IPCC報告の論点④:海はモデル計算以上にCO2を吸収する
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。
人間が化石燃料の燃焼などで放出したCO2のうち、約半分は大気に留まるが、残り半分は森林などの陸上植生と海洋に吸収されている。
IPCC報告では、この陸と海での除去、つまり「吸収源」は、CO2排出量の増加にほぼ比例して増加しており、2010年から2019年の間に排出量の31%(陸)と23%(海)を吸収している。両者を足すと54%になる。
ということは、大気中のCO2濃度を安定化させるためには、人類はCO2排出を半減させればよいのであって、ゼロにする必要は無い。
化学平衡で考えれば、産業革命前に280ppmだったCO2濃度が、いま410ppmになっている。この差がある限り、陸上にも海にもCO2は吸収され続ける。だから吸収された分だけは人間が排出しても、濃度は増えないことになる。
だから吸収量の予測というのは、とても重要な意味を持つのだが、今回のIPCC報告で、モデルによる計算値と観測値が、過去、大きく異なっていたことが指摘されている。
図はIPCC報告のFig.5.8である。縦軸が海によるCO2の吸収量。単位が年間PgC(ペタグラム炭素)となっているが、これは年間GtC(ギガトン炭素)のこと。モデル計算値(黒)観測値(青)が比較されている(共に細いのは幾つかの推計であり太い線がその平均)。
モデル計算値と観測値の平均同士を比べると大きく異なる。差は図中で1程度まで開いており、CO2に換算すると毎年3.7GtCO2となる(CO2とCの分子量の比が3.7だから)。これは日本の年間CO2排出量の約3倍、世界のCO2排出量の約10分の1に当たる。
モデルは海のCO2吸収能力を大きく過小評価してきた訳だ。だとすると、将来のCO2吸収についてもやはり大きく過小評価になっていると推測される。
今後もCO2濃度が上昇するにつれて海のCO2吸収が増えてゆくということであれば、CO2濃度を安定化させるために人類が減らさねばならないCO2の量は少なくなってゆく。CO2を減らすための莫大な経済負担を考えれば、これは大変な朗報だ。
海には、大小さまざまな海流や渦が入り乱れている上、多彩な生物も住んでいて、複雑な過程になっていることは、大気や陸上と何ら変わらない。
モデルによる予測を信じる前に、それが過去をどのぐらい再現出来ているかよく検証しなければいけない。
■
1つの報告書が出たということは、議論の終わりではなく、始まりに過ぎない。次回以降も、あれこれ論点を取り上げてゆこう。
次回:「IPCC報告の論点⑤」に続く
【関連記事】
・IPCC報告の論点①:不吉な被害予測はゴミ箱行きに
・IPCC報告の論点②:太陽活動の変化は無視できない
・IPCC報告の論点③:熱すぎるモデル予測はゴミ箱行きに
・IPCC報告の論点④:海はモデル計算以上にCO2を吸収する
・IPCC報告の論点⑤:山火事で昔は寒かったのではないか
・IPCC報告の論点⑥:温暖化で大雨は激甚化していない
・IPCC報告の論点⑦:大雨は過去の再現も出来ていない
・IPCC報告の論点⑧:大雨の増減は場所によりけり
・IPCC報告の論点⑨:公害対策で日射が増えて雨も増えた
・IPCC報告の論点⑩:猛暑増大以上に酷寒減少という朗報
・IPCC報告の論点⑪:モデルは北極も南極も熱すぎる
・IPCC報告の論点⑫:モデルは大気の気温が熱すぎる
・IPCC報告の論点⑬:モデルはアフリカの旱魃を再現できない
・IPCC報告の論点⑭:モデルはエルニーニョが長すぎる
・IPCC報告の論点⑮:100年規模の気候変動を再現できない
・IPCC報告の論点⑯:京都の桜が早く咲く理由は何か
・IPCC報告の論点⑰:脱炭素で海面上昇はあまり減らない
・IPCC報告の論点⑱:気温は本当に上がるのだろうか
・IPCC報告の論点⑲:僅かに気温が上がって問題があるか?
・IPCC報告の論点⑳:人類は滅びず温暖化で寿命が伸びた
・IPCC報告の論点㉑:書きぶりは怖ろしげだが実態は違う
・IPCC報告の論点㉒:ハリケーンが温暖化で激甚化はウソ
・IPCC報告の論点㉓: ホッケースティックはやはり嘘だ
・IPCC報告の論点㉔:地域の気候は大きく変化してきた
・IPCC報告の論点㉕:日本の気候は大きく変化してきた
■
関連記事
-
京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授 鎌田 浩毅 我が国は世界屈指の地震国であり、全世界で起きるマグニチュード(以下ではMと略記)6以上の地震の約2割が日本で発生する。過去に起きた地震や津波といった自然災害
-
以前書いたように、再生可能エネルギー賦課金の実績を見ると、1%のCO2削減に1兆円かかっていた。 菅政権が26%から46%に数値目標を20%深堀りしたので、これは年間20兆円の追加負担を意味する。 20兆円の追加負担は現
-
昨年夏からこの春にかけて、IPCCの第6次報告が出そろった(第1部会:気候の科学、第2部会:環境影響、第3部会:排出削減)。今回から、環境影響(impact)を取り扱っている第2部会報告を読んでいこう。 まず今回は「政策
-
ドバイで行われていたCOP28が先週終わったが、今回のCOPはほとんど話題にならなかった。合意文書にも特筆すべきものがなく、何も決まらなかったからだ。 今年は「化石燃料の段階的廃止(phase out)」という文言を合意
-
いまや科学者たちは、自分たちの研究が社会運動家のお気に召すよう、圧力を受けている。 Rasmussen氏が調査した(論文、紹介記事)。 方法はシンプルだ。1990年から2020年の間に全米科学財団(NSF)の研究賞を受賞
-
スウェーデンの高校生グレタ・トウーンベリが気候変動に対する行動を求め国会で座り込みを行っている。これが欧州各国の注目を浴び、各地で若者たちが行動を起こしているという。ロンドンでは先週末、絶滅への反逆(Extinction
-
名古屋大学環境学研究科・教授 中塚 武 現在放送中のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも詳しく描かれた「石橋山から壇ノ浦までの5年間に及ぶ源平合戦の顛末」は、幕末と戦国に偏りがちなNHKの大河ドラマの中でも何度も取り上
-
原子力発電は「トイレの無いマンション」と言われている。核分裂で発生する放射性廃棄物の処分場所が決まっていないためだ。時間が経てば発生する放射線量が減衰するが、土壌と同じ放射線量まで減衰するには10万年という年月がかかる。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間