解説・IEAロードマップ④: 実質ゼロの達成手段 (下)
田中 雄三
国際エネルギー機関(IEA)が公表した、世界のCO2排出量を実質ゼロとするIEAロードマップ(以下IEA-NZEと略)は高い関心を集めています。しかし、必要なのは世界のロードマップではなく、日本のロードマップです。

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本稿は、日本の国情に応じた実質ゼロのシナリオを作成するため、IEAの考え方を解説したものです。
(前回:解説・IEAロードマップ③)
(5) 水素と水素ベース燃料
水素使用の初期段階の利点は、新たな供給インフラ無しに、化石燃料を水素に変更できることです。2020年の世界の水素需要は約90 Mt未満ですが、2030年には200 Mt以上に拡大し、2050年には530 Mtに増加します。
脱炭素化した水素の割合は、2020年の10%から2030年には70%に上昇し、2050年までにほぼ全てを占めます。2050年には水の電気分解が世界の水素生産の60%以上となり、天然ガスとCCUSの組み合わせが約40%を占めます。電気分解の消費電力は15,000 TWh近くに達し、世界の電力供給の20%を消費します。CCUSを用いた水素生産のための天然ガス使用量は、世界の天然ガス需要の約50%を占めます。
2020年代に水素の最終用途機器が大幅に増加し、2030年までに1500万台以上の水素燃料電池車が登場します。都市ガスへ体積比で平均15%の水素が混合されます。2030年以降、水素の使用は全ての分野に拡大します。電力部門で水素および水素系燃料は、主に既存の設備を改造し、ガス燃焼設備で水素との混焼、石炭燃焼設備でアンモニアとの混焼が行われます。
2050年に水素需要の半分は重工業(主に鉄鋼と化学製品の生産)および運輸部門で使用されます。2050年にトラックの燃料使用量の約3分の1を提供します。30%は他の水素系燃料に変換され、主に船舶と発電用のアンモニア、航空用の合成灯油、都市ガスネットワークに混合される合成メタンになります。水素ベースの燃料は船舶輸送における総燃料消費量の60%以上を供給します。17%は増大した太陽光発電などの出力変動と季節的出力変動の対策のため、水素による電力貯蔵に使用されます。
アンモニアは水素よりも輸送コストが低く、エネルギー密度が高い利点により、2050年に世界の船舶用エネルギー需要の約45%を占めます。なお、アンモニアの毒性は、用途を制限する可能性があります。
水素を原料とする合成ケロシンは、2050年に世界の航空燃料需要の約3分の1を満たします。また、2050年に水素とCO2から合成メタンが製造され、建物、産業、運輸部門でのネットワーク供給ガス(都市ガス)需要の10%を満たします。

