戦時の「脱炭素モラトリアム」その便益とリスク

2022年03月04日 07:00
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

Andrii Yalanskyi/iStock

欧米エネルギー政策の大転換

ウクライナでの戦争は、自国の化石燃料産業を潰してきた先進国が招いたものだ。ロシアのガスへのEUの依存度があまりにも高くなったため、プーチンは「EUは本気で経済制裁は出来ない」と読んで戦端を開いた。

米国バイデン政権も国内の化石燃料産業を冷遇してきた。結果、国際的な石油・ガス価格は高騰した。これは石油・ガスの輸出を経済・財政の最大の柱とするロシアに力を与えることになった。

いま欧州各国はロシアのガス依存を減らし、石炭、LNG、原子力を増やそうと躍起になっている。米国も野党共和党が石油・ガスの環境規制緩和と増産を猛然と訴えている。何れも、これまでの脱炭素一本やりの政策からは根本的な変化である。

この変化の必要性は切迫している。だがこれまでの脱炭素政策を自己否定することになるので、政権交代をしない限り、路線変更の歩みは遅いかもしれない。

脱炭素モラトリアムの便益

さてプーチンと欧米の対立が長引くとなると、日本も他人事ではない。ロシアが世界市場から締め出されることで、石油・ガスは品薄になり、価格が高騰する。

いまや日本のエネルギー政策の国際的な地合いも完全に変わった。

日本も、安価で安定なエネルギーを活用することで、内外のエネルギー価格の高騰を防ぎ、物価のインフレを抑制するのみならず、ロシアの最大の収入源を絶たねばならない。

これにはまず原子力発電の速やかな再稼働が第一である。

次いで、石炭火力発電所を可能な限り稼働させるべきだ。これによって不要になったLNGは欧州などに転売すればよい。

工場や家庭では石油・ガスを使っているため、価格高騰に直面している。せめて電気だけでも低廉にすべきだ。このため、再生可能エネルギーの導入などのコスト増になる政策は停止すべきだ。

以上のような政策は、2030年にCO2をほぼ半減する(46%削減)という現行の政府目標と整合しない。

したがって、脱炭素についてはモラトリアム(一時停止)が必要だ。それによって、石炭の最大限の利用と再エネ導入の停止をすることが出来る。

脱炭素モラトリアムのリスク

以上は脱炭素モラトリアムの便益であったが、ではその環境リスクはどの程度か。

日本の2020年のCO2排出量は11.5億トンだった(環境省)。

図のように、これを直線的に2050年までに0にする場合には、累積のCO2排出量はAの面積となる。これに対して、今後10年脱炭素モラトリアムをしてから10年遅れで0にする場合には、累積のCO2排出量にはBの面積が加わる。

この追加分のBによる気温上昇を計算しよう。

まずCO2排出量は、

10年間 × 11.5億トンCO2/年 = 115億トンCO2 = 0.0115兆トンCO2

累積排出量と気温上昇は下記のTCRE係数を用いて計算する。
(注:この計算方法はIPCCのモデルの結果を用いている。詳しくは拙著「地球温暖化のファクトフルネス」を参照)

TCRE:1.6℃/兆トンC = 0.44℃/兆トンCO2

そうすると両者の掛け算で、

Bによる気温上昇は、 0.44℃ × 0.0115 = 0.0051℃

となる。

いま戦時に於いて、「エネルギーの安定・安価な供給および世界平和への寄与」という便益と、気温上昇0.0051℃というリスクを比較衡量するならば、どちらが大であろうか。答えは自明であろう。

 

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杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

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