ASEAN諸国と石炭火力
石炭火力に対する逆風がますます強まっている。環境団体はパリ協定の2℃目標を達成するため、石炭関連資産からの資本引き上げを唱道し、世界の石炭資源の88%は使わずに地中に留めておくべきだと主張している。COP24では議長国ポーランドのドウーダ大統領が初日に「石炭利用と温暖化防止は両立する」と発言したことが理由でポーランドが化石大賞を受賞した。米国がサイドイベントにおいて「エネルギーアクセスの観点から化石燃料のクリーンな利用を排除すべきではない」と述べると環境団体から「恥を知れ」と野次が飛ぶ。世銀や欧州復興開発銀行等の国際金融機関は石炭関連の融資を停止するとの方針を相次いで発表している。
国際エネルギー機関(IEA)はパリ協定の各国目標を盛り込んだレファレンスシナリオ(NPS)と1.5℃~2℃と整合的な持続可能シナリオ(SDS)の間には大きなギャップがあり、SDSを実現するためには世界全体の発電電力量に占める石炭のシェアを現在の38%から2040年には5%に引き下げる必要があるとしている。

図1:自然体シナリオと持続可能シナリオにおけるCO2排出量と電源構成
しかしSDSが示唆するように世界のエネルギーミックスにおいて石炭の役割がかくも激減するかというと大きな疑問がある。過日、ASEAN諸国(インドネシア、フィリピン、マレーシア、ミャンマー、ベトナム)のエネルギー政策当局、国営電力会社の参加する会議で各国の電力部門における石炭火力の役割について議論する機会を得た。東アジアASEAN経済研究センター(ERIA)の最新の見通しでは、2040年にかけてASEAN地域の石炭火力発電量は約4倍になり、電源構成に占める石炭火力のシェアは30%強から50%強に拡大する見込みだ。

図2:ASEAN地域の電源別発電電力量、構成比の推移
この見通しは会議での各国のプレゼンからも裏付けられる。インドネシアは2025年時点で石炭火力のシェアが50%、フィリピンは2040年にかけての設備容量増分44GW中、25GWが石炭火力であると見込み、ベトナムは2030年までに発電電力量に占める石炭火力のシェアが53%に拡大するとの電源計画を立てている。どの国も経済発展に応じて電力需要は拡大を続けるので、石炭火力の発電電力量自体はもっと大きく拡大することになる。石炭フェーズアウトや再エネ100%を主張する環境団体の思い描く世界とは全く異なるものだ。
もとより各国は石炭火力だけを拡大させるわけではない。どの国も様々な政策を通じて再生可能エネルギーの拡大も進めている。彼らにとって「化石燃料か再エネか」という二者択一ではなく、使えるオプションは全て使うということである。増大する電力需要を満たすためには太陽や風力等の変動性再エネではとても足りない。変動性再エネの拡大に伴う系統安定への懸念もある。欧州のように天然ガス火力でバックアップすればよいとの議論もあるが、パイプラインガスを利用できる欧州諸国と異なり、アジア諸国は天然ガスをLNGの形で調達する必要があるため、石炭火力に比べてコスト高になる。途上国にとって経済成長の制約要因になるエネルギー価格の上昇は可能な限り避けたいのは当然である。
ASEAN諸国の政策担当者は「石炭は安価で安定的なエネルギー供給のために不可欠である。石炭を活用しつつ、環境負荷を最小化するためには高効率低排出(HELE)石炭火力技術が必要である」と口をそろえる。昨年11月の東アジアサミット(EAS)エネルギー大臣会合共同声明では「閣僚は域内の経済成長、エネルギー安全保障、環境保全のために天然ガス、クリーンコールテクノロジーを含む化石燃料の役割を認識した。このため、閣僚は様々なソースからの資金を動員しつつ、幅広いエネルギー資源クリーンエネルギー技術を活用するための協力の進化と努力を求めた」とされ、クリーンコールテクノロジーの重要性が明記されている。
筆者はASEANの出席者に対し、「あなた方の言っていることはエネルギーの世界では極めて常識的だが、COPでは石炭を使うこと自体がdemonize, stigmatize されており、さながら別の惑星にいるかの如くである。あなた方の環境省の同僚もCOPの場で石炭消費国としての声を全くあげていない。金融セクターに対してももっと声をあげていかないと資金制約が強まることになる」とコメントした。国際世論の中で環境団体の声ばかりが喧伝され、石炭を使っている国の声が全くといって良いほど聞こえてこないのは困ったことである。環境団体が高効率石炭火力技術を「dirty coal technology」と叩いてもアジア諸国で石炭が引き続き大きな役割を果たすことは明らかだ。開発金融機関や先進国の金融機関が高効率石炭火力への融資を絞ったとしても、需要があれば中国をはじめ資金ソースはいくらもある。低効率火力の使用期間を延ばすことにもなろう。
温暖化防止という一つの物差しで物事を判断しても現実はその通りにはならない。SDGに代表されるように途上国は多くの課題(貧困、健康、食料、安全な水、教育、エネルギーアクセス、雇用等)をかかえている。これを可能にするのは何といっても経済成長であり、そのためには低廉で安定的で信頼できるエネルギー供給の裏打ちが必要となる。2015年に国連が970万人を対象に16の政策アジェンダの中で彼らが最も重視するものを複数回答可でアンケート調査したところ、上位に来たのはでは、教育、ヘルスケア、雇用であり、温暖化防止は最下位であった。環境を重視する人にとっては不都合な結果であろうが、パリの騒乱事件に象徴されるように、中長期の地球規模課題より、目の前の日々の課題というのが人情というものだ。石炭の位置づけについてもそういう文脈で考える必要があると思う。