(6) バイオエネルギー
バイオ燃料は、既存のインフラや機器に利用できます。しかし、バイオ燃料の供給拡大には制約があり、廃棄物からの生産量は限られ、食糧生産とは競合があります。2020年と比較して2050年のバイオエネルギーの供給量は1.7倍程度とそれほど増加しません。IEA-NZEでは、旧来バイオは2030年までに無くなり、持続可能で食糧生産と競合しない現代的な原料に変わる想定です。
IEA-NZEで注目されるのは、新技術による液体バイオの製造です。原料は、間伐材、木材加工残留物、食糧生産に適さない土地で栽培された木質エネルギー作物などの木質原料です。開発中の技術で木質セルロースをガス化しフィッシャートロプシュ法(bio-FT)で液体炭化水素燃料を合成する方法や、前処理・糖化・エタノール発酵でセルロース系エタノールを製造するプロセスの実用化を想定しています。液体バイオは、主にバイオディーゼルや航空エンジン用バイオケロシンを製造する計画です。今後10年間に、この技術による液体バイオ製造が急速に拡大すると想定しています。
運輸部門で液体バイオは、2020年以降主に道路輸送の燃料に使用され、ゆっくりと増加しますが、電気自動車が普及するにつれて、その使用は海運と航空にシフトします。2050年には液体バイオの使用量のほぼ半分は航空用で、航空機の総燃料使用量の約45%を占めます。
気体バイオは、農業残渣や都市型有機廃棄物を原料に、嫌気性メタン発酵で製造されます。分散型の原料を収集するインフラの必要性が指摘されています。製造されたバイオメタンは、都市ガスへの混入を義務化して推進することが主ですが、発電用燃料にも混入されます。その他、発展途上国の農村には2030年までに、家庭用メタン発酵槽が約5億世帯に設置され、クリーンな調理エネルギーを提供するとされます。
現代型固体バイオは、既存の発電設備で石炭と混焼し、CO2排出原単位を低減し、CCUSを装備した場合、大気中からCO2を除去したと見做されます。2050年には、バイオ燃料を使用した発電量は3,300TWhに達し、総発電電力量の5%を占めます。
工業部門では、固体バイオは高温熱を必要とする用途に用いられます。2050年に製紙業のエネルギー需要の60%、セメント製造の30%を満たします。建物部門における固体バイオ需要は、改良された調理用ストーブで使用され、先進国の暖房や給湯にもますます使用されます。

(7) CO2の回収利用貯留(CCUS)
CCUSは、燃焼排ガスなどからCO2を回収し、一部を利用し、残りを主に地下1000 m以深の帯水層などに永久貯留するものです。
CCUSは、先ず既存のCO2排出設備からの回収、次にCO2排出削減が困難な設備からの回収、化石燃料からの水素生産でのCO2回収、そして、BECCSなどによる大気中からのCO2除去、へと移行する想定です。CCUSの普及には政策的支援が必要になります。
CCUSによるCO2回収量は、現在開発中のプロジェクトを反映した年間約40 Mt のレベルから、今後5年間は僅かに増加しますが、政策的措置により今後25年間で急速に拡大し、2050年には7.6 Gt CO2に増加します。回収されるCO2の約95%は地質学的に貯蔵され、5%は合成燃料の製造に使用されます。世界の地質学的貯蔵容量の推定値は、IEA-NZEの貯蔵想定をかなり上回っています。
2050年には合計2.4Gt CO2が、バイオ燃焼(BECCS)と直接空気回収(DACCS)により大気から回収され、そのうち1.9 Gt は恒久貯蔵され、0.5 Gtは航空用の合成燃料製造に用いられます。
2050年に回収されたCO2のうち、工業部門でエネルギー関連プロセスから排出されたものが約40%を占めます。また、セメント製造ではCO2排出低減が進められますが、CCUSが排出削減策の中心であり続けます。
電力部門は、2050年に回収されたCO2の約20%を占めます。比較的最近多くの石炭火力が建設された新興市場や発展途上国では、CCUSの立地がある場合、それを利用して石炭火力を使い続けることになります。先進国では、CCUSを備えたガス火力は、安価なディスパッチ可能電力となります。2050年には、220GWの石炭火力(全体のほぼ半分)および170 GWの天然ガス火力(全体の7%)にCCUSが装備されます。
なお、日本のCCUS立地の賦存量は明らかでなく、日本海の海底下が有望と考えられている程度と思います。CO2発生場所は概して太平洋側のため、回収したCO2を船舶輸送することも検討されているようです。国内のCCUS立地の有無は、実質ゼロの計画に大きく影響するため、国内のCCUS賦存量の把握が急がれます。

次回:「解説・IEAロードマップ⑤」に続く
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田中 雄三
早稲田大学機械工学科、修士。1970年に鉄鋼会社に入社、エンジニアリング部門で、主にエネルギー分野での設計業務、技術開発に従事。本稿に関連し、筆者ウェブページと、アマゾンkindle版「常識的に考える日本の温暖化防止の長期戦略」もご参照下さい。
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