電気自動車以外は禁止という政策が不適切な理由

Max Lirnyk/iStock
マンハッタン研究所のマーク・ミルズが「すべての人に電気自動車を? 不可能な夢」というタイトル(原題:Electric Vehicles for Everyone? The Impossible Dream)を発表した。いくつか注目すべきデータがあるので紹介しよう。
「バッテリー駆動の電気自動車(BEV)を義務付け、ガソリンやディーゼルなどの内燃機関自動車(ICE)を禁止する」という政策が欧米で流行している。ミルズは、BEVは一定程度普及はするが、完全にICEやハイブリッド自動車(HEV)を代替することは不可能であり、目指すべきでもないとする。
EVが多くのドライバーにとって実用的で魅力的であることは確かだ。補助金や義務付けがなくても、主に裕福な消費者が数百万台以上を購入するだろう。しかし、ICEの禁止やEVの義務化という政策には致命的な欠陥がある。
指摘は大きく2点に渡る。まずはCO2排出量について。ミルズは、EVによってCO2排出量がどの程度減少するかはよく分かっていない、とする。
論点1:CO2
どのようなデータに基づいているか見てみよう。まず下図は、国際エネルギー機関によるもので、BEVの方がICEよりもライフサイクルでのCO2が半分程度で済む、とするものだ。
ミルズはこの評価における技術的な仮定が楽観的にすぎるとして、その問題点を多岐に渡って指摘している。最も分かり易いのは使用するバッテリーの容量の想定が小さすぎる、というものだ。
ちなみにIEAは従前は手堅い技術的な分析をしていたが、近年になってネットゼロシナリオ(NZE)を推奨するようになってからはすっかり政治化してしまい、分析も信用しがたいものばかりになってしまった。その病がここにも出ている(これは筆者の感想)。
他の論文を見ると、ICEをEVがライフサイクルCO2排出量で逆転するのは6万マイルも走ってから、といった具合で、EVはそれほどCO2削減にならない。下図はフォルクスワーゲンのEVとディーゼル車の比較の例。
ところがミルズは、この評価ですらもEVに甘すぎる、と指摘している。理由は、EV製造時のCO2排出量についての技術的仮定が楽観的すぎること、そしてICEの技術進歩を十分考慮していないことの2点だ。
確かに中国で石炭火力を使って製造したEVであれば製造時のCO2排出量は多くなるし、ICEも一層の燃費向上が可能である。以上を考慮すると下図のようになり、12万マイルを走ってもEVの方がICEよりもCO2排出量が多くなるのではないか、とミルズは論じる。
論点2:経済性
CO2に加えてのミルズのもう1つの論点は経済性である。ミルズは、 EVがいつICEと経済的に同等になるかは誰にもわかっていない、とする。
理由の1つが原材料の枯渇に伴う価格高騰である。EVは莫大な鉱物視点を必要とする。鉱物資源は枯渇までは至らなくても、徐々に鉱石の品質が悪くなる。
下図は、銅の鉱石中の銅の重量比である。歴史的には1%から2%という時代もあったが、すでに0.5%程度まで下がっており、今後はさらに下がって行くと見られる。品質の高い銅から順に掘って行くので、だんだんと品質が下がるのだ。
品質が下がると、同じだけの銅を掘り出すための鉱石の量はそれだけ増えるので、これはコストに跳ね返る。また、品質が下がると、その中から銅を精錬し取り出すためのコストもかかるようになる。銅の採掘や精錬といった工程は、昔ながらの金偏の鉱業であり、今後核心的な技術で一気にコストが下がるということは(全くないとは言わないが)考えにくい。
実際のところ、過去、採掘(mining)と化学的な濃縮(chemical concentration)のコストは高くなってきた、とミルズは下図を示して論じている。今後、鉱石の品質が下がると、このコストは一層嵩むことになる。同様のことは、BEVで用いるあらゆる鉱物について当てはまる。
自動車政策はどうあるべきか?
ミルズは以下の様に自動車政策の在り方を説いている。
政策目標が自動車の石油使用量を削減することであるならば、もっと簡単で確実な方法がある。より効率的なICEやHEVを購入するよう消費者にインセンティブを与える方が、より簡単で、より安く、より早く出来る。そして透明性をもって検証できる。
将来的には、EVを優遇したり義務付けたりする政府プログラムがなくても、数千万台以上のEVが道路を走ることにはなるだろう。しかしICEからEVに移行させるためとして提案されている補助金や規制は、CO2と経済性の2点において、極めて脆弱な、場合によっては誤った土台の上に成り立っている。
ICEが禁止されれば、世界における資本の大規模な再配分につながる。また移動の自由に対する強権的な制約となり、手頃な価格でのモビリティへの重大な障害になる。その一方で、世界のCO2排出量にはほとんど影響を与えないだろう。むしろ、禁止とEV義務化は排出量の純増を引き起こす可能性が高い。
■

関連記事
-
1.メディアの報道特集で完全欠落している「1ミリシーベルトの呪縛」への反省 事故から10年を迎え、メディアでは様々な事故関連特集記事や報道を流している。その中で、様々な反省や将来に語り継ぐべき事柄が語られているが、一つ、
-
ショルツ独首相(SPD)とハーベック経済・気候保護大臣(緑の党)が、経済界の人間をごっそり引き連れてカナダへ飛び、8月22日、水素プロジェクトについての協定を取り交わした。2025年より、カナダからドイツへ液化水素を輸出
-
日本での報道は少ないが、世界では昨年オランダで起こった窒素問題が注目を集めている。 この最中、2023年3月15日にオランダ地方選挙が行われ、BBB(BoerBurgerBeweging:農民市民運動党)がオランダの1つ
-
筆者は1960年代後半に大学院(機械工学専攻)を卒業し、重工業メーカーで約30年間にわたり原子力発電所の設計、開発、保守に携わってきた。2004年に第一線を退いてから原子力技術者OBの団体であるエネルギー問題に発言する会(通称:エネルギー会)に入会し、次世代層への技術伝承・人材育成、政策提言、マスコミ報道へ意見、雑誌などへ投稿、シンポジウムの開催など行なってきた。
-
みなさんこんにちは。消費生活アドバイザーの丸山晴美です。これから、省エネやエコライフなど生活に密着した役立つお話をご紹介できればと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 これまで3回にわたって、筆者は日本の水素政策を散々にこき下ろしてきたが、日本政府はまだ全然懲りていないようだ。 「水素に賭ける日本、エネルギー市場に革命も」と言う驚くべき記事が
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 現状、地球環境問題と言えば、まず「地球温暖化(気候変動)」であり、次に「資源の浪費」、「生態系の危機」となっている。 しかし、一昔前には、地球環境問題として定義されるものとして
-
先日、欧州の排出権価格が暴落している、というニュースを見ました(2022年3月4日付電気新聞)。 欧州の排出権価格が暴落した。2日終値は二酸化炭素(CO2)1トン当たり68.49ユーロ。2月8日に過去最高を記録した96.
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間