地球温暖化を止める確実だが危険な技術
IPCCは10月に出した1.5℃特別報告書で、2030年から2052年までに地球の平均気温は工業化前から1.5℃上がると警告した。これは従来の報告の延長線上だが、「パリ協定でこれを防ぐことはできない」と断定したことが注目される。
温暖化を防ぐ手法として、IPCCは大気の組成を変える「気候工学」の技術をいろいろ検討しているが、その中でもっとも安価で効果的なのはSAI(成層圏エアロゾル注入)である。IPCCも、SAIで確実に1.5℃上昇に抑制できると認めている。

SAIのイメージ(Heinrich-Böll-Stiftungのサイトより)
SAIは図のように、飛行機などを使って成層圏にエアロゾル(硫酸塩などの粒子)を散布し、雲をつくって太陽光を遮断するものだ。これによって地表の気温が下がる効果は、火山の噴火で実証されている。1991年のピナツボ山の噴火では成層圏エアロゾルが一時的に増え、地球の平均気温が約 0.5℃下がった。
理論的には、SAIで20年以内に工業化以前の水準まで地球の平均気温を下げることができる。これによってできる雲は上空約20kmの成層圏に滞留するので、地上に大気汚染は出ない。気温が下がりすぎるなどの副作用も考えられるが、散布をやめれば気温は元に戻る。
散布する硫酸塩は工場で大量に出る廃棄物なので、SAIで温暖化を止めるコストは安い。Smith-Wagnerの推定によると、最初の15年間は全世界で毎年22.5億ドル以下だという。これは世界のGDPの0.003%程度。毎年1兆ドル以上と推定されているパリ協定のコストよりはるかに安い。
SAIの効果は確実で短期的なので、地球温暖化の緊急対策として検討されている。たとえばグリーンランドの氷山が急速に溶けて海面が上昇し始めたとき、飛行機を飛ばしてエアロゾルを散布するといった方法だ。
しかしIPCCはSAIを参考情報として記載し、その実施を推奨していない。これは技術的に困難だからではなく、むしろあまりにも効果的なために危険なのだ。この実験は地球規模でずっと続けなければならないが、何が起こるかはやってみないとわからない。失敗すると世界中に被害が出るが、散布を止めると気温が急上昇する。
パリ協定には全世界の協力が必要だが、SAIは個人でもできる。たとえばこの技術に興味をもっているビル・ゲイツの資産は900億ドル以上なので、彼がその気になれば実行できる。トランプ大統領は、アメリカがもっとCO2を排出するためにSAIを使うかもしれない。
このようなモラルハザードがSAIの最大の問題なので、やるなら条約を結ぶ必要がある。1.5℃上昇ぐらいならこんな非常手段は必要ないが、将来こういうオプションを真剣に考えるときが来るかもしれない。そのときに備えて、技術的な検討はしておく必要があろう。

関連記事
-
1月10日の飛行機で羽田に飛んだが、フランクフルトで搭乗すると、機内はガラガラだった。最近はエコノミーからビジネスまで満席のことが多いので、何が起こったのかとビックリしてCAに尋ねた。「今日のお客さん、これだけですか?」
-
震災から10ヶ月も経った今も、“放射線パニック“は収まるどころか、深刻さを増しているようである。涙ながらに危険を訴える学者、安全ばかり強調する医師など、専門家の立場も様々である。原発には利権がからむという“常識”もあってか、専門家の意見に対しても、多くの国民が懐疑的になっており、私なども、東電とも政府とも関係がないのに、すっかり、“御用学者”のレッテルを貼られる始末である。しかし、なぜ被ばくの影響について、専門家の意見がこれほど分かれるのであろうか?
-
地球温暖化による海面上昇ということが言われている。 だが伊豆半島についての産業総合研究所らの調査では、地盤が隆起してきたので、相対的に言って海面は下降してきたことが示された。 プレスリリースに詳しい説明がある。 大正関東
-
日本経済新聞は、このところ毎日のように水素やアンモニアが「夢の燃料」だという記事を掲載している。宇宙にもっとも多く存在し、発熱効率は炭素より高く、燃えてもCO2を出さない。そんな夢のようなエネルギーが、なぜ今まで発見され
-
太陽光発電と風力発電はいまや火力や原子力より安くなったという宣伝をよく聞くが、実際はそんなことはない。 複数の補助金や規制の存在が本当のコストを見えにくくしている。また火力発電によるバックアップや送電線増強のコストも、そ
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 今年6月2日に発表された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略(案)」から読み取れる諸問題について述べる。 全155頁の大部の資料で、さまざまなことが書かれてい
-
日本での報道は少ないが、世界では昨年オランダで起こった窒素問題が注目を集めている。 この最中、2023年3月15日にオランダ地方選挙が行われ、BBB(BoerBurgerBeweging:農民市民運動党)がオランダの1つ
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間