図3:優先課題に関する国連意識調査(2015年)
関連記事
-
「気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか」については分厚い本を通読する人は少ないと思うので、多少ネタバラシの感は拭えないが、敢えて内容紹介と論評を試みたい。1回では紹介しきれないので、複数回にわたることをお許
-
私は42円については、当初はこの程度の支援は必要であると思います。「高すぎる」とする批判がありますが、日本ではこれから普及が始まるので、より多くの事業者の参入を誘うために、少なくとも魅力ある適正利益が確保されればなりません。最初に高めの価格を設定し、次第に切り下げていくというのはEUで行われた政策です。
-
11月15日から22日まで、アゼルバイジャンのバクーで開催されたCOP29(国連気候変動枠組条約締約国会議)に参加してきた。 産業界を代表するミッションの一員として、特に日本鉄鋼産業のGX戦略の課題や日本の取り組みについ
-
英HSBCが自社の2030年ネットゼロ目標を撤回したことを今年2月に紹介しました。これ、いまだに日本の大手メディアではほとんど報じられていません。 英HSBC、ネットゼロ目標を撤回←日本語でも報道してください HSBCは
-
今、世の中で流行っているSDGs(Sustainable Development Goals)を推進する一環として、教育の面からこれをサポートするESD(Education for Sustainable Develop
-
今年は第7次エネルギー基本計画(エネ基)の年である。朗報は河野太郎氏の突撃隊である再エネタスクフォースと自然エネルギー財団が、エネ基の議論から排除されることだ。それを意識して朝日新聞は、再エネ擁護のキャンペーンを張り始め
-
CO2が増えたおかげで、グローバル・グリーニング(地球の緑化、global greening)が進んでいる。このことは以前から知られていたが、最新の論文で更に論証された(英語論文、英語解説記事)。 図1は2000年から2
-
福島原子力事故について、「健康被害が起こるのか」という問いに日本国民の関心が集まっています。私たちGEPRのスタッフは、現在の医学的知見と放射線量を考え、日本と福島で大規模な健康被害が起こる可能性はとても少ないと考えています。GEPRは日本と世界の市民のために、今後も正しい情報を提供していきます。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














