃料の未来に加えて大きな問題となっているのは「損害と損傷」であるが、10月21日の予備会合では成果もなく終わっている。 COPでは、毎回多くの
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間



![Wedge (ウェッジ) 2016年 3月号 [雑誌]](https://ecx.images-amazon.com/images/I/51zhHeW-HsL._SL160_.jpg)











